31話「調査開始 2ー3」
「それでは、お気を付けて」
門番兵にそう言われながら、四人の男性の後をついて私とレインちゃんは門をくぐった。
鬱蒼とした森の中には、二台の馬車があり、そのうち片方に三人の男性が乗り込む。
残った一人が、私達に向かって話しかけてきた。
「俺達はこっちの馬車だ。これからしばらくよろしくな!」
「よろしくお願いします。ギル様!」
「よ、よろしくお願いします……」
そう言って、私がギル様と呼んだ魔王軍幹部の男性と、私とレインちゃんでもう一台の馬車へと乗り込んだ。
椅子に座ると、御者席(注・運転席のことです。御者はこの場合、馬車を運転する人のことを指します)に座っている御者が、お互いに確認をして、やがて出発した。
国外遠征の始まりである。
(さあ、どうなることやら……)
整備された道の上を、馬が私達の乗る荷台を引いて、ゆっくりと進んでいる。
馬車は一列に並んでいて、前にはギル様の部下である三人の男性を、その後ろにはギル様と私とレインちゃんを乗せて走らせている。
とくに会話が無いので、この間に今回の国外遠征、及び調査の内容を詳しくおさらいすることにしよう。
今回の国外遠征の目的は、レインちゃんの滅ぼされた故郷の調査だ。
調査のために厳選された部下の方々が、村の跡地の精査をして、過去に発見された理不尽の竜の証拠と一致するかどうか。
また、六代目魔王であるイルナ様の死体が残っているかどうかなどを探す。
幹部のギル様は、そんな部下の方々への指令を行い、レインちゃんは当時の状況などをその都度説明する。
私は、とくに手伝えることは無さそうなのだが、お父さんの申し出によって半ばむりやり調査班に加えられた。
説明はされなかったが、おそらく私が提案をしたことが評価されて、その思考力を今回の調査に活かせるとでも判断されたのだろう。
実際のところは分からないが、とりあえず提案者としての責務は果たそうと思う。
次に行き先だ。
場所は、フタオモテ村という所で、魔界から約300キロメートルほど先にある。
馬車は、休憩を挟みつつ一日で50キロメートルを移動することができるので、同じペースを維持したとすると、片道六日ほどで村に到着する計算になる。
大変な道のりではあるが、そこは我慢するしかない。
ちなみに、フタオモテ村は一応人間界の領域に含まれるのだが、辺境ということもあって、あまり管理は行き届いていなかったらしい。
だから、これから跡地に侵入するにしても目を付けられる心配は無いし、何なら、そもそも滅ぼされたことを向こう側が把握していない可能性すらある。
まあ、それは流石にないかもしれないと思うけど……。
それと余談だが、世界では技術が発展しているのに、こうしてわざわざ馬車で移動しているのには訳がある。
それは単純に、この世界の地理的条件が悪いからだ。
話に聞くと、地球という異世界では魔物が存在していないらしい。
この世界には当然魔物が存在するので、一つの国を設立するにしても、国の周りに大きな壁を建てる必要がある。
だから、その分面積も限られてくるので、乗り物を作って動かすには不十分なのだ。
強いて言えば、ニホドリムという国や、ユナイトという一部の先進国で、鉄道が動いているくらいだろう。
そんな国々でも、国外に鉄道線を引いたりはしない。
今言った通り、魔物が存在しているからだ。
さすがに地球の大国でも、国外の管理まではできないようで、せいぜい近隣諸国までの道を整備する程度で、交通手段に関しては、未だに歩きや馬車しか使えないのだ。
車という、個人が所有して自由に移動する乗り物もあるらしいが、免許の取得がこの世界の人間にできるわけがないし、国と国の間で魔物や事故などのトラブルがあっても困るとのことで、導入はされていない。
燃料を確保するためにガソリンスタンドというものを設置する必要があるらしいし、とにかく割に合わないのだろう。
とまあ、以上がいまだに馬車などを使って移動をしている理由である。
瞬間移動でもできればいいのに……。と私は思った。
「そういえば、自己紹介をしていなかったな。つっても、名前は知ってくれているみたいだけど」
ギル様が、突然そんなことを言い始めた。
「そうですね。お互い最低限のことは知っておかないとですし、フォーマットは適当でしましょう」
「はい……」
私とレインちゃんも、ギル様の発言に乗っかった。
ギル様が、その場で自己紹介を始める。
