43話「おサボりさんと生真面目さん」
「んじゃ、私達は仕事に戻りますんで、ごゆっくり〜」
「はーい」
ダコさんとレイン様は、食事を終えて仕事場へと戻っていきました。
「……そういえば、ダコさんって仕事はできているのでしょうか? 普段の性格からすると、その……失礼ですが、こなせそうなイメージが無いのですが……」
私は、気になったことをニオ様に聞いてみました。
「気になる?」
「少し……」
「じゃあこっそり覗いてみよっか」
「え、いいんですか?」
「うん、忙しいらしいけど、私一人を休ませる余裕くらいはあるからね。最悪バレても問題は無いし、覗いちゃおう」
「ありがとうございます!」
ニオ様の提案により、仕事場をこっそり覗かせていただくことになりました。早速、その部屋へと向かいます。
「あれ、ここの部屋だけ扉が無いんですね」
お二方の仕事場へとたどり着いたのですが、なぜかこの部屋だけ扉がありません。
「うん、無いよ。歴代魔王の誰かの思いつきらしいけど、詳しくは知らないね。まあ、こっちとしては都合がいいから助かるけど……。じゃあ覗こうか。ゆっくり、慎重にね」
「はい……」
私は、こっそりと顔を出して、部屋の様子を確認します。部屋の中には、ダコさんとレイン様がいました。
「あ、あの……この書類を、あっちにおいてほしい……」
「うへえ……だりい……」
「……」
見えてきたのは、申し訳なさそうに指示を出すレイン様と、文句を言いながらだらだらと動くダコさんの姿でした。
一応、仕事はこなせているみたいですが、きびきびと動いて書類の山を捌くレイン様と比べると、圧倒的にだらっとしています。
「まあ、予想通りだね……。ダコがマイペースすぎてレインが困ってる」
「ですね……。レイン様はこれをどう対処するのでしょうか……」
立場としてはレイン様のほうかま上ですが、その臆病な性格故に、ダコさんのいつも通りに振り回されてしまっています。
このままだと、仕事にも影響が出てしまうのではないでしょうか。そう思っていると、
「だ、ダコ……。もう少し、早く動いてほしいかも……。お願いできるかな……?」
「お、いった……」
レイン様が行動に出ました。やっぱり困っていたみたいです。おどおどした口調と態度で、ダコさんにそう言います。
するとダコさんは、
「え〜……いやだ〜……」
「ええっ……」
レイン様のお願いを拒否し始めました。残念ながら、思うようにはいきません。
「それよりも休憩しようぜレイン様〜。少しくらいさぼってもバレないですよ〜……」
何なら、こっち側にこいよとレイン様を唆し始めました。
「あ、いや……そういうわけには……。というか、さっき昼休憩したばかりだよ……?」
レイン様は必死に抵抗を試みますが、
「いいじゃんレイン様〜。5分だけ。5分だけですよ〜…」
「うぅあえいお……」
早くも押し切られそうになっています。良くない状態になってきました。まったく……ダコさんって人は……。
「私、止めてきましょうか?」
この感じは間違い無く押し切られそうなので、私はニオ様に聞きます。ですが、返ってきた答えは、
「いや、このままでいいよ。多分、何とかなるから」
「え?」
レイン様なら、ダコさんの押しに打ち勝てるだろうというものでした。
(どう見ても無理そうですが……。ニオ様の考えていることがよく分かりません……。果たして、レイン様にそれができるのかどうか……)
偏見にはなりますが、レイン様に、ダコさんワールドの展開を防ぐほどの強い意志があるようには見えません。きっと、押し切られてしまうのだろうと、私は確信していました。
しかし、ニオ様の判断通りのことが起きることになりました。
「へーい、5分〜。あと5分〜」
もはやふざけ始めているダコさんの前で、レイン様は唱えました。
「固有能力、『抑制』解除」
「……!」
まさか、これはあのときの……。
レイン様の目が濁っていきます。背筋が立つことで、気の弱そうな立ち振る舞いから、一気に優等生のような冷静な姿へと変化しました。感情の籠っていない声で、レイン様は言います。
「今の状態では極めて非効率です。早く動いてください」
「ええ……もっとゆっくりさあ……」
「早くしてください。休憩が欲しいのであれば、それに見合うだけの働きを見せてください。今のあなたは自堕落で……」
(つ、強い……!)
ダコさんの反抗をものともせず、発言を遮って説教を始めました。本当は今の仕事の進み具合について事実を淡々と述べ続けているだけなのですが、説教にしか見えません。
「ね、大丈夫でしょ?」
「そうですね……ダコさんの顔が引きつっています……」
ダコさんは、反論する余地すら与えられず、ただただ説教を聞かされていました。冷や汗を流して、すっかり反論を諦めた様子です。
説教はそれから10分ほど続いて、ようやく終わりました。
「──ですので、早く動いてください。分かりましたか?」
「は、はい……」
ダコさんは観念して、きびきびと動き始めます。
(やろうと思えば、できるんですね……)
今度から私も、強気な態度で応じてみましょう。そう決心しました。
「ああっ……私もレインに怒られたいなあ……」
「え゛っ……」
ニオ様のそんな発言に、私は濁点のついた驚きの声を上げて、つい振り向いてしまいました。ニオ様は両手を頬に当てて、うっとりとした笑顔を浮かべています。まるで、恋する乙女です。
(初めてレインさんと出会ったときは対抗心に燃えていたはずですよね……。それが、すっかりその……何というか、幸せなことになっています……)
愛情とまではいかないでしょうが、少なくとも友情以上の何かが芽生えてそうです。この魔王軍、色々個性強すぎませんか……?
「ところでニオさん、アヤミさん」
「ギクッ……」「はっ……!」
考え事をしていたら、いつの間にかレイン様が目の前まで来ていました。いざ近寄られるとやっぱり怖いです。
「ずっと見つめられていてはダコさんの仕事に支障をきたす可能性がありますので、もしこれ以上この場に留まるのであれば、仕事を手伝っていこうと考えています。やりたいですか?」
遠回しに『邪魔するなら手伝わせるぞ』と言っています。私は怖すぎて、何も言えなくなってしまいました。
代わりにニオ様が答えます。
「や、やりたくないかなあ……」
「そうですか、ではさようなら」
「さ、さようなら〜……!」「ごめんなさーい……!」
最後は、恐れ慄いてモブキャラのように即刻退散することにしました。もう覗きはやめることにします。
私達は、部屋で大人しく待機しました。




