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ストレッチャーズ健

作者: 某人間

 俺の名前は須藤健、子供向け戦隊番組『ストレッチャーズ』のピンクを担当している。

 今日は、地方のヒーローショーに出演するため、公演までの時間を、セリフを覚えながら楽屋で過ごしていた。

 椅子に座って台詞を覚えていると、先輩のストレッチレッドを担当している工藤正雄(34)が声をかけてきた。

 「いいか、ピンク。いくら子供向けだからといって手を抜いてはいけない。我々はこのヒーローショーを通してみんなにストレッチの重要性を知ってもらわなければならないんだ。惰性でこなそうとしているなら、私から言って君を降板させても構わないのだからな。」

 工藤先輩演じるレッドは番組の人気投票でも1位を獲得しており、子どもたちの熱い声援を浴びている。そんな権力を持つレッドの先輩にいちゃもんをつけられれば、ストーリーの中でも地味な立ち位置のピンクである自分はひとたまりもない。

 「すいませんっ!しっかりやります。」

 俺は、苦笑を浮かべながら頭を下げる。

 「わかればいいんだよ。しっかりやれよ!俺は出番まで外でストレッチまでしてこようかな。ショーでは体を動かすシーンも多いからなぁ。ハハハ」

 工藤先輩はそう言うと、俺の背中をバシッと叩いてドアを開けて楽屋から出て行った。

 そうこうしているうちに、公演時間になり、ストレッチャーズの出番がやってきた。

 「それでは良いこのみんなお待ちかね!大人気番組ストレッチャーズのショーの始まりです!」

 アナウンスが鳴り響き、舞台袖からストレッチャーズのレッド、イエロー、ピンク、グリーン、ブルーが煙幕と派手な音と共に勢いよく出て行こうとしたその時、

 俺は、ある異変に気づいた。

 レッドを担当する工藤先輩が、足を抱えてうずくまっていたのだ。

 「……‥…くっ」

 時間もないので、俺はすかさず先輩に声をかける。

「先輩、大丈夫ですか!もう出番は始まってますよ!」

 「……‥…だめだっ」

 「一体どうしたんですか先輩」

 俺は、足を抱える先輩のポーズを見て、ある嫌な予感に気づいた。」

 「先輩っ!まさか…」

 「足つった」

ええええええええええ!!

 「悪い、健。とりあえずこのままじゃまずいから俺の代わりにセリフ言っといてくれ。落ち着いたらすぐいくから。」

 「そんな、俺先輩のセリフなんて覚えてないっすよ!俺の今日のセリフ、エェッとかこのやろう!とか合いの手だけですから!」

 そうは言いつつも、会場からは、「あれー?レッドとピンクがいないよー」と、ヒーローがなかなか出てこない状況に疑問を抱いた子どもたちが声を上げていた。

 俺が仕方なく出て行こうとしたその時、

 「よくもレッドをやってくれたな!レッドの敵は、このイエローが必ず討つ!」

 イエローの半間悠二先輩が、状況を咄嗟に理解したすかさずフォローを入れる。俺が半間先輩を見ると、先輩は観客に見えないように俺にグッドを向けてきた。イエロー先輩は気遣いができて、こういう緊急時に頼りになる。なんとかこの場も収まりそうだ。俺は、ホッと胸を撫で下ろした。

 「許さないぞ、怪人キンニクツー!はあああああっ!」

 イエロー先輩が颯爽と怪人役の着ぐるみに向かって走り出したその時、

 「うっ」

 うめき声のような短い声が聞こえたかと思うと、イエロー先輩はクラウチングのようなポーズのまま固まってしまった。

 沈黙と謎の間が空いた状況に困惑する中、俺はある1つの最悪の可能性に行き着いた。

 「先輩っどうしたんですか…?」

 「…こむら返りだ」

ええええええええっ!!!

 俺は、困惑してあたふたすることしかできない。グリーンとブルーの方を見ても、いきなりの状況にどうすればいいか分からないのがみてとれた。

 「先輩ッとりあえず、舞台裏にはけましょう。このままじゃ意味がわからないですよ!」

 「そうしたいんだが…須藤くん、一歩も動けないのだよ。」

 終わった。このままじゃ収集なんてつくはずがない。仮に2人を置いてヒーローショーを進めたとしても、ブルーとグリーンとピンクという寒色系中心の微妙な色がするヒーローショーなんて盛り上がるはずがない。怪人役の着ぐるみも沈黙してる。俺が絶望しかけたその時、

 「フッフッよくもやってくれたなキンニクツーこの程度のことで俺を倒せたと思ったら大間違いだ!」

 俺が振り返ると、そこには倒れたはずのレッドがカッコイイポーズをとって怪人に立ち向かっていた。

 俺は、一瞬本気でヒーローが登場したのかと思い、感心しかけたが、よくみるとつった左足がまだプルプル震えていたので、そんな感心もすぐに収まった。

 「みんな、俺はこの怪人にやられかけた。でもな、ストレッチをすることで、筋肉のバランスが改善し、強いパワーを得ることができて、復活することができたんだ。みんなも体に悪さをする怪人を倒すために、ストレッチを実行するんだ!」

 レッドの口から先ほど足を押さえて倒れ込んでいたとは思えないセリフが飛び出してきたが、子供たちはこれでも盛り上がり、会場からはストレッチャーズを激励する声が上がってきた。よかった。これでなんとかヒーローショーを続けられる。俺は、今度こそ安堵に胸を撫で下ろした。

 「みんなっ、ストレッチでパワーを得たこの私の姿をよくみていてくれ!はああああああああっ!」

 レッドは怪人キンニクツーの方に駆け出すと、左足を軸にし、思いっきりドロップキックを繰り出した。

 「パキッ!!!」

 キックが着ぐるみにあたると同時に、出てはいけない音が聞こえた気がした。

 「うっ…」

 先輩は、足を押さえながら倒れ込むと、再び起き上がってくることはなかった。

 俺は、退職を決意した。


The end

   

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