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41話「悲愴少女の不安定情緒 3ー6」

 それから一週間後のことだった。


「……ニオ、夜ご飯を持ってきたよ。ニオの好きなからあげもある」


「……」


 私は、夜ご飯をおぼんに乗せて持ってきたレインの言葉を聞いて、ゆっくりと重い体を起こす。

 ボサボサの髪で、(よど)んだ目をしながら、返事もせずにダラダラとおぼんの前に座る。


「嫌いなものはない?」


「……」


 無言で縦に頷いて、返した。


「そっか。じゃあ冷めないうちに食べようね」


 そう言って、レインは料理を箸やスプーンですくって、私の口の中まで持ってくる。

 何度も何度も運んでくる。


「……おいしい?」


 私は、首を縦に振って頷いた。


「……」


 一週間が経っても、心の傷は癒えなかった。

 死刑という名の私刑をギルに下し、やるべきことをすべて終えると、それまで無意識的に押し殺していた感情が一気に押し寄せてきて、私の心を引き裂いた。

 実の父が死んだ。それも、目の前で殺されてしまったショック。

 その主犯が今までかかわったことのあるウラギやギルだったことへのショック。

 そして、その主犯を自らの手で殺めることになった初めて誰かを殺したショックが、同時に私を襲った。

 それだけで、私の心を壊すには十分だった。


 それから私は、授業も受けずに、ずっと寮の部屋の中に籠り続けている。

 レインが教室に行けるようになるといいねと言ってくれたが、まったくそんな気は起きない。

 ウラギに代わって新しい先生が担任になり、毎日私の部屋を訪れるが、一度裏切られた経験から心を開く気にはなれなかった。

 ずっとずっと絶望に(さいな)まれて、この一週間を過ごしていた。


「えっと、私はニオの味方だから……絶対裏切らないからね……!」


 料理を私の口に運びながら、私に話しかけてくる。

 私の気を少しでも紛らわせようと、励まそうとでもしてくれたのだろうか。

 そんなレインの言葉が、とても嬉しかった。

 私は(かす)れた小さな声で、


「じゃあ、ずっと側にいて……。授業を受けないで、私とずっと一緒にいて……?」


 そう返し、お願いした。

 だが、レインはそれを聞いて困惑した表情を浮かべる。


「わ、私もずっと一緒にいたいよ……? でも、授業は受けないとだから……」


「……そう」


 私のお願いは断られた。当然と言えば当然だった。

 私達は学生の身。たとえレインでも、学業を(おろそ)かにしてまで私を優先はしてくれなかった。

 私は、それならと、


「じゃ、じゃあ部屋にいるときは……! 部屋にいる間は、私とずっと一緒に……!」


 妥協案として、体を震わせながら、不安を顔に出しながらそうお願いした。

 レインはそれには、


「うん……それならいいよ。学校の誰よりも優先する。ニオのことを一番に考えるから」


 そう答え、私を受け入れてくれた。

 さらに、


「おいで」


 レインは腕を広げて、不安で震える私に母親のような安心感をもたらせる優しい表情を浮かべる。


「……っ!」


 私は、脇目も振らずに駆け寄って、レインに抱きついて包まれた。

 私は涙ぐんで、レインはそんな私の背中をさすって慰めてくれる。

 すっかり、私はレインに依存するようになっていた。


(レイン……レイン……!)


 もしレインがいなかったら、私はどうなっていただろう。

 そう考えながら、私は強くレインを抱きしめ続けた。




 一ヶ月が経った。

 状況は何も変わっていない。心は荒んだままだった。

 一つ変わったことがあるとすれば、周囲の視線だった。

 毎日のようにしつこく私の部屋を訪れてきた新しい担任は、


「お願い……! 一回だけでいいから、教室に行こう?」


 最初の頃よりもさらに鬱陶(うっとう)しく、私を誘うようになった。


「……嫌です」


 ある時を境に、学校の偉い人が度々訪れるようになった。


「君に起きたことは把握している。辛く痛ましい事件だった……。部屋に籠ってしまうのもよく分かる。だが授業を受けてほしい。一時間だけでもいい、少しずつ教室に馴染めるようになってくれないか?」


「……嫌です」


 あれだけ親身になって、いつも私のことを想ってくれていたレインすらも、


「そろそろ学校に行かないと、その……退学になっちゃうよ? もう悲劇は起きないし、行ったほうがいいと思うな……」


 私をむりやり学校に連れて行こうとする悪魔に成り代わってしまった。


「嫌だって何度も言ってるでしょ……? ほっといてよ……」


 布団を被ってレインに背を向けながら言う。

 

