6話「王国へと入国します」
一旦落ち着き、朝食を取ることにしました。
朝ご飯なだけあって、ガツガツとした料理は並べられていません。
計画のあと、すぐに眠ってしまった私からすれば、本日二度目の食事ですが、お腹は空いているので問題はありません。
「ふむ、雰囲気が変わったな」
「……やっぱりですか?」
「ああ。人間であることに変わりはないが、臆病で気の弱そうな小娘から、不都合なことがあったときに復讐してきそうな小娘に変わった」
「嫌な変化ですね……」
留学生活に馴染むには、それなりのコミュニケーションが必要です
コミュニケーションで最も強い力は愛嬌。
それが無ければ、楽しくて平和な生活を送るのは至難を極めることでしょう。
その唯一持つその武器が、愛嬌が今の私には無いみたいです。
魔王軍の手先であることがバレないだけいいですが、とても困ります。
「いいじゃん! その姿もかわいいよ」
そう言ってくださったのは、魔王軍幹部のニオ様。
赤髪のサイドテールで、頭には一本のツノが生えています。
種族は鬼で、明るい雰囲気をまとっています。
「うん、似合ってると思う。……もちろん、お世辞抜きでね」
それに次いで褒めてくださったのが、同じく魔王軍幹部のレイン様。
空色のスーパーロングで、体が透明で、少し消えかかっているように見えます。
種族は半霊で、ニオ様とは対照的に、控えめな性格をしています。
「あまり褒めすぎると、調子に乗るわよ。人間なんだし」
次に、ツキナ様。
灰色のポニーテールで、その幼い見た目に反して、大人びた雰囲気をまとっています。
レイン様も落ち着きがありますが、それとはまた違う感じがします。
あとは、何も喋りませんでしたが、寝癖がよく目立つ黄髪のロングのダコさんがいます。
メイドですが、オウマ様などからは魔王軍幹部として扱われているようです。
幹部をやりたがらないのは、おそらく仕事が面倒だからなのでしょう。
「安心しろ。俺が契約を交わすくらいだ。信用はできるさ」
「……そうですね。失礼しました」
最後に、男性にしては髪が長い紫髪のオウマ様。
魔を統べる王だけあって、いい体格をしていました。
貫禄があって、まるでおじいさんと会話している気分です。
実際、年齢的にはそれくらい離れている可能性もありますが。
「それじゃあ、話を始めるぞ。アヤミの留学について」
オウマ様が、場を取り仕切って話を始めました。
「まず、留学についてだが、今日から早速授業を受けてもらいたい。遅れれば遅れるほどお互いにとって良くないからな。なので、朝食を食べ終わってしばらくしたら、アヤミには王国の中に入って、さらっと学校まで行ってもらう」
「なるほど……。でも、それだと何か不自然ではありませんか……? 理由も無しに突入すれば、一日かかった理由について問い詰められてしまいます。答えられる自信なんてありませんが……」
私が不安気にそう呟くと、
「ああ。だからそうなってしまった理由をつける。まず、転移の際に位置がずれて、離れた森に飛ばされたことにする。それからしばらく彷徨っていると、偶然森の中に住んでいる住人を見つけ、夜も遅いのでそこで泊まらせてもらうことに。そして、住人の案内のもとでようやく王国まで来れた。そういう設定でいくつもりだ」
ちゃんと、設定ができていました。
用意周到ですね。
「ほう……。それなら、不自然な一日の空白も誤魔化せますね。それでは、寮はどうすれば良いのですか? 留学生はもれなく寮生活なのですが、動きにくいと思います」
「そうだな。そこは気合いで押し通す。幸いにも、国から少し離れたところに森がある。その森のどこかにログハウスを建てて、そこを出入りするようにする。ログハウスの中と魔王城の玄関を繋げば解決するだろう。部下を住人の代わりとして配置しておけば完璧だ」
「なるほど。そこは私次第なんですね……」
「そうだ。説明役にダコをつけるから、二人で寮生活から逃れられるように頑張れ」
「承知しました……」
そうして、いよいよ留学生活が始まることになりました。
私は朝食を済ませて、諸々の準備を済ませて、制服に着替えます。
髪を結んで、バードテール(カントリースタイル)の完成です。
最低限の準備物を入れた鞄を持って、私は玄関までやって来ます。
「よし、準備はできたな。ダコ、しっかりやれよ」
「お任せあれ〜……」
(心配です)
ダコさんのことです。
おそらく、説明は私一人で行うことになりそうです。
そしてオウマ様が私に説明を行います。
「玄関から王国の近くにつないである。帰るときまでには、近くの森にログハウスを建てさせるから、そこにダコに案内させよう」
「分かりました」
「それとな、お前に最強を目指してもらうことに変わりはないが、無理な行動は要求しない。基本的には留学生活を楽しむことを考えろ」
オウマ様なりの優しさなのでしょうか。
真面目な顔ですが、心の中では照れてそうです。
私は、思わず笑みを浮かべました。
「……どうした?」
「何もありません。では、行ってきます!」
「お気をつけて〜」
「お前も行くんだよ……」
