40話「決着3ー5」
(かなり離れているな……。音は聞こえるんだけど……)
遠く離れたところから、剣同士がぶつかり合う音がこだまして聞こえてくる。
だが、音のほうへ行けど向かえど、一向にたどり着く気配がしない。
一体、どこまで離れていったんだ……。
(おそらく、二人の実力は互角かな……? いや、経験の差で言えばウラギのほうが上か。今から私がそこに行って加勢すれば少しは役に立つかな……)
そう考えながら、いくつも角を曲がって、第四広場より少し規模の小さい第七広場に出た。
そこには、レインとウラギの姿があり、戦っていたのだが……、
「何これ……」
勝負が激しすぎて、完全に目で追うことができなかった。
レインが水魔法を独自に進化させた、オリジナルの時雨魔法と、ウラギの光魔法が、盛大に衝突している。
衝撃波が生まれ、近付くことすら拒まれているかのようだ。
(加勢する余裕も無い……。私はお荷物か……)
さすがは第六代目魔王の力を受け継ぐ者と人類最強の勇者による戦いだ。歴史上の一戦に加えても、構図的にはまったくおかしくない。
……ギル達の快適な暮らしという、恐ろしく浅はかな理由で戦っているのは気に入らないが。
私は、自身の力量を見極めて、戦いに参加することをやめた。
近くの家の屋根の上から、戦いを傍観する。
「水球」
「光球」
レインが水球を、ウラギが光球を何度も放つ。
小さな玉が高速で発射され、初級魔法だというのに弾丸レベルの凄まじい威力の魔法が繰り出されている。
二人は、それを避けたり剣で弾きながら近付いて、
「清水斬り」
「寂光斬」
ギギッ……!
それぞれ、中級魔法で技をぶつけた。剣同士がジリジリとせめぎ合う。
(やっぱり、強者は初級中級の魔法もバランス良く使うんだなあ……)
私は呑気にもそう考える。
というのも、この世には初級魔法、中級魔法、上級魔法の三つの位に分けられた基本魔法。それと、上級魔法を発展させてその人にのみ使用ができる発展魔法と、固有能力による固有魔法の三種類が存在する。
属性は火水草風岩光闇など、幅が広いので説明を省略する。
そして強者は、この基本魔法を状況に応じて使い分けるのだ。
私みたいな強者に一歩劣る存在が、固有魔法や上級魔法に使用を限定するのに対して、レインみたいな強者はバランスや状況を見て初級魔法を使ったり発展魔法を使ったり……。
理由は分からないが、緩急をつけるのが大事ということなのだろうか。
しばらく眺めていると、レインとウラギはせめぎ合うのをやめて、再び距離を離す。
ウラギが、突然笑顔で喋り始める。
「さすがはレインさん。この二年でさらに強くなってるね! 計画にかなり支障をきたしているとはいえ、先生とっても嬉しい!」
(……)
私は、この期に及んで教師面するウラギに心底嫌気が刺して睨んだが、あくまで二人の会話なので、心に留めて黙った。
レインが返す。
「そうですか、それは良かったですね。ですが、あなたはもう私達の担任ではありませんので、その言葉を素直に受け取ることはできません。何せ、私の経験則ではこの場合、相手の感情を揺さぶるために、意図的に相手の機嫌を損ねるような発言を行っているだけに過ぎないことが多いもので。大方、あなたもその類なのでしょう? 先ほどギル様と言葉を交わした際には、より女性らしさが強調された口調をしていましたし」
「……その状態のあなたは嫌いだわ。おどおどしてなくて、言葉で心を殺せないもの。でもまあいいわ、今優勢なのは私だし。このまま戦ってもさらにボロボロになるだけだしね」
「……」
このレインには心理戦が通用しないので、感情的になってボロを出す心配は無かった。
しかし、今の戦いでレインは傷を負ってボロボロになっていた。制服は所々がバッサリと切られていて、服に滲んだ血が浮き出ている。
一方でウラギは、同じくボロボロではあるが、怪我の程度はレインよりも目に見えて圧倒的に少ない。
どちらが強いかは置いておいても、今負けているのは確実にレインだった。
「どうしたの? 怖くて言葉も出ないかしら?」
ウラギが調子付いてレインを煽る。私は今すぐにでも殴りに行きたかったが、まだ我慢する。
そのうち、レインが口を開いた。
「怖くはありません。ただ、いいのですか?」
「……何が?」
「ニオがあの屋根の上で私達の試合を眺めているということは、ギル様はニオに敗れたということになりますが」
「……そうなるわね。だけど、それが何か? 私があなたを殺した後に、あの子を殺せば、あとはギルを回収して逃げればいいだけのことよ」
「……なぜ、生きていると思ったのですか?」
「……!」
ウラギが目を見開き、それまで見せていた余裕そうな雰囲気が無くなる。
レインは続けた。
「ただの一人の女の子とはいえ、魔王軍幹部に匹敵、あるいは凌駕しうるほどの才能を持った人ですよ? しかも、あの人は親を殺されているんです。普通に考えてただでは済まないと考えるはずでは? さっきのあの状態だって……」
それからも話し続ける。ギルが死んでいる可能性が高いことを裏付ける根拠について。
実際にはハッタリではあるが、今この状況を打破するには最も最善な選択だった。さっきから言われたい放題だった私達にとっても、少しスカッとするし、心強い。
「──であるからして、ギル様が死んでいる可能性が高いことが分かりますね。国家反逆の目的はギル様とウラギ先生による快適な暮らしだと、先ほどあなた自身が仰られていましたが、旦那さんが死んでは元も子もないですよね? その可能性があることは、ニオがここに来た時点で分かりきっていたはずですが、なぜそう結論づけることができないのでしょうか。生物は皆感情的ですから、むしろ……」
機械のようにまくし立ててウラギにマシンガンのように言葉を浴びせる。
歯軋りをして形相がまるっきり変わってしまったウラギはそれを、
「黙れ!」
その一言でばっさりと切り捨てた。それから感情に支配されながら、
「いい加減にしなさい! あの人が死んでいるはずがない! 魔王軍幹部が生徒ごときに負けるはずがない!」
めちゃくちゃなことを述べ始める。それにとどめを刺すかのように、
「だから、言ってますよね? 親を殺された人が仇であるギル様と戦って、そして今ここにいる。ギル様は、すでに死んでいるのです。あなたはギル様を殺されて、国家反逆も道半ばに終えて、これからその愛する旦那さんと地獄に逝きます」
そう言いながら、抑制を発動した。
「あっ……ああっ……!」
苦しみに喘ぐウラギを目の前に、レインは精一杯嘲笑うような胸糞の悪い顔を浮かべながら、
「ざまぁ……です(笑)」
そう突き放した。
それを見て聞いてウラギは、
「お前ええええぇぇぇぇ!」
完全にブチギレて、発狂し始めた。
今彼女が持つ力がすべて解放されていき、周辺の建物の窓ガラスが割れるほどの衝撃波を放ちながら、光のオーラを纏う。
(まずい……! いくら言葉で騙せても、このままじゃレインが!)