「そういうわけにはいかないよ……。また前みたいに、明るくて元気なニオが見たい。だから、お願い……」


 私は、


「じゃあ、今の私は見たくないの……? レインは私が嫌いなの?!」


 感情的になってそう言ってしまう。

 レインは、


「嫌いじゃない……もちろん嫌いじゃないよ……! けど……」


 必死になって返そうとするが、言葉を詰まらせてしまい、続きが言えなくなり黙ってしまった。

 私は、それが気に入らなくて、


「けど何?! なんでその先が言えないの……? 結局、私のことが嫌いなんだよね?!」


 感情的になって叫んでしまった。

 レインは、


「…………」


 顔だけは何か言いたげな表情で、すっかり黙り込んでしまう。

 しばらく、気まずい空気が流れ続けた。

 私は、最終的に苛立ちを覚えて、


「ならもういい! 私の前から消えてよ! 嫌いなんでしょ? 私も裏切り者の顔なんて見たくない……!」


 そう突き放してしまった。


(あ……違う……!)


 もちろん、本音ではなかった。

 心が荒んでしまったばかりに、自棄(やけ)になって言いたくない、本当はそうなってほしくないことが、つらつらと口から出てしまっただけだった。

 しかし、レインにそんな私の心を読めるはずもなく、


「……ごめんなさい」


 部屋を出ていってしまった。


(違う……違う! こんなはずじゃない……。待って! 待ってよ……! レイン、お願い……帰ってきて……?)


 レインが部屋を去って、今さらながら後悔をしていた。

 この一ヶ月間ずっとレインに依存し続けた。だからこほ、レインがいなくなってしまったことが何よりもショックで、私は胸が締め付けられた。


(何で私はあんなことを……! 私にはもう、レインしかいないのに……)


 お父さんは男手一つで私を育ててくれた。

 そんなお父さんがいない今、私が家族と呼べるくらい親しいのはレインしかいなかった。

 レインがいない世界なんていらない。レインが死ぬなら私もあとを追う。それくらい私にとってレインという存在は大きくなっていた。

 私は悩んだ。


(今ならまだ間に合う……。部屋を出て謝りに……でも怖い……怖いよ……! もう部屋の外に出たくなんてないよ……!)


 部屋を出るか出ないか。本来であれば簡単にできるはずの行動に、私はしばらく悩み続けることになる。

 そんなときだった。


 キィ……。


 突然扉が開いた。

 私は、すぐに扉まで駆け寄った。


「レイン……!」


 だが、そこに現れたのは、全然知らない、見たことのないローブを(まと)った。紫髪の男だった。

 髪は男性にしては長く、その厳格な見た目から、独特な雰囲気を(かも)()していた。


「誰……?」


 私が問いかけると、その男は名乗った。


「俺の名前はオウマ。新たに第八代目魔王に就任した者だ。お前がニオだな?」


「そ、そうですけど……」


(何だ……? 何で第八代目魔王が私に……? 何をしにきた……?)


