44話「これから」
夕方になりました。
あれから、部屋で大人しくするしかなかった私達は、ずっとおしゃべりをして過ごしていました。
たとえば、私の地球での様子のこと。
「アヤミちゃんって地球に友達とかいるの? 意外と多そう!」
「ひ、一人もいません……。コミュニケーションを取るのに積極性が無さすぎて、いつの間にか置いてけぼりに……」
「ごめん……」
たとえば、ニホドリム学園での生活について。
「た、たしか絶好調だったよね? 友達もできたみたいだし、これからやりたいことが盛りだくさん……!」
「たしかに話せる人が複数人増えましたが、魔法の暴発で距離を置かれる可能性はありますし、コルオットという人と二日目にして大喧嘩してしまいましたし……。他にも二翼の方々に注意したり、そもそも魔王軍から送られたスパイである以上自由に動けなかったりと、やりたいことではなくやらなければならないことが盛りだくさんと言いますか……」
「……」
たとえば、恋バナ。
「……どっちも無いね」
「そうですね……」
非常に有意義な時間を過ごしました!(嘘)
そうして話をしていると、レイン様が扉を開けてやって来ました。
「オウマ様達が帰って来たから、玉座のほうにお願い……」
抑制を発動していて、すっかりいつも通りのレイン様でした。
「あれ、ダコは?」
「力尽きちゃって、そこの廊下に……」
「え……」
部屋の外に出ると、そこにはダコさんがうつ伏せで倒れていました。近付くと、何が聞こえてきます。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ひっ……!」
ずっと、謝り続けていました。別れ際に気の抜ける態度でごゆっくり〜と言った人とは思えません。
「レイン……もしかしてずっと……?」
ニオ様が聞きます。
「も、もちろん休憩はちゃんと取ったよ……! ただ、サボらないように徹底的に目を見張らせていたら、こうなっちゃって……」
「わお……」
どうやら、やりたくない仕事を一切サボらずに行うのが、よほど堪えたみたいです。ニオ様が、背中のほうに周って脇に腕を通して上半身を起こすと、ダコさんの顔つきが明らかに変わっているのが分かりました。
ぐるぐると回る目。枯渇するほど泣き続けたであろう涙の跡。ガタガタと口が震えていて、顔は青ざめていてボロボロ。壊れたお人形さんのようです。
(そういえば、仕事のしなさすぎで天界から追放されたんでしたっけ……)
たった一日の労働で心が壊れてしまった理由をようやく理解しました。まさか、ここまで仕事に耐性が無いとは……。
「ダコ、もう仕事は無いよ。自由だよー」
ぶつぶつと謝り続けるダコさんに、ニオ様が体を起こしながらそう言い聞かせました。
すると、
「ありがとうございます……」
ただ一言そう呟いて、黙りました。
「調子狂うな……。とりあえず、オウマ様の所へ急ごう」
「はい……」
私達は、オウマ様のいる玉座へと向かいました。
「来たか。それでは早速、話を始めよう」
ニオ様がダコさんをおんぶして、私達は走って玉座のある大広間へとやって来ます。オウマ様はすでに玉座に座っていて、肘掛けに肘を置いて、握り拳に頭を乗せていました。ツキナ様は、そんなオウマ様の隣に立っています。
オウマ様が言いました。
「今回のアヤミの力の暴走による一件について、結論から話そう。一言で言えば、かなりまずい」
「……」
「世間の反応を初めて目の当たりにしたが、想定以上に反感を買っていた。飛んでくるヤジも辞任しろならまだしも、消えろだとか国家反逆者だとか、明らかに度を超えた誹謗中傷がまじっていた。謝罪会見で説明はしたがらこの騒動が止むことは無いだろうな」
「ごめんなさい……」
つい、心の声が漏れてしまいました。本当なら黙っておくべき場面であるにも関わらず、そう呟いてしまいます。
私が目を泳がせていると、
「構わん。何度も言っているが、これはアヤミだけの責任ではない。むしろ、魔蝕計画を実行する以上起きてもおかしくなかったし、すべてはそれを完璧に対処できなかった俺の責任だ。気に病むな」
「はい……」
