35話「反省 2ー7」
少しして調査が終わって、私達は村から少し離れた場所で一睡したあと、太陽が昇り始める頃に帰還を始めた。
「……」
行きも大して喋ってはいなかったが、帰りはそれとは違う雰囲気のだんまり感が漂っていた。
疲れや反省から、誰も喋ることはなく、少なくとも、活躍したことを称え合うような空気感ではない。
ちらりと、レインちゃんの顔を覗いた。
レインちゃんは、力を一度使い果たしたからか、まだ起きていなかった。
目を閉じて、ぐっすりと目を瞑っている。
話すことはそれくらいか。
やることはすべて、レインちゃんが起きてから、魔界へと戻ってからになる。
それまでは、何も考えずに……。ただ、眠ってしまおう……。
二日目。ギル様が突然自分には妻がいるのだと話し始めた。話したのはそれくらいだった。
三日目。レインちゃんが目を開いたような気がした。気がしただけだった。
四日目。動物を仕留めて久しぶりに肉を食べた。鶏肉だ。おいしい。鶏肉派なんだ、私。
そして五日目のことだった。
寝すぎで目がぱっちりと覚めていて、私は黄昏れながら景色を眺めていた。
(予定ではあと二日か……。レインちゃんは一向に起きる気配が無いし、どうしたものかな……)
出発してから五日が経過しても、進展はまったくない。
このまま起きなかったらどうしよう。なんて、本気でそんなことを考え始めていたときのことだった。
「んっ……」
「!」「……!」
レインちゃんが目を覚まし始めた。
私達は、念のために構える。
(これであの状態が続いていたら……)
もし、レインちゃんが再び戦闘体制に入った場合、私達はレインちゃんを殺さなければならなくなる。
そうなってほしくはないが、なってしまったらそうするしかない……。
私達は、レインちゃんの反応を待ち続けた。
「……今は朝ですか?」
レインちゃんは、ハイライトの無い目で、私達にそう問いかけた。
(目にハイライトは無いけど、いつもの無機質なレインちゃんだ……。つまり、害は無い……)
私達は、肩の力を抜いた。
「ほっ……」「良かった……」
(最悪の事態は免れた……。あとは、後遺症の確認だね……)
あれだけのことがあったんだし、心身に負った傷は比では無いだろう。
専門外ではあるが、カウンセリングを行う必要がある。私は、それとなく聞くことにした。
「あの、私はどれくらいの時間寝ていたのですか?」
「五日だよ。それより……何ともない? 大丈夫?」
私は、暴走で負ったであろう心と体の痛みについて、訊ねる。
しかし、
「はい。至近距離から攻撃を受けたとはいえ、かなりの時間を寝て過ごしたわけですから、痛みはありません。後遺症もありませんし、私は無事です」
返ってきた答えは体の痛みについてのみ。
ギル様の部下を一人殺したんだから、少しはそこら辺についても触れると思ったのだが……。
私の代わりに、ギル様が直接訊ねた。
「なら、心の傷はどうだ? あまり触れたくはないが、お前は人を一人殺してる。少なくとも、気が気でないはずだが……」
それを聞いて、レインちゃんは場が凍り付くような発言をした。
首を傾げながら、
「……それが、どうかしましたか? たしかに、悪いことだとは認識しておりますが、何ともありません。いつも通りですよ」
何の躊躇いもなくレインちゃんはそう言った。
そんな彼女の発言にギル様は、
「お前……!」
腹が立ったのか、レインちゃんの胸ぐらを掴んだ。
レインちゃんの体は、空中に浮いていた。
「ギル様!」
「命を奪っておいてそれは無いだろ……!」
レインちゃんを睨みながら、力強くそう言った。
レインちゃんは、レインちゃんなりにギル様のその異常な様子を感じ取ったらしく、
「……ああ、関係の深い部下の方が殺されたことで、激昂してらっしゃるのですね。配慮が足りていませんでした。誠に申し訳ございません」
感情が込められていないがために、火に油を注ぐように、謝罪の言葉をつらつらと述べ始める。
ギル様は、完全に怒りに支配されて、
「人様を舐めるなよ!」
空いている片方の手で拳を上げて、
「?」
そのまま、レインちゃんに向かって全力で振い始めた。
「やめてええええ……!!!!」
「!」
私は、咄嗟にレインちゃんへと突っ込んで、抱きしめながらレインちゃんを拳から遠ざけた。
しかし、その際に拳が私の脇腹に命中して、
「ぐうっ……!」
レインちゃんと一緒に壁際まで飛ばされて、レインちゃんを下敷きにしたまま、私は痛みに苦しみに悶えた。