 私が疑問に思っていると、そんな私の心を読むかのように、


「今日は頼み事があって来た。時間はあるか?」


 用件を言ってきた。断るわけにもいかなかったので、私は部屋に招き入れた。


「──さて、話をしようと思うのだが、その前に言わなければならないことがある」


 オウマ様が話し始めた。


「……何ですか?」


 私が訊ねると、


「第七代目魔王ルモノ様の暗殺の件だ。生前は俺もお世話になった。まずは、ご冥福を心からお祈りする」


 改めて、お父さんについてお祈りを申し上げられた。

 あまりその話をしたくなかった私は、


「……それで、本題は何ですか?」


 失礼ながらも、不貞腐(ふてくさ)れて話をすぐに逸らそうとした。

 オウマ様は、そんな私の様子を察したのか、


「ああ、すまないな。この話で今お前はここまで苦しんでしまっているというのに……」


 そう、心配してくれた。

 どうやら、私が一ヶ月程度部屋に(こも)っていることも把握済みのようだ。


「だが、必要なことなんだ。もう少しだけ話を聞いてほしい」


 その上で、私と面と向き合ってそう言ってくる。

 私は、


「いえ、続きをどうぞ。……ごめんなさい」


 そう言って、非礼を詫びた。

 この人は、私をちゃんと想ってくれていると感じたからだ。

 オウマ様が話を再開する。


「それで、ニオやレインが反逆者を殺したことについてなのだが……」


 私達の殺人の件。これは、決して無罪になっていたわけではなかった。今まで私達が裁かれていなかったのは、殺人の対象者が国家の転覆を目論む反逆者だったからだ。

 本来であれば、誰を殺したかで罪の重さは変わらない。しかし、事態は非常を極めていて、その中で街の安寧に努めたことが評価され、有罪判決が一時保留になっていたのだ。

 最終的に、候補者の中から選ばれた新たな魔王様が私達の処遇を決めることになったのだが、この魔王様は、私達をどうするのだろうか。

 オウマ様は、決心がついたのか、口を開いた。


「よし、殺人の件だが、ニオ、レイン二名を有罪とする」


「……」


 やっぱり、思うようにはいかないか……。

 でも、レインと一緒にいられるなら、たとえ刑務所でもいいや。

 そう考え始めていると、


「ただし、行くのは刑務所ではない」


「……?」


 オウマ様が、突然訳の分からないことを言い始めた。


「では、どこに行くのですか……?」


 私が訊ねると、オウマ様は笑って、


「魔王城だ。そこで刑期として、俺が魔王を務めている間は、魔王軍幹部として働き続けてもらう」


 そう、宣言した。


「……え?」


 オウマ様の思いもよらない発言に、私は素で驚いた。

 そんな私の様子を見て、


「……もしかして、不満だったか?」


 さっきの自信に満ちあふれた表情を崩して、ギャグテイストな雰囲気で、自身無さげに聞いてくる。


「あ、いえ……。まさか、そこまで良くしてもらえるとは思っていなかったものですから……」


 私は純粋に感じたことを、ありのままに述べた。

 すると、


「いや、するに決まってるだろ」


 まるで、当然と言わんばかりに、オウマ様はそう言った。


「……何故ですか?」


「お前達が正しい誰かのために自分を犠牲にできる優秀な奴等だからだ。二人とも実力は申し分ないし、これ以上適正な幹部候補が他にいるわけがない。理由は以上だ。ちなみに、有罪判決にしたのは勝手にやめられないようにすふための保険だ。つまり実質無罪。気にしなくていい」


「……ありがとうございます」


 どうやら、オウマ様は初対面の私達を全面的に信頼してくれているみたいだ。


 (刑期という形で責任を取る以上は、動かなければならないし……。この魔王様も優秀だな……)


 ここまで私達のことを考えてくれているなら、それに応えなければならない。私はそう思った。


「──よし、そうと決まれば仲直りだな。レイン、入って来い」


「えっ……?」


 突然、オウマ様はそう言った。

 その一言で扉が開いて、そこからレインが涙を浮かべながら入って来た。

 オウマ様の横に(たたず)んで、オウマ様の一言で座る。


「……」「……」


 私もレインも気まずくて黙り続けていると、オウマ様が仲裁に入ってくれた。


「二人とも仲直りがしたいんだろ? それくらいは見れば誰でも分かる。大切なのは相手を想う気持ちだ。もしここで歩み寄れなければ、入った亀裂は二度と塞がらない。……お前達は本当にそれでいいのか?」


 その言葉に、私ははっとさせられた。


(そうだ……謝らないと……!)


 私は、すぐにレインの名を口にした。


「レイン……!」「ニオ……!」


「!」「!」


 相手も同じことを考えているのか、タイミングが被ってしまった。だが、すぐに私のほうから話を始めた。


「あの……あんなことを言っちゃって、傷付けてしまってごめんなさい……。本当はレインのことが大好き……! 誰よりも大事に考えてる……。だから、嫌いにならないで……ください……」


 レインも、


「うん……私もニオを大切に想ってるよ……。私のほうこそごめん。ニオが傷付いているのにあんなに急かすような真似をしちゃって……。私が寄り添っていれば、ニオをここまで荒ませることもなかった。ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに述べた。


「……もう大丈夫そうだな。これ以上は何も言わん。あとは二人次第だ。卒業まで各々勉学に励むことだな。そして幹部として力を振るってくれ。期待してるぞ」


「はい……!」「はい……!」


 オウマ様は、私達の返事を聞いて笑みを浮かべた。


「じゃあ頑張れよ。またな」


 やがて、用を終えたオウマ様は帰っていった。

 私達二人が、部屋に取り残される。そんななかで、レインが口を開いた。


「それで、学校はどうする……? 好きなだけとは言えないけど、ゆっくり休んでくれてもいいよ」


 私は、


「いや、行くよ。やるべきことができてしまったし、みんなも待ってる。もう、こんなところで立ち止まるわけにはいかないしね」


 目にハイライトを浮かばせながら言う。


「……そっか。良かった」


「だからさ」


「ん?」


 私は笑いながら、


「先生への報告、ついてきてほしいな」


 レインは、驚きと喜びが混ざった表情で、


「うん……一緒に行こう!」


 そう言った。

 私達は、扉の先へ、先生の下へと向かった。

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