レインは、このままでは相打ちに持っていけたとしても、おそらく無事では済まないだろう。
ましてや、今は自らの意思で抑制を発動して、力を抑えてしまっている。
私は、すぐに立ち上がって行こうとした。
すると、
「……!」
レインが、こちらを振り向いて笑顔で手のひらを出して、こっちに来ないでと合図した。
(……どういうこと?! このままではレインが……! ……ああ、そういうことか)
初めはその意図を理解できずにいたが、それを理解した私は、その場でただレインを見守った。
レインは、
「時雨レイン!」
抑制をした状態のままで、力を解放する。
目が蒼く発光していて、地面の下には水溜まりの魔法陣が形成されている。
魔法陣の外側には、滝のように勢いの強い流水が水柱を八本ほど形成しており、レインちゃんを取り囲んでいた。
本来の時雨レインの姿だ。
二人は、お互いにオーラをぶつけながら、叫んだ。
「時雨破壊!」「勇者の刃・勇撃!」
後先なんて何も考えずに、二人の渾身の一撃が、今ぶつかった。
「……っ!」
ドオォォォン……!!!!
威力が強すぎて、私は屋根にしがみつくが、それでも吹き飛ばされそうだった。
とんでもない爆風が生まれ、光と共に一面を包み込んだ。
それから眩しくなり、何も見えなくなる。
(…………)
光が収まり、次第に目が見えるようになる。
そして私が見えたのは、一面が滅んで巨大なクレーターが形成された元第七広場と、
「はあ……はあ……はあ……はあ……!」
倒れる寸前のウラギだった。息を切らしながら、意識を保とうと足掻いている。
レインは、倒れていた。うつ伏せの状態で、頭が上がる気配は無い。
勝負は、ウラギの勝ちだった。
「ふふっ……! あはははははは! 私の……私の勝ちよ! あははははは!」
全身がボロボロで、壊れた機械のように笑い続ける。ただ、笑い続ける。
「どうせ、こいつの言ってることなんて嘘よ! そうよ! そうに違いないわ! あとは、こいつを殺して、あの人を連れ帰って、全部終わり! あはは……」
狂気に満ちていたその女の背中に、一つの剣が突き刺さる。
「ぐふっ……!」
血反吐を撒き散らしながら、震えながら女は振り返って背中へと顔を向ける。
「なっ……!」
剣を突き刺したのは私だった。怒りに満ちた目で、私は剣をさらに奥深くへと突き刺す。
ウラギは、お腹を押さえながら四つん這いに倒れる。
(これが、レインの作戦……)
レインが微笑んで私を止めた意図は、ここにあった。
レインとウラギが全力をぶつけ合うことで、相打ちを狙う。そして、ボロボロになったウラギを私が仕留める。これが作戦の全貌だった。
私は、二年の付き合いによる勘でその意図を汲み取ったが、何とかうまくいったようだ。
私は、目を紅く光らせながら言った。
「ウラギ、お前に一つだけ言っておくことがある。ギルはまだ死んでいない。死にかけだが、磔にして生かしている」
それを聞いて、ウラギは安心を抱いたのか笑みを浮かべるが、
「だが殺す。お前を殺したあと、意識が回復してから殺してやる」
その一言を聞いて、再び絶望色に顔が染まっていく。
「お願い……! 最後に顔だけでも……!」
人類最強の勇者なんて称号に似つかわしくない、ただ一人の妻として涙を流しながら懇願してきた。
私は、その意図を汲み取ることなく、
「私のお父さんも突然あなた達に殺されたんだよ? するわけないよね? それじゃあね」
私は、剣を引き抜いて、心臓へと突き刺した。
ウラギは、震えながら次第に絶命し、倒れていった。
バタッ……。
「……」
巨大なクレーターの上に、私とレインただ二人だけが残った。
ギルとウラギ、その他の幹部による国家反逆は、これにて終止符が打たれる。
結果は私達の勝利だが、同時に敗北でもあった。
(あとはギルか……)
このあと、私は初めての殺人など気にする余裕も無く、レインをそこに残したまま、ギルの息の根を止めに行くことになる。
歴史を変える一戦は、お父さんと反逆者の死を持って、幕を閉じた。




