32話「異常発生 2ー4」
村は、それはもうひどい有様だった。
人の手が行き渡らなくなったせいで、雑草が一面に深々と生い茂っている。
至る所に瓦礫が山のように積もっていて、歩くのもままならない。
瓦礫の隙間からツルが伸びていたり、コケが生えていることから、この数年で、自然が村をかなり侵食していることが分かった。
「理由は何であれ、あれから人の手は加わっていないみたいだ。すぐに調査を始めよう。レイン、君の家があった場所と、君がドラゴンにころされたばしょを、大体でいいから教えてくれ」
ギル様が、早速レインちゃんへと指示を出す。
「案内します……。説明しようにも、原型を留めておりませんので」
レインちゃんは、少し足を引きずりながら、その場所へと歩き始めた。
「ここが私の家があった場所です」
それを聞いて、部下の一人がその周辺を調査し始めた。
「ここが私が殺された場所です。恩人の死体が残っているから分かりませんが」
それを聞いて、部下の一人がその周辺を調査し始めた。
そして、残った一人が適当に村を散策して、ギル様と私達はその場に居残った。
「今日一日は調査に時間を充てる。限界だと思ったら、すぐに言ってくれ」
ギル様が、心配そうに声をかけてくれた。
しかし……、
「……問題ありません。それより、これから地図を書くので、何かの参考にしてください」
問題ないの一点張りで、レインちゃんは重たそうなに体を動かしながら、木の棒で地面に村の地図を描き始めた。
(辛そうだな……)
本人が大丈夫だと言っている以上、その意思を尊重したいので強くは言いたくない。
でも、レインちゃんは側から見ても本当にしんどそうだった。
ほんの少し息が上がっていて、体も小刻みに震えている。
本格的にまずそうだと判断したら、すぐにこの村から話そうと思いながら、私は見守り続けた。
(それにしても、順調そうだな……)
しばらくした頃だった。
私達は、レインちゃんがドラゴンに殺された場所で、ずっと一人の部下の人の活動を眺めていた。
調査が順調なのか、瓦礫の中から人骨やアクセサリーなどが出てくる。
部下の人はそれを少し離れた場所に設置したブルーシートの上に並べていく。
私は、そこでふとした疑問を抱いたので、横にいたギル様に聞くことにした。
「イルナ様だと分かるような証拠物ってあるんですか?」
すると、
「んっ? ああ、あるにはあるな。翡翠色の指輪とかネックレスとか。意外と着飾る人だったし、もしイルナ様がここで死んでいるなら、見つかる可能性は十分あると思う」
そんな答えが返ってきた。
「そうですか……。ありがとうございます」
本当は、何か手伝えることがあればいいのだが、この人達にやり方がある以上は手出し無用なので、黙って見守るしかなかった。
ここまで来て何もできないのは一種のもどかしさがあるが、こればかりは仕方ない。
私達は、ただ待機する。
そうして、さらに時間がたって八時間。
日も暮れてきた頃に、部下の人が何かを見つけたらしく、突然「あっ……!」と大きな声をあげた。
「あっ……! ああ、これは……」
「どうした! 何を見つけた!」
ギル様がその部下の人の下へと駆け出したので、私は苦しそうなレインちゃんに肩を貸しながら、ゆっくりとあとを追いかけた。
「……!」
背中で何も見えないが、ギル様もその何かを見て、唖然としていた。
(何があったんだろう……)
少しずつ近付いていき、ギル様の背中から覗き込むようにそれを見た。
「これは……」
そこには、一つの死体があった。
翡翠色のミディアムロングで、パープルドレスの上に、ローブを纏ったある(強調)女の人だった。
翡翠色の指輪を右手の中指にはめていて、翡翠色の宝石のついたネックレスを身に付けていた。
まるで、眠っているかのように死んでいる。
