34話「紅蓮vs時雨 2ー6」
レインちゃんは、
「抗う……。それで果たして救えるのでしょうか? 勝つのはいつも、圧倒的な力を持つ者。真なる強者を目の前にして、自信が言葉に現れない時点で、あなたは前へと進むことはできないのです」
無情にも、しかし見下すような真似はせず、淡々と言葉を投げかける。
そんなレインちゃんに、
「そうかな? 事実を認められる強者だと、私は思うけどね。この世界に巣食う幾数千万の民は、使う言葉だけは誰よりも強者。しかし誰よりも弱い。だから、そんな風にならないように、私は言うよ。弱者なりに強者を正してあげる。かかってきなさい!」
私は、自信に満ちあふれた言葉を返した。
レインちゃんは私の答えに満足したのか、
「ああ……。ニオさんの言葉には、信念が詰まっていてとても気持ちがいいですね……。だからこそ惜しい。私に新たな気付きを教えてくれるあなたを、絶望色に染め上げねばならないなんて……」
快感に身を震わせて、手で両頬を覆いながら、笑って言う。
(今のレインちゃんは、抑制前でも抑制後でもない、まったく新しい別人格のような状態。容赦する必要は無さそうだね……)
私は、今一度覚悟を決めた。彼女を倒して救おうと。
原因を突き止めて、もう二度とこんなことがないようにしようと。
──そして勝負は、何の前触れもなく始まった。
私達は同時に唱える。
「紅蓮解放」「時雨レイン」
その瞬間、私達は強力な力を手にし、その力故に、生い茂る雑草を残さず刈り取ってしまうほどの、強大な衝撃波が生まれた。
「うわっ!」
ギル様が後方まで吹き飛ばされる。
「これは、俺の出る幕じゃなさそうだな……。今のうちに、部下達をさらに遠くに避難させるか……」
ギル様は、衝撃波から危険を察知して、とっととどこかに行ってしまった。
それから、私達は互いに強大なオーラを、力をぶつけ合った。
私は、この世のすべてを燃やし尽くさんとする、まるで太陽のような聖なる炎を纏っている。
あまりの熱さで、周囲には時々プラズマが発生しており、目は紅く発光していた。
炎の赤を、レインちゃんへとぶつける。
一方でレインちゃんは、目が蒼く発光していて、地面の下には水溜まりの魔法陣が形成されていた。
魔法陣の外側には、滝のように勢いの強い流水が水柱を八本ほど形成しており、レインちゃんを取り囲んでいた。
さらにレインちゃんは、そこに闇を加えた。
闇を加えることで、レインちゃんの片方の目が黒く染まり、そのまま発光し続ける。
魔法陣も、中心で割って半分が闇に染まる。
水柱の八本のうち、四本は闇へと姿を変えて、闇柱が形成され、水柱と闇柱が交互にレインちゃんを取り囲んだ。
水と闇の黒青を、私へとぶつけてくる。
今、最後の戦いが始まった。
一直線に高速で動いて、あっという間に互いに攻撃が当たる距離まで来る。
そこで私は赤を、ありったけの力を拳に込めて、レインちゃんは黒青を剣に馴染ませて、一撃を繰り出した。
「はっ……!」「……っ!」
火と水が直接ぶつかり、火が膨張して威力を増していく。
本来であれば力も何もかも私が劣るはずだが、レインちゃんの水を力に変えることで、その威力はわずかながらにレインちゃんを上回る。
それを感じ取って、レインちゃんは自ら剣を引いた。
私はそのまま畳み掛ける。
あのレインちゃんが、防戦一方で剣で受け止めることしかできない。
なので、ここぞとばかりに技を重ねていった。
「紅蓮熱波」
紅蓮の輪を形成して、穴から熱波を飛ばす技。これで、レインちゃんを後方へと吹き飛ばす。
「紅蓮一閃」
手を刀に見立てて、紅蓮を纏った手刀で斬る技。
吹き飛ばされて足が着地した瞬間を狙って、手刀でレインちゃんの剣を弾く。
懐が空いたところを、
「紅蓮砲!」
手に炎を集約させて、音速を超える紅蓮の火の玉を発射して捉える。
反動で、私の手が真上に跳ね上がった。
玉は、レインちゃんの腹にもろに命中して、
「がはっ……!」
痛みと衝撃で唾を吐きながら、そんな声を出した。
「こしゃくな……!」
レインちゃんはすぐに剣を構えて、
「時雨斬り!」
すぐに高速で反撃を仕掛けてくる。
それから、水と闇を纏った剣が、私の体へと向かってくるので、
「紅蓮の羽衣……!」
私は、先ほど咄嗟に出した技で、体を捻りながら薄い灼熱の炎を幾重にも重ねて、完璧に防ぎ切った。
一旦距離を置いて、互いに気をぶつける。
(これだけ技を使ってようやく一撃か……。でも……)
ちゃんと抗うことができている。それどころか、一瞬であろうと優位な位置に立つこともできている。
「私より弱いくせに……! 」
レインちゃんも感情に囚われ、動きが単純になっていた。
油断は大敵だが、このままいけばレインちゃんを止めることができるだろう。
