36話「暗殺 3ー1」
それから二年後。
私達は順風満帆な学校生活を送っていて、気が付けば三年生になっていた。
「それでは次の方。水晶玉に手を触れてください」
季節は春。
今は能力診断を行っている最中だった。
水晶玉に手を触れると光り出して、謎の呪文が水晶玉の周りをぐるぐる回り始める。
やがて呪文が水晶玉の中へ取り込まれていき、数値が現れた。
【ニオ】
筋力1826(平均 906)
防御力 865(平均 634)
速度 1002(平均716)
魔力 4097(平均1249)
固有能力【紅蓮】7251(平均 --)
総合力 15041(平均 3505)
(入学のときは総合力が11111だったから、プラス3930でかなり成長したっぽいね……)
一年生の頃と比べると、全体的に数値が、とくに固有能力の値が大幅に増えていた。
学年で総合力上位十名のみが表示されるモニターに、私の名前が一位で表示される。
「いつも通りだね〜」「やっぱすごい」「つえー」
三年目にもなると、さすがに学年のみんなも慣れてくるということで、わりとあっさりした反応だった。
私も、さすがに同じパターンを何度も繰り返していると、慣れてくるというものだ。
「では、次の方、水晶玉に触れてください」
私が自分の椅子に戻っている最中、ある少女が水晶玉に手を触れる。
すると、固有能力を持つ者しか反応を示さないはずの呪文が水晶玉の周りをぐるぐると回り始める。
やがて、結果が出た。
【レイン】
筋力 2026(平均906)
防御力 2542(平均634)
速度 9234(平均716)
魔力 2864(平均1249)
固有能力【抑制】 4289(平均--)
総合力 20955(平均 3505)
その少女は、レインだった。
私の全ステータスをはるかに上回る数値で、モニターに一位と映し出される。
(やっぱり負けるよね……)
レインが私を超える数値を叩き出して、私を二位に追いやってしまう。ここまでがいつも通りの流れだ。
この二年間、ずっとこの有様で、未だにレインを越すことはできていない。
とても悔しいが、もうあのときのように嫉妬心を抱くほど子供でもないので、素直に諦める。
そして、始業式を終えて、少しの授業を終えたあと、学校が終わったので、寮に戻ることになった。
私とレインは二人で部屋へと戻っていた。
「ねえ、レイン。私に一位を譲ってくれても良かったんだよ?」
「そう言われても……。ニオが私より強くなればいいだけだし、努力不足なんじゃないかな……?」
「い、言ったなー……! でも、言い返せない……」
そんなやり取りを交わしながら、部屋の中へと入る。
二年も経てば距離も縮まるということで、お互い敬称を用いることが無くなっていた。
レインは敬語をやめることで、少しずつ自分の意思を示すことができるようになった。
(私が敬語禁止令をむりやり発したのも理由の一つだけど、結果的に仲良くなれたことだし、嬉しい……)
私は、鞄の中のファイルに挟んだ紙を取り出しながら、そう思った。
「あ、その紙……」
レインが、私の取り出した紙を見てそう言うので、答える。
「ん? ああそう。お父さんがまた魔王に選ばれたから、その凱旋のお知らせだよ」
紙には、お父さんの凱旋のことが書かれてあった。
この魔界では、四年に一度、複数名の魔王候補者のうち一名が、国民の直接投票によって選ばれる。
その際に、選ばれた魔王は、馬車に乗って魔界中を周る風習があるのだが、お父さんは今期も魔王として再び就任することになった。
なので、お父さんが凱旋をすることになったので、そのお知らせが回ってきたのだ。
「凱旋、行くの?」
「うん、お父さんとは会える機会が少ないからね。まあ、卒業後は魔王城での仕事を希望してるから、もし内定をもらったら会う機会は増えると思うけど」
「へえ……ニオは面倒見がいいし、絶対内定もらえるよ。実際に助けてもらった私が保証する。……もらえなかったらごめん……」
「保証してるのかしてないのか……。やっぱりレインはレインだね……」
仲良くなっても、相変わらず自分の発言には自信が持てず、気後れな性格のままなようだ。
(まあ、そこがいいんだけど……)
私達は、雑談をして、寝て、授業を受けて、雑談をして、寝てを繰り返した。
そして、その日がやってきた。
凱旋当日。私は早起きをして、すぐに準備に入った。
歯磨きをしたり、洗顔をしたり、より見つけてもらえる確率を上げるために私服ではなく制服に着替えたり、髪をサイドテールに結んだりと、色々してようやく準備が整った。
最後に、写真を撮るために、紐のついたチェキを首から下げる。
朝ごはんは食べていないが、屋台で買い食いして済ませるので、お腹を空かせたままでとくに問題は無い。
さて、レインを起こさないようにこっそりと行こう。
私は、そろりと扉へ近付いて、ゆっくりと扉を開けた。
キィ……。
「おはよう」
「あ、おはよう。……え?」
扉の先にはレインがいて、すでに制服を着て廊下に立っていた。