(痛いっ……! でも、こうするしか……)
今のレインちゃんは抑制を使っていない。つまり、この態度の悪さはレインちゃんにとっても不本意なものなのだ。
ギル様はそのことに気が付いていないのか、はたまた覚えていないのか。
どちらにせよ、このままでは誤解を生んだままになってしまうので、自分を犠牲にして止めた。
「な、何で……! 友達だからって、止める義理は……」
困惑するギル様に、答えを返す。
「レインちゃんは抑制を使っていないから感情が無いだけで、心の奥底ではしっかり反省しているんです……! 反省していなければ、言葉に出てきません……」
「……なら、見せてみろ! 言葉ではなく、行動で証明してみせろ!」
私は、レインちゃんに申し訳なさそうに、でも仕方ないと言わんばかりの表情で、無理強いを押し付けるように言った。
「レインちゃん……! お願い。能力を、抑制を使って……!」
「……承知しました。よく分かりませんが、それが最善の選択なのであれば、それに従います」
レインちゃんは、そう言って私を回復体位のように楽な姿勢で横にして、唱えた。
「固有能力発動、『抑制』」
無機質な目の濁りが晴れていって、憑き物が落ちるかのように陰鬱なオーラのようなものが取り除かれていく。
目にはハイライトが浮かび出し、徐々に変化が現れていった。
抑制を発動して、レインちゃんは、
「あっ……! ああっ……!」
突然体を震わせて、膝をついて、自分を抱くかのように両手で二の腕を掴んで、そのまま肩から横に倒れながら、
「ああああああああっ…………!!!!! 何で何で何で何で???? 私は何であんなことを!!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……………………!!!!!」
「!」「……」
いつものレインちゃんとは、今までのレインちゃんとはまったく異なった姿で、涙を流しながら叫び始める。
「あああっ……! ごめんなさい……! ごめんなさい……」
声もかなり震えていた。レインちゃんは、大きな声を出しているところを見たことが無いので、思わず肩をびくつかせて驚いてしまった。
しばらく呆然として眺めていたが、このままではまずいと思い、急いで立ち上がって駆け寄った。
痛みに悶えている場合ではない。
「大丈夫! 大丈夫だよ……! 大丈夫……だから……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!!!」
「……」
想定外だった。
レインちゃんの性格を踏まえればこうなることは必然。それは分かっていた。
だが、ここまでとは思っていなかった。ここまでレインちゃんを苦しめることになるなんて……。
(……私のせいだ)
私から命令しておいて、いざこんな状況に陥ったら何も助けられなくて。
力不足で、強い罪悪感を覚えた。
どうしよう……。どうしたら、レインちゃんは落ち着いてくれるだろう。
私が、焦りで頭がいっぱいになっていると、
「レイン」
ギル様が、膝をついてレインちゃんに話しかけた。
レインちゃんは、
「えっ……? っっっっ……!! 私が全部悪いんです……。ごめんなさいぃぃ…………! 私が存在していたせいで、私のせいで、私があ………ゲホッ……! ゲホッ……! 」
あまりの感情の昂りから、えずき始めた。
そんなレインちゃんに、
「レイン、悪かった……。お前のせいじゃないのに、ここまで追い詰めてしまった。責任は俺にあるというのに、レインの事情も察することができずに八つ当たりしてしまった……。本当に申し訳ない……!」
バツが悪そうに、自身の非を詫び始めた。
レインちゃんはそれを聞いて叫ぶことはしなくなった。
でも、目は泳いでいて、過呼吸気味になっている。
その表情は、本当に苦しそうだった。
私は、これ以上力不足にならないために。レインちゃんを今度こそ救うために、倒れたままのレインちゃんの頭を撫でながら、
「大丈夫……。もう何も辛いことは無いから……。あとは帰って、ゆっくり休も?」
優しく言葉をかけた。
「……ありがとうございます」
レインちゃんは、ようやく落ち着いてくれたようだった。
表情に落ち着きが見え始める。
(これからもよろしくね……)
私は、心の中でそう唱えた。
こうして、私達の調査は終了した。
二日後、魔界に帰還した私達は、お父さんに直接報告して、それからゆっくり休んだ。
一週間の休暇を取って、私とレインちゃんは元通りの生活へと戻っていった。