小ボケを挟まないと気が済まないダコさんと共に、扉を開けて、国へと向かいました。
* * *
扉を開けて見えてきたのは、鬱蒼とした森でした。
草木が生い茂っていて、とても人が寄りつくような場所ではありません。
道幅の狭い道がありますが、道の役割を果たしているかは怪しいです。
「雨が降ったら、乾きにくそうな場所ですね……」
「だろうな。天使の私には相応しくない場所だぜー……」
「でも、ダコさん堕天使では?」
「……」
私達は、森から出ることにしました。
ダコさんが前を歩いているので、私はそれについていきます。
(そういえば、これからは毎日ここを出入りする必要があるんですよね……)
オウマ様に頼んだら、道を広げてくれたりと、もう少しこの森を快適にしてくれないものでしょうか。
本当は、自然を大切にしなければいけないのでしょうが、私はすっかりコンクリートジャングルに住み慣れてしまっているので、不便で仕方がありません。
本当は慣れるべきなのでしょうが……。
そんなことを考えていると、森の出口へとやって来ました。
「ここからは歩きだぜ……」
「ここからもですよね……。それで、国はどこにあるのですか?」
「んー。ちょっと小さいけど、あそこに壁があるの分かる?」
ダコさんが指を指した先を見ると、遠くにあるので分かりにくいですが、広々とした城壁が見えます。
城壁は円形で、住宅や公共施設などを丸く囲っているのでしょう。
「あれが目的地のニホドリム国。ご主人はあの中に転移される予定だった」
「ニホドリム……。変わった名前ですね」
「うん。元々は、ユメドリムっていう小さな村で、異世界にあるニホンって国から支援を受けて、その影響でニホドリム国に名前が変わったんだってー」
「へえ……。ということは、あの国の中の人はみんな日本語が喋れるんですね」
それなら安心です。
聞いていた話では、喋れる場所が限られると聞いていたのですが、それは国単位の話のようです。
少なくとも、この国の中では言語で窮屈な思いをする心配はありません。
たくさん人に話しかけられますね。
……できませんが。
私達は、遠くに見えるニホドリム国に向かって歩き始めました。
道中、
「そういえば、ダコさんもですけど、魔王城にいる方々って、全員日本語が堪能でしたよね? なぜ、そんなに流暢に喋れるのですか?」
ダコさんに気になったことを聞いてみると、
「ん? 私は天使だったからな、元からすべての言語を操れるぞー。オウマ様達は、多分自力で学んだんじゃね? 知らんけど」
関西弁付きで、そう返ってきました。
もしかしなくても、この人達は天才なのでは……。
私は、日本語しか喋ることができないので、何だか不甲斐ないです。
せっかく異世界に来たんですし、自分を変えるきっかけとして、勉強でも頑張ってみましょうか。
それからもしばらく歩きました。
壁は見えるのですが、一向に近付く気配がありません。
はっきりと見えるのに、近付こうとしても全然距離が変わらないこの現象の名前が知りたいですが、それを知る手段はありません。
知ることができるのは一年後です。
ただ、力を得てから本当に体が軽くなりました。
そのおかげで、現にこうして歩いていても、疲れません。
魔蝕計画万歳ですね。
死にかけましたが。
そんなこんなで、さらにしばらく歩いて、ようやくニホドリム国に辿り着きました。
「大きいですね……」
遠くから見たよりも、城壁はずっと大きく、天に届きそうな勢いがあります。
城壁は横にも広く、地平線の果てくらいまでは伸びています。
どうやら、ここら一帯がかなり広いようです。
目の前には大きな城門があり、門番の人が十人ほどいました。
「んじゃま、門番の奴と話つけてくるから、後ろ着いてきなー」
「はい……」
不安ですが、私に説明できる自信はなかったので任せることにしました。
本当はこういうことも自分でできるようにならないといけないのですけどね……。
ダコさんは、城門前に立っている門番の一人に遠慮なく話しかけます。
「あの……隣国から参りました。ダコと申します。諸事情があってこの国に滞在したいのですが、入国は可能でしょうか?」
「ええ、それといくつか質問を……」
(誰ですか……?)
これまで見てきたダコさんとは打って変わって丁寧な口調で話しかけていました。
豹変という言葉がよく似合います。
それからもダコさんは、門番の人に色々説明を始めました。
入国人数、滞在期間、この国で何をするかなど、詳細に説明します。
やがて入国許可が下りて、
「それでは、横にある門から通行してください」
そう言われたので、大きな城門の横にある、小さな出入り口から通路を通って、国の中に入りました。
労力や安全性の面で、大きな城門を開けられることはあまり無いようです。
「それにしても、あんなに丁寧に喋れるんですね……」
「ん? 失礼だぞご主人。実は私はこっちが素なんだぜ」
「嘘ですよね」
「ええ、嘘ですよー」
茶番はこれくらいにしておいて、ようやく私は、留学当初の目的地であり、これから学校生活を送るようになるニホドリム国へと辿り着きました。