私は、次の攻撃に備えて炎を蓄え構えた。
だが……、
「……んんっ? この感情は不適切ですね? 戦う上で最も不必要な、愚かな感情です。いやはや、このままでは負けてしまうところでした。さあ、切り替えましょう。すべては目的のために……」
眉をひそめて、抱いたストレスを隠そうともしていなかったのに、突然機械のように、無機質な無感情の顔へと変化を遂げていく。
(ああ……、せっかく勝てそうだったのに。振り出しに戻っちゃったなー……)
どうやら、一筋縄ではいかない相手のようだ。
まあ、それもそうだろう。なぜなら、相手はレインちゃんなのだから。
レインちゃんは、全神経を集中させながら、
「もうそろそろ、終わりにしましょうか」
両手を組んで、祈るような体制で、唱えた。
「狂い世界」
「……!」
そして、レインちゃんを取り囲む闇が、広範囲に行き渡り、私を包んで異様な空間を形成する。
その瞬間、勝負は決まってしまった。
「あっ……、えっ……?」
空間に包まれた瞬間、私の体は金縛りにかかったかのように動かなくなり、心がレインちゃんに干渉されて、蝕まれていった。
突然、自分の中に負の感情が湧いて出てきた。
怖気、悲愴、罪悪感、劣等感、絶望といった怒りや悲しみを表す感情が、一斉に私の心を蝕んでくる。
「あっ……、ああああっ……!」
これまで考えないようにしていたトラウマの記憶が蘇り、根拠も無い未来への不安を抱いてしまう。
誰かにすべてを話して楽になってしまいたい衝動に駆られ、だけど自分は絶対に許されてはいけないのだという矛盾した考えを抱いてしまう。
そんな、混沌とも言える負の数々が私を襲い、涙を流してその場で頭を抱えて震えてしまうようになった。
レインちゃんが、目の前で女の子座りをしながら喋り始める。
「狂い世界。その言葉の通り、他者の精神を蝕んで狂わせる世界を形成する私の必殺技です。弱点は、この技を発動させたら、しばらく反動でまともに動けなくなり、魔法も使えなくなってしまうことでしょうか。ですが、とくに気にすることはありません。種族に限らず生物の心は脆い。一度壊してしまえば、赤子でも倒せるほどの弱者に成り下がるのですから。……さあ、どうです? 苦しいでしょう? 絶望の花が、心に根を張っているかのようでしょう?」
情緒不安定という言葉では言い表せないほどに歪んでしまった心を持つ私に、そう問いかけてくる。
(…………)
実際、とても苦しかった。絶望色に染め上げられるとは、こういうことを言うのだろうと、身をもって知った。
目の前にいるのは敵だというのに、その敵に縋りついて優しく包まれたくなってしまうほど、私の心は蝕まれてしまっていた。
「ニオさん。こっちに来ていただけませんか?」
答えも返せないまま苦しむ私に、再び話しかけてくる。
だが、意図が分からない。動けないから来てほしいのだろうが、なぜ来てほしいのか。私には何も分からない。
本来であれば行くべきでは無いのだろう。しかし、私はそこへ行きたかった。
なぜなら、私はある一人の人間を求めていたからだ。
そして、その人にある言葉を注がれたかった。それを言われれば、すべてを相手に委ねてしまいたくなくなってしまうほど、私は弱っているからだ。
レインちゃんは、そんな私に言った。その言葉を。
「……ニオさん。今までよく頑張りましたね。年齢を積み重ねていく度に、責任が増えて、弱さを見せられなくなるのに、それでも耐えて耐えて、耐え続けて……。これからは、苦しいことから逃げちゃいましょう。誰も、咎めはしません」
「あああああああっ…………!!!!!!!」
私は、濁った目で涙を流しながら、必死になってレインちゃんの下へと走った。
そう、私が求めていたのは、私を包み込んでくれる、私のすべてを受け入れてくれる、母性を持つ優しい人間だった。
そしてその人に言われたかった。もう頑張らなくていいって。
恥ずかしくてもいい。偽りでもいい。それでもいいから、童心に返って、今一度愛されたかった。
だから、それを言われて、私はレインちゃんの下へと駆けつけて、
「そうです。よく頑張りましたね……」
レインちゃんの胸に飛び込んで、背中に手を回した。
ああ、もうこれでいい。使命なんてどうでもいいんだ……。
頑張り続けて壊れるくらいなら、諦めて楽になってしまったほうが自分のためなのだ。
この考えは間違ってない。正しい。誰にも否定なんてさせない……。
レインちゃんは、私の頭を撫でながら言葉をかける。
「これからは私が守ってあげます。ニオさんは、このまま闇に包まれてください。私達生物の心を救うのは、いつだって闇なのですから……」
……闇?
(……闇。ああ、そうだ。私はレインちゃんの闇に包まれて…………。いや、違う……!)