(歯磨きをするときに出入りしたはずなんだけど……。いつの間に準備を済ませたんだろう……)
私は疑問に思った。
「それじゃあ、行こう」
「うん……。朝早いんだね」
「半霊だから」
「?」
私達は、一緒に出かけることにした。外出許可証を持って、校門まで向かう。
ちなみに、普段は学校から出るには特別な理由が無いといけないが、学校でチラシを配られた通り、こういった凱旋などのイベントが行われる際には、『凱旋を見に行く』と一言だけ書いておけば、簡単に校外に出ることができる。
これを利用して、まったく関係の無い場所に遊びに行ったり、故郷に戻ったりする生徒がいるらしいが、これには学校側も目を瞑ってくれるそうだ。
なので、必然的に、学校で生活する寮生が校門へと一斉に押し寄せることになる。
私がこうして早起きをしたのもそれが理由だ。
賑やかなのは好きでも、人混みやただうるさいだけなのは好きではない。それに何より、本来の目的を見に行くのに邪魔なのだ。
私達は、校門にいる警備の人に許可証を提出して、門をくぐって外に出た。
「私達がこれから行くのは、凱旋の大目玉でもある第四広場って所なんだけど、場所取りをするまでかなり時間があるから、それまで魔界を適当にふらつこうか」
「うん。分かった」
まずは、朝ご飯を食べるために屋台を巡った。
私達が買ったのは、フランクフルトや、ピタパンにサンドされたケバブだ。それらを、口いっぱいに勢いよく頬張る。
「美味しい!」「美味……」
学食では味わえない屋台ならではの料理は、新鮮でとても美味しかった。
目がキラキラと光り、テンションが上がる。
「やっぱり鬼といえば肉! 肉こそが我が種族の生きがいだよ!」
「半霊といえば?」
「……し、塩とか?」
「塩……」
次に、久しぶりの校外への外出なので、街を散歩した。何てことのない住宅街を散策する。
「私の村とは比べものにならない規模だ……」
「ちゃんと街並みを見るのは初めて?」
「うん。魔界と近くの森で倒れていたところを保護されて、そのまま少しの間施設で育てられて、そこからすぐにここに入学したから。だから、街の景色はあまり見たことはないな……」
「忙しかったんだね。各地を転々と……」
それからも、満足するまで街を周った。
そして、
「そろそろ第四広場に向かおうか。時間もキリがいいし」
「了解」
私達はそのまま第四広場へと向かうことにした。
「──もうすでに、結構人がいるね」
「人……たくさん……怖い……」
通れないほどでもないが、街の住人がかなり押し寄せていた。
最前線はとっくに埋まっていて、それに群がるように人が集まっている。
目の前でお父さんを見ることはできない。
(お父さんを見れるかどうかより、レインのほうが心配だな……)
私は、レインが人混みに恐れをなしているので、
「大丈夫だよー……」
背中をさすりながらそう声をかけておいた。
レインも、深呼吸をして心を落ち着かせようと努力していた。
凱旋まで45分。果たしてレインは耐えられるのだろうか。
* * *
45分はあっという間に経った。
わいわい……がやがや……。
さっきよりも人がたくさん集まっていた。周辺はわいわいと騒がしく、人が通るのも難しくなっていた。
一度転けたらとんでもないことになりそうだ。
「ううっ……」
レインは、目に涙を浮かべて体が小刻みに震えている。
きっと今すぐにでも帰りたいのだろうが、それを我慢して私についてきてくれている。
(あとでお礼をしないと……)
そんなことを考えていると、どこか遠くから大歓声が上がった。
「わあああ!」「うおおお!」「うわああ!」
どうやら、お父さんが第四広場まで近付いてきたようだ。
私は、思い出作りのために持参したチェキを構えた。
やがて、走行音が聞こえてきて、複数台のオープンカーが見えてくる。
先頭にはお父さんと運転手が乗っていて、微笑みながら手を振っていた。
その後方車両には、ギル様やその他二名の幹部の方々が、同じく手を振っている。
(かっこいい……)
こういうときのお父さんは、やっぱりとってもかっこいい。威厳が出ていて、漢の中の漢って感じがする。
戦闘に特化してこそいないが、それでも見た目の厳格さに関して言えば、誰よりも強そうに見える。
まさに、私が尊敬するに値する相手だ。
将来は、お父さんのようなリーダーシップにあふれた人間を目指したいな……。
すると、お父さんがすぐ近くまでやって来たので、シャッターを切った。
(今……!)
ぐさっ……! カシャッ……。
その瞬間だった。シャッターを切る直前に、剣が何かに刺さったような音がした。
(……え?)
撮った画像がチェキから出てきて、写真となって出てくる。
その写真には、ギル様が剣でお父さんの心臓を背後から串刺しにしている様子が写っていた。
私の心臓が、強くドクッ……! と響いた。
私が、写真から目を離してお父さんのほうを見ると、お父さんはすでにオープンカーに前のめりになって倒れていた。