数年も経っているとは思えないほどに……。
「イルナ様……。まさか、ご逝去なされていたとは……」
その女の人は、第六代目魔王であり、人魔最重要指名手配犯でもある、イルナ様だった。
「この方が……私の英雄なのですね……」
私の肩から腕を剥がして、その場で四つん這いになりながら、苦しそうにイルナ様の姿を眺める。
感謝や尊敬を込めているであろう真っ黒な瞳で、その人を見つめ続ける。
「レインちゃん……」
朝よりも息が上がっていて辛いだろうに、震えた手で、イルナ様のその頬を撫でた。
今、レインちゃんは何を考えているのだろう。
そんなことを考えていたときだった。
スィン……。
斬撃のような、もしくは得体の知れない物体が光り出したかのような、これまで聞いたことのない音が聞こえてきた。
「……?」
呑気にも音の正体を探るために周りを見渡していると、
バタッ……。
「レインちゃん!」
レインちゃんが、その場で突然倒れ始めた。
息苦しさが頂点まで達していて、イルナ様を見ることで糸が切れてしまったのかも。
まず第一にそう考えて、レインちゃんを運び出そうとした。
レインちゃんの体を起こして、持とうとする。
その瞬間、
「……っ! レインから離れろ!」
ギル様が、そう叫び出す。
「……えっ?」
レインちゃんのほうを見ると、禍々しい漆黒の稲妻がバチバチと鳴っていて、私がそれを認識した瞬間に、
「うわっ……!」
何かの衝撃で吹っ飛ばされてしまった。
ドゴォォォォン……!
数秒遅れて音が聞こえてくる。
この感じは、おそらく雷でも降ってくるのだろう。
急いでレインちゃんを見ると、雷を浴びたレインちゃんが帯電していて、恐ろしいくらいに邪気を帯びていた。
(何が起こっているのか分からないけど……)
訳も分からないまま、私やギル様はとりあえず身構えた。
しばらくレインちゃんを睨んでいると、
「……っ」
レインちゃんが、邪気を帯びたまま体を軽々と起こしていく。
その姿は、抑制前の人情のカケラもない状態よりさらにひどい、この世のものとは思えない邪悪な魔物のようだった。
見ているだけで畏怖してしまう黒いオーラが全身を纏わりついていて、真っ黒な目からは炎みたいに瘴気が揺らめいている。
腰には真剣を携えていて、鞘から剣を引き抜いた。
剣にも己の瘴気が宿り、その刀身を黒く染め上げていく。
(何が起こっているの……?)
不気味な姿で、レインちゃんは呟いた。
「いつも私を優しく照らすのは、救いようのない絶望の闇でした。私が光に照らされる頃には私の命は尽きているのでしょう。……あなたは私の闇ですか? それとも光ですか?」
もはや無機質を通り越して、甚大なる怒りや悲しみが込められた悲愴の言葉。
それを突然私達に、答えを求めて問いかける。
だが、場は静かになり、みんな黙ってしまう。
その様子を見て、
「……闇にも光にも満たない矮小な存在のようです。ならば、用はありません。すぐに終わりにしましょう」
レインちゃんはそう言って剣を構えた。
私は、そんなレインちゃんに答えを返す。
「たしかに、私はちっぽけな存在かもしれないけど、あなたを正すことくらいはできる」
私も構えた。そして言う。
「私があなたの闇色の光になってあげる。大人しく私に救われなさい! 固有能力発動、『紅蓮』!」
灼熱の炎が全身を纏って、辺りを炎で照らした。
触れるだけでジリジリと焼いてしまう紅蓮の炎と、熱く滾る想いがリンクして、より熱く強い聖なる炎へと、姿を変えていく。
それを見て、レインちゃんは、
「ほう……。それは楽しみです。固有能力『抑制』解除」
無機質な目で、口にだけ笑みを浮かべながら、ただでさえ莫大なオーラを、山火事のようにさらに大きく広げる。
(さて、今できる最大限の力。これがどこまで通用するのか……)
原因不明の戦いが、今火蓋を切った。