「じゃあまずは俺から……。俺の名前はギル! 七代目魔王であるルモノ様直属の部下で、魔王軍幹部をやってる。固有能力は持っちゃいないけど、そこそこ戦えるぜ。頼りにしてくれよな」
ギル様は、笑顔を絶やさずそう言った。
頼れる者を演じているだけかもしれないが、初めて国外に出る私達……。
いや、私にとっては嬉しい気配りだった。
次は私が自己紹介を行う。
「次は私だね。私はニオです! 魔界第一高等学校の一年生で、横にいる学校内ナンバーワンの戦力数値を誇るレインちゃんのただの友達です。よろしくお願……」
「ちょっ……! 違います!」
私が嘘をつかずにレインちゃんを立てると、間髪入れずに、というより私の発言を遮ってまで、レインちゃんから焦りのツッコミが入る。
「ん、違うのか?」
「嘘じゃないですよ。ね? レインちゃん」
「う、嘘ではないですけど……! 何だか卑怯です……」
もどかしそうに、不満そうにレインちゃんは受け入れた。
「それじゃあ、最後はレインちゃんだね。頑張って!」
「ナンバーワンの自己紹介……。楽しみだな……」
「は、ハードルがあ……」
私がハードルを上げたせいで、レインちゃんは困っていた。
ギル様もギル様で、意図的に私に乗っかってきているし、とても面白い光景になっている。
レインちゃんは、そんな楽しむ私達を恥じらいを混ぜて睨みながら、深呼吸を始める。
そして……、
「固有能力、『抑制』解除」
(あ、ずる……)
レインちゃんは、わざわざ能力を解除した。
煽ったのは私達とはいえ、まさかそこまでするとは……。
能力を解除したレインちゃんは、それはもう別人になっていた。
喜びも悲しみも感じられない無機質な冷たいハイライトの無い瞳に、どこか不安になる邪気のようなものが、その体に宿っていく。
「うお……! 何だこれ?」
あまりの変化に、ギル様も驚いているので、私が代わりに説明する。
「これが、能力を解除したレインちゃんの本来の姿です。普段は能力を発動することでこれを抑えていたのですが、恥ずかしさのあまり戻してしまったみたいです……」
「お、おう……。まさかそこまでするとは……」
私と同じような感想を呟いた。
「それでニオさん。私の番ですよね?」
レインちゃんが、機械的な感情の伴わない声で、聞いてくる。
久しぶりだったので、私は思わず、
「えっ。あ、うん……!」
怯えながら答えてしまった。
レインちゃんは、そんな私の反応を気にも止めず自己紹介を始める。
「……レインです。ニオさんと同じく魔界第一高等学校の一年生です。ニオさんには『紅蓮』という、強力な炎を操る能力がありますが、それとは違って、私には『抑制』という、力や感情を制御する程度の能力しかありません。ですが、お荷物になるほど弱くはありませんので、よろしくお願いします」
レインちゃんは、淡々と述べた。
私がいたずらに集中するあまり、述べ忘れていた固有能力について代わりに説明を入れたりと、必要事項だけを述べ続けていた。
まあ、固有能力は私より劣るだとか、一部いらない情報が混じってはいるが。
感情が無くなっているはずなのに、抑制発動前に抱いた不満についても触れる辺り、意外とこの状態でも、しっかり感情があるのだろうか。
ここでそれをつっついても、何も反応が無いのは分かりきっているので、試しはしないが。
それから、馬車に揺られながら、二時間程度雑談をした。
いくら初対面だからと言って、話をしているといつかは話題が尽きるので、一度話し疲れてからは、それっきり話さなくなった。
景色も野原が続くばかりで変わり映えがないので、新しい話題が生まれることはない。
昼寝を挟んだりと、のんびり過ごすうちに、気が付けば夜も近くなっていた。
「そろそろ野営地を決めないとな。……前方に少し盛り上がった大きな丘が見える! そこにしよう!」
「……分かりましたー!」
ギル様の指示で野営地が決まり、先頭の馬車からそこへと馬車を進ませていく。
丘の上にしたのは、見晴らしが良く、就寝の際の際に見張りやすくするためだろう。
やがて、野営地にたどり着いた。
朝早くに出発したので、実に十数時間ぶりの地上だった。
伸びをして体をほぐして、ラギル様を先頭に馬車から降りた。
「早速飯にしようか。あれを持ってきてくれ」
「もうここにあります」
「早いな。じゃあ食べるとするか」
部下の人が出したのは、携帯口糧と缶詰とカンパンだった。