オウマ様が言葉をかけてくれました。本当にオウマ様はお優しいです。私もここまで責任感のある器の大きい人でありたいですが、そんな余裕はありません。ただ、今を受け止めるだけで精一杯でした。
「それで、これから私達はどう動けば良いのでしょうか? オウマ様」
ツキナ様が、脱線した話を戻します。
「ああ、それについても話そうか」
オウマ様は、気を取り直して喋り始めます。
「まず、ニオはこれからも警備を行ってもらう。治安の悪化を防ぐため、より一層気を引き締めてくれ」
「はい……!」
「次にレインとツキナ。レインはこれまで通りに。ツキナは各方面で忙しくなるだろうが、頑張ってほしい」
「はい……」「はい」
「最後にアヤミ。アヤミはしばらく、自由に魔界へ外出することを禁ずる。危ないからな」
「逮捕などはされないのでしょうか……?」
「しない。留学という目的があってこの世界にきた以上、王国のスパイをやめさせるわけにはいかないからな。その代わりに、過ちを犯してしまった分、学校生活で力を発揮してくれ」
「はい……!」
私は、覚悟を決めた顔で返事をしました。これからは……いえ、これからも魔王城のために、オウマ様のために尽くそうと思います。
「よし、あとはダコだが、今日のように仕事を任せる日が増えるかもしれないが……」
「ふぇ……?」
ダコさんが、それを聞いて顔を引きつらせながら、か細い声を漏らします。
「……え?」
オウマ様も困惑しています。何せ、さっきのやり取りを見ていないのですから、仕方がありません。ニオ様が、オウマ様に何があったか一連の流れを説明をします。
今回の仕事で精神がズタボロになったことを、一から十まで細かく伝えていました。
オウマ様はすべて聞いて、
「まじか……」
再び困惑していました。当事者の私達ですら驚いたので、当然の反応でした。
「ま、まあそれなら仕方がない……。ダコはアヤミの身の回りの世話のみにしよう。……それならできそうか?」
「ありがとうございます……!」
オウマ様の代案に、土下座で返します。
「調子狂うな……」
ニオ様と同じことを呟きます。ですよね……。普段お調子者のダコさんにいざ真面目になられると、それはそれで何というか困ります。まあ、いいことなのかもしれませんが……。
「では、話はここまでにしよう。今後も何が起きるか分からないが、しっかり気を引き締めていけ」
「「「「「はい!」」」」」
最後は、全員で返事をしました。
留学開始から五日目。あまりにも色々なことが起きすぎていますが、これからもそれは続くのでしょう。私は、今後も起こるであろう災難に目を向けて、今一度覚悟を決めました。
(絶対にこの留学生活を乗り切ってみます……!)
私は、そう思いました。
「そういえば、オウマ様と結婚して五日が経ちますが、まだそれらしい展開が起こってませんね……。ニオ様、なぜでしょうか?」
「んー、学校に行ったり魔界を巡ったりで単純にオウマ様と話す機会がまだ少ないってのもあるけど、オウマ様自身も恋愛する気無いんじゃない? ほら、あくまでアヤミちゃんを生かすために契約を交わしたわけだしさ」
「そ、そんな……。じゃあ、留学が終わってもし地球に戻れたら、私は異世界に行く機会が無くなる=実質的にバツイチになってしまうのでは……? 成人すら迎えてませんのに……」
「あーたしかに……。じゃあさ、アヤミちゃんのほうからアタックすれば? オウマ様って視野は広いけど鈍感だし、自分から動こうとはしないはず……。だから、アヤミちゃんが地道に好きをアピールすれば、オウマ様もきっと振り向いてくれるよ!」
「……ですね。少しでも好きを伝えられるように努力しましょう。して、何をすれば?」
「さあ?」
「……恋愛展開はまだまだ先になりそうです」
* * *
一章完結です。作者が文章の拙さに絶望して気力を失ったので、これにて一旦完結とさせていただきます。ここまで読んでくださりありがとうございました。
第四作品である「多次元干渉少女エノキ〜自由気ままなのらりくらりライフ」という作品を執筆していますので、もしよろしければそちらのほうも読んでくださると大変嬉しいです。(第四作品は伸びたいという邪な感情を一切抜きにして書き始めているので、エタらせないようにします)




