39話「国家反逆の経緯 3ー4」
「……なぜ、裏切ったか知りたくはないか?」
拳を交わし、受けて殴ってを繰り返している最中、突然ギルがそんなことを言い始める。
「べつに……。どうせハッタリなんでしょ?」
「いいや、本当の話さ。二年前に調査した仲だしな。大したことじゃないし、教えてやるよ」
「教えさせていただきますでしょ? 私が聞いてあげるから、話しなさい……!」
私は睨んだ。すると、
「おうおう、怖いねえ。分かったよ、話させていただきますよっと……」
殴り合いを続けながら、ギルは話を始めた。
「俺は十数年前、ルモノ様から直接任命を受けて、魔王軍幹部になった。元々腕自慢ではあったんだが、まさか戦闘技術に長けているってだけでこの地位につけるなんて思ってなかった。仕事続きだけど、楽しい時間だったよ。数年が経つまでは……」
ギルが、そう言いながら飛び蹴りをしてくるので、片手で弾いてもう片方の手で殴る。それをギルは両手で受け止めた。話は続く。
「ある日、いつものように王城で仕事をしていると、ルモノ様の命令で依頼を引き受けることになったんだ。依頼の内容は、国を滅ぼすこと……」
「……国を滅ぼす? お父さんはそんなことしない! 嘘でしょ?」
「まあ待てって。国と言っても、ただの国じゃねえ。その国は、人や魔族が暮らす、歴史上類を見ない人魔共生国だったんだ。人界にも魔界にも属さないから、異世界開発プロジェクトを進めている人界側にとっても、それに対抗する魔界側にとっても邪魔でな、俺達魔界側が正当な理由を掲げて侵略することにした」
「……正当な理由って?」
「協定だ。そもそも人間と魔界の住人は死ぬほど仲が悪い。それは分かるだろ? だから、この二陣営の間で取り決めを行って、互いに干渉し合わないようにしていたんだが、この人魔共生国はそもそもそれに違反している。俺達はこれを指摘した上で、国を維持し続けるのであれば厳重な対処を行うと宣戦布告をしておいた。結果的にその国は無視し続けたから、正義の名の下に滅ぼしたってわけさ」
「それで、人魔共生国を滅ぼすのが裏切りとどう関係あるの?」
「ああ、本題はそこだな。俺達は魔王軍精鋭を引き連れて人魔共生国を滅ぼしたんだが、偶然にも人界側が軍隊を引き連れてやって来てな。あろうことか、連中もその作戦に参加して一緒に国を滅ぼすことになった。その連中の最高指揮官こそがウラギだった。作戦終了後、俺達は会話をした。最低限の協定などに関する会話から、作戦に関してお互いを褒め合う話へと発展して、どんどん意気投合していった。最終的に、禁忌とされていることを理解しつつも、俺達はお互いに祖国に黙って、少しずつ関わるようになった」
「……それから、密接な関係を築いていくうちに結婚したんだね」
「ああ、まさにその通りだ」
「なら、何で裏切ったの? わざわざこんなことしなくたって、祖国を裏切って逃げればいいじゃない! 自給自足の生活でも、強いんだから生き抜いていけるでしょ?!」
私は、感情的になってはいけないと思いつつも、つい感情的になって、必死に反論してしまう。
ギルは、そんな私を見て笑みを浮かべながら言った。
「すべては、俺とウラギのためだ」
「は?」
「俺達は、快適な暮らしがしたかった。そのためには、地球からの開発支援を受け続けられる人界は必要不可欠だが、独自の路線で人界に対抗しようとするルモノ様ははっきり言って邪魔だった。今は多少は抵抗できているようだが、これ以上の見込みも無い。だから、ルモノ様を殺して魔界を混乱状態に陥らせて、その隙に魔界を乗っ取って地球の技術を人界から横流しにしようと企んだのさ。……長い時間をかけることにはなるが、最終的には人界の国をすべて乗っ取って、地球の先進国を騙し続けて、俺とウラギで幸せな家庭を築こうと考えている。以上が俺が魔界を裏切った理由だ。理解していただけたかな?」
計画の全貌を聞いて、私は目を見開いた。
「ふ……ふざけるなっ! 私腹を肥やすために一国の王を殺すなんて、そんな理屈がまかり通ると思ってるのか?!」
「思わないな。だが関係無い。感情より理屈のほうが重要ではあるが、この愚かな世の中では、感情で理屈を押し通すことができてしまう。それを知っているから計画を実行したまでだ」
「うるさいうるさいうるさい! 本当にふざけるな! 黙って死ねよクソ野郎! そんな理由で、私のお父さんは……! 私のお父さんは殺されたというの?!」
「ああ」
「何が大したことのない話だ……! 侮辱にも程があるでしょ……!」
私は、今すぐに爆発しそうな想いを必死に沈めようとする。
そんな瞬間をギルは狙った。
「三段魔葬蹴り」
「ぐはっ……!」
魔が込められている三段階に分けられた蹴り。
もろに腹に喰らって、私は吹っ飛ばされながら、腹を押さえた。
「ははっ、隙だらけだぜ? 目の前のことに集中しないとな」
「卑怯な……」
大した技ではない。本来なら軽く避けられたはずだ。だが、避けられなかった。感情に心を支配されて、冷静になれなかった。
(落ち着け、私……! こういうときこそ理屈で考えないと。奴は、今でこそ私と同等レベルの戦いができているけど、それはウラギの力を分けてもらっているに過ぎない。つまり、技量も私より劣っている可能性が高い。だから、あんな話をして私を動揺させたんだ……。もう惑わされるな! 自分のペースを貫け!)
私は、有利な状況を作り出すために、炎をさらに熱く燃やす。
(あくまで怒りはきっかけ。怒りに飲み込まれずに、最大限活かす!)
私は唱えた。
「水業……!」
大きな水が悪魔の恐ろしい顔を形成して、そのまま光線のように襲いかかってくる上級魔法。
ギルはそれを、
「多重結界!」
多重の結界で受け止め始めた。
私の魔法とジリジリと競り合って、耐えている。
(かかった!)
すかさず私は畳みかけた。
「紅蓮雷業!」
紅蓮の炎が水魔法と衝突し、炎の勢いが急激に増す。
次第に炎が水を乗っ取って、紅蓮の悪魔の顔ができあがった。
「何?!」
あまりの温度に、悪魔の周辺でプラズマが発生する。
悪魔の顔をした魔法をぶつけているだけだが、本当に悪魔がそこにいるみたいだった。
ギルは、私の魔法の重ね技に耐えきれず、
「ぐあああ!」
悪魔の炎に包まれた。
苦しそうに、業火に焼かれて苦しんでいる。
炎は、ギルに命中してからも十数秒程度は燃え続けていた。
たった十数秒だが、彼の感覚では数分程度苦しんでいるのかもしれない。
「はあ……はあ……」
ようやく炎が散って、ギルはまた深い火傷を負っていた。
とても苦しそうだったので、
「紅蓮一閃……」
とどめの一撃を喰らわせてやった。
紅蓮を纏った手刀でギルの体を斬り、炎を刻み込む。
「がっ……!」
ギルは、その一撃で意識を失った。前方へと倒れて、そのまま動かなくなった。
「あとで必ず殺してやるからな……」
私は、近くにあった剣がたくさん入った樽からいくつか剣を取り出して、それをギルの手足に地面ごと突き刺して固定する。
おまけに腹部に力いっぱい剣を突き刺して、簡易的な磔の完成である。
それから、その場をあとにして、レインのほうへと向かった。




