第二話 武将と騒動
遺物が地面の上で砕けた途端、その場の空気が一瞬にして凍りつく。
ワシは思わず「え?」と口にすると、エドナは口をパクパクと動かし、そして動揺を露わにしていた。
「なっ!?
ななななっ、何が起きた!?
まさか、遺物が壊れたのではあるまいな!?」
エドナは駆け足で砕けた遺物の破片に駆け寄り、そして膝をつく。
「そんな、私の野望が........」
ワシはその場の状況に唖然としながら、蹴り飛ばしたルマの方角に視線を移す。
するとルマが飛ばされた砂煙の方角から突如巨大な龍が姿を現した。
「りゅ、龍!?
なんじゃ、ありゃあ!?」
「ははっ、ザマァねえぜ、エドナ。
結局一番動揺してんのはアンタじゃねえか」
エドナはハッと我に返り、ワシを睨みつけ怒鳴り声を上げる。
「やってくれたな、貴様.......!
一体どこの部署の武人だ.......!!!」
「えっと、冴えない新人ですよ.......?」
ワシは目立たぬよう顔を背け肩をすくめる。
しかし遺物をぶっ壊したワシの方に視線が向くのは無理もなく、ワシは自身の想定以上に警備員らの注目を浴びていた。
「さて、僕をぶっ飛ばしたヤツ然り、アンタの狙いは壊れたぜ、エドナ.......!
悪いが、僕とて簡単に引き下がるつもりはないぜ?」
「......ふん、くだらぬことを。
お前程度の武人がこの世界で生きられると思うなよ?」
ルマとエドナはバチバチと激しい視線を交差させ、睨み合う。
とその時、騒ぎを聞きつけた一人の男が事態を収集するべく姿を現した。
「ヨムドさん.......!!」
ルマは一瞬の安堵と共に顔を綻ばせると、ヨムドと呼ぶその男の方へ一瞬にして振り返る。
エドナは少し歯噛みしながら、ヨムドと呼ばれるその男を睨みつけていた。
「ヨムド.......!
任務の方はどうしたんだ、テメェ.......!」
「今日は直感が働いてね、部下に任せて帰ってきたよ。
ま、彼らなら何ら問題なく任務を遂行し終えるだろう」
「クソ、間が悪いな、相変わらず.......!」
ヨムドは威風堂々とした態度で静かに口元を緩ませ、そして部外者であるワシの方を凝視した。
「おや、君が例の新入りの子かな?
辺境の小屋でたまたま見つけた天性の格闘家.......モンズ。
君の噂は耳にしてるよ」
「わ、ワシを知っておられるのですか?」
「こう見えて偉いのでね。
部下となる人間の情報はある程度頭に入っている」
「部下ってことは、もしや上司の方ですか?」
「そうだな、自己紹介がまだだった。
私はヨムド・マーケス。
この武人連合で大武将を務めている」
「だ、大武将!?
それってどのくらい偉いんじゃ!?」
ワシはヨムドという男の肩書きを聞き畏敬の念を抱く。
おそらく、ワシの想像する百倍は偉い人間なのだろうと勝手に予想していると、龍の姿から人型へと変化したルマはワシの隣で簡潔にそれらについて話し始めた。
「この組織、武人連合のナンバー二だ。
武人連合を統括する『武人君主』、その右腕として連合の指揮を取るのが『大武将』の座につくヨムドさん本人だ」
「な、ナンバーツー!?
そんなに偉いのか、この人.......!?」
「ああ。
僕の自慢の上司だ.......!」
ルマは誇らしげにワシにそう言い放った後、「えへん!」と自信満々の顔をする。
だが、ヨムドはルマから何らかのエネルギーの片鱗を感じ取ったのか、眉根を寄せながら彼へ非難の目を向けた。
「『龍化』を使ったな、ルマ?
となると、今回の騒ぎの一端、お前も無関係ではないようだな?」
「ちがっ、ヨムドさん.......!
聞いてください、これにはれっきとしたわけが........!」
「話は後で聞く。
今はそれよりこの騒動の主犯の特定だ。
なあ、エドナ.......?
お前も無関係ではないんだろう?」
「.......チッ。
あーあ、上手くいくと思ったのに、邪魔しやがって。
お前はいっつもそうだよな、ヨムド.......!
私の欲しいものはいっつもお前の手の中だ。
だが、覚えてろ........?
今度は必ず、お前に勝つ.......!
勝って、お前に地獄を見せてやる.......!」
「.......」
エドナはそう捨て台詞を吐き、ヨムドに背中を向ける。
ヨムドは少し物寂しさを覚えながら、無言でその場から立ち去った。
ーー
翌日、ワシは大武将から『遺画の塔』への召集を命じられ、彼のいる武人の象徴たるその建物を訪れていた。
エントランス部分には塔の案内人らしき人物が控えており、ワシが玄関口から入るや否や彼は即座にワシの正面に瞬時に立ち塞がった。
「お待ちしておりました、モンズ様。
ささ、本堂はこちらです」
ワシは導かれるように木造建築の折り返し階段を登っていく。
途中、案内人の彼からワシへの伝言を耳にすると、ワシは三階にある本堂へ向かって行った。
「モンズ様、あなたに伝言があります」
「伝言?
ワシにですか?」
「ええ。
実はヨムド様から、あなたへお伝えするようにと」
「一体、どんな内容なんですか?」
「『あなたの才能を見込み、嘆願したいことがある』とのことです」