携帯口糧は、軍隊の兵士に配られる保存性と最低限の栄養に優れた食料で、美味しくないらしい。
缶詰の中には、コンビーフが入っていたり、鶏肉が入っていたり。
カンパンは、携帯口糧と同じく軍隊に配られる非常用の食料らしいが、一つ違うのは開発した国がそれぞれ違うことだ。
携帯口糧はあるフランス人の提案から、カンパンはあるニホン人の手によって作られた。
ただ、携帯口糧が意図的に美味しくないように作られているのに対し、カンパンはニホン人の口に合うように作られているので、多くの人は食べるときカンパンを選択するだろう。
部下の人は、そのうち缶詰とカンパンを私とレインちゃんに配って、携帯口糧を中心に缶詰などを自分達やラギル様に配り始めた。
おそらく、普段携帯口糧を食べない私達に配慮をしてくれたのだろう。
私達は、食事を始めた。
「動物がいたら狩って食べるけど、見つからない場合はこの非常食を食べ続けることになるなら、悪いけど我慢してくれ」
「はい」「はい……」
いつも食堂で食べる料理に比べると味は劣るが、国外でそんな美味しいものが食べられるはずもないので、我慢した。
食事が終わると、作戦や移動のペースなどを確認した後に、すぐに寝ることになった。
見張りは、部下の方々やギル様が行うので、私達は寝るだけでいいそうだ。
私達は、一日中退屈だったのもあり、馬車の中で、すぐに眠りについた。
* * *
「ニオ……。起きてください」
「んっ……?」
起こされて目を覚ますと、目の前には私の体をゆするレインちゃんの姿があった。
辺りは真っ暗で、太陽が昇りかけなのか、地平線が真っ白に輝いている。
ギル様達はとっくに起きていて、
「お、起きたな」
そう呟いていた。
どうやら、調査班の朝はかなり早いらしい。
私は、あくびをしながら体を起こす。
それから、体操などの準備運動をして体を動かし、食料を食べて出発した。
あとは、これを数日繰り返した。
三日目、四日目。
時に、動物の肉を焼いて食べたりして、寝ては起きて、移動して。
五日目、六日目。
そして、七日目の朝……。
「はあ……。体がだるいなあ……」
やることが無さすぎた私は、変わり映えのない景色を眺め続けていた。
馬の足を休めているときに、準備運動をして体を動かしていたとはいえ、すっかり体が凝り固まっている。すっごくだるい。
体を動かし続けても辛いが、動かさなすぎても辛いのである。
(もう予定では着く頃だし、見えてきてもおかしくはないんだけど……。長いなあ……)
「はあ……」
再びため息をつく。
仮にも魔王軍幹部様の前なので、失礼なことだとは弁えているのだが、すっかり癖になってしまったのか、やめることができない。
ギル様も、突然の環境変化に心が荒む私の気持ちを理解してくださっているので、とくに咎めてきたりはしない。
暇すぎて、レインちゃんの太ももをまくらにして、寝て困らせる遊びでもしようかな。
なんてことを、本気で考えていたときだった。
「フタオモテ村、見えてきましたー!」
そんな報告が、先頭の馬車から聞こえてきた。
「つ、ついに……! この長い旅も終わり……!」
「いや、ここからが始まりだし、帰るときに往復するぞこれ」
目的地にたどり着いたことに喜びすぎて、ギル様に突っ込まれてしまった。
それでもいい。とにかく、変化が訪れることが嬉しくてたまらなかった。
この気持ちを誰かと分かち合いたい……!
そう思って、レインちゃんへ声をかけた。
「レインちゃん! やっと着いたよ……。ってあれ? どうしたの……?」
すると、レインちゃんに、何やら悪い変化が訪れていた。
抑制を解除していないにも関わらず、目が黒く濁っていて、今までは無かった邪気が、レインちゃんの体からあふれ続けている。
「…………っ」
「何があったの?」
「分かりません……。精神が乱れて抑制の精度が落ちたのか。はたまた、村に私の精神を蝕む何かがあるのか……。何にせよ、私の意思とは裏腹に、無機質な人格が入り込んでいるみたいです……」
冷静に分析しながら、レインちゃんそう言った。
「大丈夫か? 体調が悪いなら、ここで待機させるが……」
「いえ……、ここまで来たのですから、引き下がるわけにはいきません。行かせてください」
「……分かった。無理はするなよ」
そんなやりとりが続くうちに、村の入り口へとたどり着いた。
「それじゃあ、行こう」
私達は、御者と馬車を置いて、村へと足を踏み入れた。




