8話「入学初日にやらかしました その1」
「改めて、僕はトココです。潤咲さんの担任でもあるので、よろしくお願いします」
「は、はい……!」
正門をくぐって庭を抜けたあと、そのまま校舎へと入って、靴を履き替えます。
その後の廊下で、教室を目指しながらそんなやり取りを交わしていました。
校舎はまるで迷宮のようですが、私は一年生なので、一階を進めばすぐに教室へと辿り着けます。
少し歩くと、あっという間に教室棟です。
「潤咲さんのクラスは三組です。一年生のクラスは九組まであるので、間違えないように注意してくださいね」
「多いですね……」
転移前に通っていた学校は、一年生で全三クラスなので、その三倍です。
ちなみに、なぜこの学園がこんなに倍率が高いのか。
それは、この世界に魔物がいるからだとされています。
この辺りは、命の危険を脅かすような恐ろしいモンスターは少ないですが、それでも魔物がいることに変わりはありません。
魔物は、行商人や、国の外で仕事をする人を襲うことがあります。
そうなれば、輸出入が停滞したり、住人の仕事を奪ったりと、人々が暮らしたり、国と国との交流を図る上で、どうしても障害になってしまうのです。
だから、冒険者です。
この魔法学園で、冒険者としての知恵や経験を積むことで、卒業した生徒達が冒険者になって、行商人や国の外で活動する人の護衛につくことができます。
護衛以外でも、自ら魔物を倒しに行くことで、国周辺の治安を維持したりと、この世界において冒険者は、かなり重要な役割を果たしているからこそ、倍率が高いのです。
あとは、単純にかっこいいからなど、憧れから入学する人もいます。
しかし、そういった方々は、今の自分と理想の自分の姿を照らし合わせて、現実を知ってこっそりやめることが多いそうです。
今は6月ですので、進級する頃には一クラスから二クラス程度は消えている可能性が高いですね。
さて、そんなこんなで教室前にたどり着いてしまいました。
今は3時間目の授業の途中らしく、扉の向こうでは別の先生の話し声が聞こえます。
「授業の途中ですけど、説明をして自己紹介の場だけ設けますね。合図があると思うので、そのタイミングで入ってきてください」
「わ、分かりました……」
トココ先生は、頭を下げながら素早く別の先生のもとへと移動します。
小さいのもあって、生徒が遅れて入っているようにしか見えませんが、それには触れません。
ああ、緊張してきました……。
クラスの前で喋るのも怖いですが、授業中にみんなに注目されながら教室に入るのが、一番怖いです。
留学前にお別れの挨拶をしたときのトラウマが蘇ってきました。
帰りたいです。
「えー、授業の途中だが、行方不明になっていた留学生を紹介する。入ってきてくれ」
(もう、どうにでもなれです……!)
私は、がちがちに固まりながら教室に入ります。
(ひ、ひええ……)
案の定、クラスメイトからは大注目を浴びていました。
しかも、教室は講義を受ける形で、横長の机が一列に三つ。
それが、階段上にさらに四つと、計十二の机が並んでいました。
高校までのような、前の人の頭で前が見えにくい状態とは違って、全員からはっきりと見られています。
私の緊張で震える姿は、クラスメイトからはどう映っているのでしょうか。
やがて、その先生の前までやって来ました。
「それでは、自己紹介をしてくれ」
「はい……」
私は、黒板に名前を書いて、振り返って言いました。
「わ、私の名前は、潤咲アヤミです……。日本という国から、留学目的で来ました……。一年という短い間ですが、よ、よろしくお願いします……」
所々声が小さくなりながらも、そう言い切って深々とお辞儀をしました。
もうこのまま二度と頭を上げたくないです。
(……)
パチパチパチパチ。
(……!)
一瞬歓迎されていないのかと思いましたが、数秒の間があって、席から拍手の音が聞こえてきました。
トラウマになったあのときは違って、期待の気持ちが込められているであろう、元気で大きな拍手です。
私が頭を上げて席を見渡すと、多くの人が笑顔で出迎えてくれていました。
「よろしくー!」「怖かわいい!」「おめでとう!」
そんな声が聞こえてきます。
おめでとうだけはよく分かりませんでしたが、祝福の気持ちが伝わってくるので素直に受け取りました。
ありがとうございます。
「よし、潤咲の席は真正面のど真ん中で固定だ。べつに位置に決まりはないが、困ったことがあったときに助けやすい。だからそこだ。みんなも積極的に手を貸すように」
私は、言われるがまま正面にある机の椅子に座りました。
「よろしく、私の名前はフレン。良かったら仲良くしてね」
「よ、よろしくお願いします……」
椅子に座ると、隣から小声で挨拶をされました。
にこやかな笑顔で、愛想の良さそうな女の子です。
黄土色の肩ラインボブで、一本のアホ毛が立っています。
「教科書ってある? 多分まだ配られてないよね」
「あ、見せていただきたいです……」
「全然いいよー。その代わり、私が忘れたときはよろしくね?」
「はははっ……」
……うまく笑えたでしょうか。
向こうから声をかけられるなんて、千載一遇のチャンスです。
この機会を逃すと、一年間ひとりぼっちになってしまうので、ここで頑張って気兼ねなく話せるお友達を作らなければなりません。
(さあ、これからどうなるのでしょう……)
私は、心の中でそう思いました。