37話「無双 3ー2」
「きゃああああ!」「逃げろ……!」「おい、押すなよ!」
先ほどまで歓声だったものは、悲鳴へと変わっていく。場は騒然として、混乱状態に陥っていた。
(な……んで……?)
私は、思考が停止した。
誰もが逃げていくなか、私はその場に立ち尽くしていた。
民衆はすぐに誰もいなくなり、第四広場には私とレインだけが残った。
(分からない分からない分からない分からない……!)
何でギル様がお父さんを刺したの? 何の動機で? 目的で? 何で今実行したの? 何が起こってるの? 他の幹部の方々も何で止めないの? 全員グルなの? みんなも何で逃げるの? 逃げてないで誰か助けてよ! 私のたった一人のお父さんを!
……。
突然のことに頭がパンクしそうになったが、少しずつ頭が回ってくるようになり、状況を理解した。涙が頬を伝って流れ落ちる。
立つことさえままならない状態になって、膝から崩れ落ちた。
「あっ………ああっ……!」
もう二度と、顔も上げたくない。そんな思いでただひたすら四つん這いで俯いて泣き続けた。
そのときだった。
「固有能力『抑制』解除」
私の真横でレインがそう呟いた。
レインの目が黒く濁り、それまで内に秘めていた力を、闇を解放し始めた。
抑制されたものがあふれだして、場の雰囲気を大きく塗り替えた。
ギル様や他の幹部の人も私達の存在に、主にレインの存在に気が付いて、
「ちっ……気付かれたか……!」
剣をお父さんに突き刺したまま、剣を手から離して身構えた。三人が、レインを睨み続ける。
レインは、睨まれた状態で私に、
「ニオ、ごめんなさい。ルモノ様を助けることは、おそらくできません。ですが、今できることに精一杯取り組みますので、そこで休んでいてください」
そう言って、腰に携えた鞘から、剣を取り出す。
前触れもなく、戦闘は始まった。
「剣銃・百三十四」
レインちゃんを纏う大きなオーラから、数百程度の玉が分裂して出てくる。
その闇の玉が、徐々に形を変えて、やがてすべてが剣の形になっていく。
レインちゃんは片手を差し出し、握り拳を作って、剣を発射した。
不規則に右や左から剣が飛んでいき、魔王軍幹部を苦しめる。
「ぐっ……!」「何よこれ……!」「やっば……!」
幹部達が、持ち前の技でギリギリ捌き始めた。捌くのが限界で、他に目を向ける余裕は無さそうだ。
そこにレインは技を重ねた。
「跳び時雨」
時雨を身に纏って、真上に高速で跳び、そこからさらに空中を力強く蹴った。
点と点を結ぶかのように、まるでワープをするかのように、幹部の女の一人の下へ飛んでいく。
「時雨斬り」
跳び時雨の超速度を利用しながら、高速で薙いで、幹部の女の体に、斬撃による深い亀裂を刻み込んだ。
女は吐血しながら、あっという間に命を落としていく。
「まずは一人……」
「なにっ……!」「……!」
剣銃・百三十四の対処に追われていた幹部達が、一瞬遅れて反応する。
反応して、剣銃を捌きながらレインのほうに首を向ける頃には、レインはもうその場にはいなかった。
「どこだ……!」
幹部達が、左右をきょろきょろする。だが、見つけられない。
レインの姿は、私にだけ見えていた。レインは、すでにはるか上空へと飛んでいた。
身を捻りながら、ギル様とは別のもう一人の幹部のほうに体を向けて、
「一直線雷時雨」
剣を槍のように、勢い良くぶん投げた。
剣が光の速度で飛んでいき、雷のようにピカッと一瞬だけ光ったかと思うと、
ドゴォォォォン…………!!!!
落雷の音がして、いつの間にかその幹部の人の心臓を貫いていた。
「がはっ……!」
その幹部も、全身を硬直させながら倒れて死んでいく。
「これで二人目……」
レインは、技を放った衝撃で後方にぶっ飛びながらそう呟き、やがて私の真横に着地した。
「レイン……」
圧倒的だった。戦闘が始まってから、時間にして一分も経っていないだろう。数瞬のうちに、魔王軍幹部二名を屠り、残る敵はギル様ただ一人となった。
ギル様は、
「……二年前もそうだったが、やっぱりお前は人ならざる化け物だな! おかげで、今も震えが止まらないぜ」
大声で突然そう喋り始めた。
初めは何事かと思ったレインも、
「……半霊ですから。それよりも、なぜこんなことをしているのでしょうか? 理由を教えてください!」
距離が離れているので、その分大声を出して、質問を投げかける。
ギル様は、
「答えないと言ったら?」
揺さぶりをかけるように、こちらの様子を窺いながら返してくる。
レインは動揺することなく、
「一緒ですよ。答えようが応えまいが、どのみちあなたは殺します」
そう答えた。
「だろうな……。国を裏切った反逆者に慈悲なんてあるわけない。むしろいらない。さあ、かかってこいよ!」
「……」
話はすぐに終わり、再び戦闘ムードへと戻った。
レインは投げ飛ばした剣を取り戻すために、足を後ろに引いて軽く構える。
(おかしい……)
私は、今の一連の流れを見て思った。なぜそう思ったのか。
それは、ギル様の返答があまりに不自然だったからだ。
自身を反逆者だと認識しているあたり、この暗殺は、事前に入念に計画されたものなのだろう。
なら、今のこの状況は彼にとってかなりまずいはずだ。
レインという魔界でも指折りの最強の敵が現れて、計画に参加しているごく少数の仲間、それも魔王軍幹部が二人も瞬殺されて、本来なら大誤算。もう少し焦ってもいいはずなのだ。
にも関わらず、ギル様はかかってこいなどと、自棄を起こしたかのように意味不明な挑発をしている。
本当に気が狂ったのか。はたまた、計画の範疇なのか、私には知る由もない。
だが、どちらか分からない以上、こちらから見れば不自然な行動なので、警戒するしかなかった。
レインも、当然その異常さを感じ取っていて、警戒していた。
しかしレインは、このままでは何も変わらないと判断したのか、一呼吸を置いて、戦う決心をした。
そのまま地を蹴って、高速で一直線にギル様の下へと向かっていった。
──だが、その判断は誤りとなってしまう。
「光波・勇撃!」
「!」
レインがギル様の下へと向かっている途中で、死角からタイミングを合わせられて、真横から光の斬撃が、地から伸びるように飛んでくる。
それが、レインの体に命中し、
「ぐっ……!」
レインは真横に吹っ飛ばされた。
私が唖然としていると、技を放った本人が、華麗に飛びながら、ギル様の横まで飛んでくる。
「……は?」
その人は、私達の担任であるはずの、ウラギ先生だった。




