33話「絶望紅蓮 2ー5」
太陽が完全に沈み、月明かりが夜闇を照らすなか、
「紅蓮砲!」「連射光球!」
私とギル様対レインちゃんの戦いが起こっていた。
音速を超える私の放った紅蓮の球が、一直線にレインちゃんの下へと飛んでいき、ギル様の放った数十発もの光の小さな球が、広範囲にばら撒かれる。
それをレインちゃんは、
「斬」
私の渾身の一撃をも真っ二つに斬り、ギル様の攻撃は斬るまでもなく体を捻って避けていく。
「まじかよ……!」
数瞬のうちに私達の下まで近付いて来て、
「稲妻雨・黒」
そう言って、レインちゃんは剣をその場に突き刺した。
すると、広範囲に渡る大きな魔法陣が空に現れて、そこから黒い邪気を帯びた闇が、雨のように小さな光線となって、無数に降り注いでくる。
「……っ!」
私はそれを避けて、避けて、避け続ける。
しかし、避けた先にもう一つの光線がやって来て、
(まずい……!)
私は、腕で顔を覆い被さった。
だが、
「多重結界!」
間一髪で、ギル様による防御結界が発動して、結界が割れる代わりに、攻撃は防がれた。
雨は、まだまだ降り注ぐ。
「なあ、何で急にレインって子はあんなんになったんだ? 何の素振りも無く、急に変貌を遂げたわけだが……」
攻撃を避けたり、時に多重結界を展開したりして、攻撃を防ぎながら、ギル様が話しかけてくる。
「そうですね……。あるとすれば、イルナ様の影響だと思います。たとえば、イルナ様の意志が力を与えた器であるレインちゃんに乗り移ったとか……」
「……それだと、俺達を襲う理由が無いと思う。だが、イルナ様の影響というのは大いにありそうだ。まずはそこを探っていこうか!」
「はい! でも、攻撃する余裕あります?」
「無いなー……」
レインちゃんは、イルナ様の力を受け継いだ子だ。
つまり、私達は第六代目魔王をそのまま相手にしているということ。
しかも、それに加えて、今のレインちゃんは抑制で力を抑えられないほどの膨大な力が宿っている。
ただ暴走を起こしているだけかもしれないが、事実として、今のレインちゃんは手に負えないほど強い。
正直に言うと、戦うより逃げることを考えるのがより最善の選択だと言えると思う。
私達が攻めあぐねていると、やけに殺傷性の高い雨が止んだ。
そこから、さらに間髪入れずに、
「剣銃・百三十四」
レインちゃんは再び技を使ってくる。
レインちゃんを纏う巨大なオーラから、数百から数千の闇の玉が分裂して出てくる。
「何っ……、これ……!」「嘘だろ……」
その闇の玉が、徐々に形を変えて、やがてすべてが剣の形になった。
明らかに殺意に満ちた攻撃で、あまりの光景に腰が抜けそうになってしまった。
レインちゃんは、片手を差し出して、そのまま握り拳を作り、剣を発射した。
ウェーブを描くように、片側から順に発射されていき、気付いた頃には剣が目の前まで来ていた。
「紅蓮の羽衣!」
私は、咄嗟に攻撃を防いだ。
体を捻りながら炎を出すことで、薄い灼熱の炎を幾重にも重ねて、剣を受け止める即興の技。
(くっ……!)
しかし、剣はどんどんと羽衣へと押し寄せてくるので、このままでは防御を突破されてしまう。
なので、さらに技を重ねる。
「旋風爆発・紅蓮!」
旋風と爆発を同時に起こし、それを紅蓮の炎で包み込むことで、三種の強力な一撃を生み出す私の必殺技だ。
ここまでしないとあの技を防げないのも困ったものだが、今はそれを気にしている場合ではない。
「多重結界! 多重結界! 多重結界!」
ギル様に至っては、多重の結界を二回、三回と何度も発動させるくらいだ。
(ここからどうやって攻撃に発展させようか……)
今のままでは、相手に攻撃をすることなく、こちら側の魔力が尽きるか深傷を負うかで終わってしまうだろう。
どうしよう……。私が悩み続けていると、
「水球!」
(……?)
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
それは、レインちゃんの背後からで、技を放ったのは、ギル様の部下の一人だった。
(まずい……)
私たちのピンチを察して、気を逸らそうとしてくれたのだろう。
だが、私やギル様ならともかく、ただの一般人が戦えば、まず確実に死んでしまう。
私は、声を荒げて必死に叫んだ。
「危ない! 逃げてください!」
しかし……、
「情けで無視していれば、愚かなことを……」
レインちゃんは、剣を発射し尽くすと、目にも止まらぬ速さで、その部下の人の下まで駆けつける。
そして、
「がっ……!」
その部下の人の首根っこを力強く掴んだ。
苦しいのか、手足をばたばたと、必死に動かす。
「苦しいですよね。今楽にしてあげますからね『生者必滅の棘』」
その言葉の後、部下の人は月の光を背に、棘に心臓を貫かれて、その命を終えた。
「あっ……! ああっ……」
私は、顔を歪ませて絶句した。
死体を見るのも、ましてや人が殺される瞬間なんてこれまで見たことが無かったからだ。
いくら、月の光による逆光で彼等のシルエットしか見えなかったとはいえ、私にはあまりに衝撃的で……、
バタッ……。
その場で膝をついて、絶望した。
(私では、誰も救えないの……? 本当に勝てるの……?)
怖い……!
脳が恐怖に支配されて、私は諦める寸前まで陥ってしまった。
「おや、もう終わりですか。少しは期待していたのですけれど……。『生者必滅の棘』」
私の下へ攻撃がやってくる。
地面から棘が生えてきて、私の体を……。
そのときだった。
ズバッ……!
「ギルスラッシュ!」
私の体が貫かれる前に、棘が真っ二つに斬られた。
「……!」
「立ちな! 今ニオに倒れられると、俺はかなり困るんだ」
棘を斬ったのは、そしてそう言ったのは、ギル様だった。
戦闘中なので手を差し伸べたりはしないが、代わりに瞳で強く訴えかけてくる。
「でも、私に誰かを救う力なんて……」
部下の一人の殺害によって、すっかり自信を失ってしまった私は、そう返した。
それに対してギル様は、
「何言ってる。たしかにあいつは死んだ。でもな、今からだって救える命はあるはずだ。他の部下に御者、それにレイン……。お前ならまだやれる。だから立て! でないと、俺達のために命を張ったあいつの死が、無駄になっちまうだろ!」
力強くそう言った。
その言葉に、私は射抜かれた。
(たしかにそうだ……。諦めるにはまだ早い……)
まだ選択の余地は残されている。それを放棄するなんて鬼失格だ……!
彼の命を無駄にしないために、まだ助かる命を救うために……、
「私は、レインちゃんを倒す!」
私は、再びその紅蓮の炎を輝かせて、宣言した。
「そうだ、よく言った。全力で抗うぞ!」
私達は構えて、視界の先にいるレインちゃんを、鋭く睨みつけた。