この闇は、レインちゃんのものじゃない……!
イルナ様の遺体に触れてから、レインちゃんはおかしくなったんだ……! 元のレインちゃんは、絶対にこんなこと言わない!
私は、はっと我に帰った。
「……ニオさん? どうされましたか?」
レインちゃんが、私の微細な様子の変化に気が付いて、声をかけてくる。
私は、レインちゃんにハグをする腕の力を強めながら言った。
「レインちゃん……。私のすべてを受け入れてくれる……?」
「ええ……心ゆくまで付き合いましょう。そして、幸せに暮らしましょう」
私は、極限まで弱まった炎を、闘志を燃やしながら、
「なら喰らってね。この一撃を!」
紅く目を発光させながら、聖なる炎を纏って周囲にプラズマを発生させながら、顔を上げる。
それから叫んだ。
「旋風爆発・紅蓮!」
「なっ……なぜ……!」
驚いて冷や汗を流すレインちゃんに、技で答えを返した。
バーン!
旋風が巻き起こり、大爆発が起き、紅蓮の炎がレインちゃんを包み込んだ。
至近距離からの必殺技。覚悟が決まった私の心の限界を超えた過去最高の三撃。
あまりの威力で土埃が上がり、周囲が見えなくなっていた。
(……)
しばらくすると土埃が晴れていき、ある者の姿が目に映った。
そこにいたのは、すっかりボロボロになって、目がぐるぐる巻きになって倒れている、レインちゃんだった。
さすがにレインちゃんも耐え切ることはできなかったみたいで、気絶していた。
「あー……。やっと終わった……」
私も、疲れて地面に背中をつけて、夜空を眺めた。
星々が輝いていて、とても綺麗だった。
(まさか、倒せるなんて思ってなかった……)
レインちゃんはとても強かった。
イルナ様の力や本人の技量も相まって、まるで歯が立たなかった。
私が対抗できたのは、おそらく相性の問題だろう。
火は、本来であれば水をかければ消化ができる。だが、実際は逆効果で、むしろ炎が強まってしまう事例のほうが多いのだ。
今回は、その後者のことが起きることで、私の炎がさらに強まり、威力が増してレインちゃんへ対抗できるようになったというわけだ。本当に偶然だった。
それに、もしレインちゃんが必殺技をあの段階で使ってこないで、ジリジリと長期戦に持ち込まれていたら、私は確実に負けていた。
まあ、でなくてもほぼ負けかけてたんだけど……。
何にせよ、無事に終わって良かった。
レインちゃんが目を覚ましたとき、どうなるのか分からない以上まだ不安は残るが、今は暴走を止められたことを誇りに思おう。
「はあ……」
私が、やることをやり切って大きなため息をついたとき、
「終わったか……。さすがだな、ニオ!」
ギル様が私の顔を覗き込むように話しかけてきた。
「ギル様……。他の方々は……」
「ああ、全員無事だ。今は馬車に乗って、離れた所まで待機させてる」
「良かった……」
目的は果たせた。もう誰も死なせないって。
私は素直に喜んだ。
「それで、申し訳ないんだが、もし体が動くんだったら、一時間後には調査を再開したい。イルナ様のこともあるし、レインが今後どうなるかも分からないしな」
「分かりました。解き明かしましょう。謎を」
* * *
一時間後のことだった。
私とギル様、残った部下の二人は、辺りが真っ暗なので、火を灯しながら調査を始めていた。
ちなみにレインちゃんは私がおんぶしていて、未だに気絶したままだ。
イルナ様の遺体の前へと向かっていて、そろそろその場所が見えてくるのだが……、
「……そうなっちゃったか」
それはそれはひどい光景だった。
イルナ様の遺体は、先ほどの美しく綺麗な姿とは打って変わって、今は醜く腐っていた。
翡翠の装飾物やパープルドレスは、色が抜け落ちて灰色になっている。
「どういうことだ……? レインが倒されたからか?」
「……色落ち。変貌。遺体。……まさか、レインちゃんに力を与え尽くして、その役目を終えてしまったからでしょうか?」
「ほう……。それなら、レインの圧倒的な力、その暴走にも納得がいくな」
ギル様は、遺体を見て部下の人へと指示を出す。
「これ以上、イルナ様をこの地に残すな。持ち帰るわけにもいかないし、ここに埋葬しろ」
「了解」「了解」
部下の人が、地面を掘り始めた。
その傍らで
「あともう一つ。ニオ、レインが起きたとき、あいつはどうなると思う?」
一番重要なことを聞いてくる。
「……」
確証は無い。××だと思うではいけないことはよく分かっている。だが、それでも私にはある確信があった。
私は、自信を持って答えた。
「元に戻ると思います。あのレインちゃんは、私が聖なる炎で燃やし尽くしましたから」
「……そうか。分かった」
これにて、私達の調査は、作戦は終了した。
全部が全部うまくいったとは限らないが、無事に終わらせることができた。
私達は、月の下で、埋葬が終わるのを待ち続けた。




