30話「理不尽の五つ星 2ー2」
「それじゃあ話を始めようか。消えた六代目魔王の行方と、レインちゃんの関係性について」
「……!」
「ど、どういうことですか……?」
お父さんは眉を上げて驚き、レインちゃんは、何が何だか分からなくて、首を傾げていた。
私は、レインちゃんへの説明も兼ねながら、話を詳しく始める。
「お父さんの前代に当たる六代目魔王のイルナ様はね、数年前のある時を境に、姿を消して行方知らずになってるんだ。原因は国外の遠征で、今までは魔王としての責務を放棄して逃げたと考えられていた。……でも、あくまで憶測に過ぎないけど、イルナ様は逃げたのではなく、殺害された可能性が出てきたんだ」
「ほう……。なぜ、その判断に至ったんだ?」
「根拠はレインちゃんにある。レインちゃんは、過去に村がドラゴンの襲撃に遭って、命を落とした挙句、村を滅ぼされた。そこに、偶然通りすがりの人が駆けつけて来て、ドラゴンと応戦。その後、結果的にドラゴンは追い返せたみたいなんだけど……。これって、おかしいよね? 普通は、ドラゴンをただの人間が一人で対処できるわけがない。ましてや、ドラゴンは基本的にその性質上、何も無い地上に降りて来ることはない。だからそのドラゴンは、理不尽の竜の可能性が高い。これが判断に至った理由だよ」
「ふむ。不確定要素はまだあるが……。それで、レインくんはなぜこうして生きている? その通りすがりの人がイルナ様だったとしても、生き返らせることなんて不可能なはずだ」
たしかにその通りだ。
普通に考えて、イルナ様を通りすがりの人と決めつけたいのであれば、その点をどうにかしないといけない。
何せ、イルナ様は他人を生き返らせる能力など持っていないのだから。
だが、それは彼女の存在が証明してくれている。
「レインちゃんの中だよ。その通りすがりの人は、ドラゴンを追い返したときに、深傷を負って死んだ。でもって、その魂が偶然にもレインちゃんの魂と結び付いたんだって。レインちゃんは元人間で、抑制という固有能力を持つこと以外は何の力も無かった。そんなただの人間が、力をもらった程度でここまで強くなれると思う?」
「……」
お父さんは、推測の一連の流れを聞いて、少し黙って考え事を始めた。
(身内相手とは言え、この瞬間はやっぱり緊張するな……)
お父さんは、普段は気さくな人だが、仕事になると誰よりも真面目に事に励む。
なので、仕事モードに入ると、一切の冗談も手心も無くなるのだ。
トップとしての重責もあるのだろうし、実際その性格が、お父さんを魔王という地位にまで導いたのだろうし……。
でも、それはそれとして、やっぱり怖い。
普段との落差や、若者特有の厳かな雰囲気への耐性の無さ。
そういった原因の数々もあって、こういった場面に慣れていないのだ。
結果がどう転んでもいいから、早くこの時間から解放されたい……。
そんなことを考えていると、やがて結論が出たらしく、真面目な顔のまま、お父さんは口を開いた。
「断定とまではいかないが、ニオの推測は可能性として挙げるには十分だな。矛盾は見られないし、検討する価値はあるだろう。……よし、幹部達と話をつけるとしよう」
「えっ……! 本当に?」
実は内心、あまりうまくはいかないと思っていた。
お父さんは、子供だからと特別に対応を変えることはしない。
だからこそ、知識も経験も浅い私には、魔王としてのお父さんの背中が、あまりにも大きすぎて、本気で振り向かせられるとは、到底思っていなかったのだ。
別のものにたとえると、素人の自分の意見がプロに認めてもらえるはずがない的なアレだ。
「だが、調査が決まるかどうかは分からない。提案の段階だからな」
「うん、それでいい。ありがとう」
話は、私の熱弁によってトントン拍子に進んだ。
あくまで可能性に過ぎないが、お父さんが認めた以上は、十分な根拠になっているはずだ。
あとは、いい方向に転がることを期待しておこう。
そして、そんなやりとりを眺めていたレインちゃんが、
「あの、二つほど質問をしてもよろしいでしょうか……?」
私にそう訊ねてきた。
「ん、いいよ。どうしたの?」
「まず、一つ目なのですが、さっき仰っていたハイエスケープドラゴンというのは何ですか? 何かやばい存在なのでしょうか……」
「ああ、レインちゃんは知らないんだね。この世界には五種の会ってはいけない魔物が存在するんだ。それが理不尽の五つ星だよ。奴等は、人間界にも魔界にも属さない誰にも制御ができない凶悪な魔物達で、人魔最重要指名手配犯っていう、人間と魔族が一時的に協力を図る協定を結ぶほど、手を焼いているんだ」
「何か罪を犯したのですか?」
「うん。手配された経緯もついでに説明していこうか。まずは、理不尽の豚鬼。頭首争いの末に頂点へと昇り詰めて、メスのオークを独占するために、オスのオークを大量に殺害した罪。現在はあてもなく彷徨っていて行方知らず。メスのオーク達は、女性として魔界で引き取ることで、現在は権利の名の下に、我が国の民として生活を営んでいる」
「ほう……」
「次に、理不尽の獣。五種の中では唯一、投獄や殺害ではなく保護が目的とされている獣人で、獣人種が住む国でいじめに遭って、逃亡している。もしかしたら、どこかの国に潜んでいるかもね」
「罪は無いように思えますが、なぜ手配されたのですか?」
「元々権威のある人物だったからね。それに、いじめを受けて精神が崩壊したせいで、逃亡の際に数十の死体を積み上げたみたいだし、罪が無いわけではないかな」
「そうなんですね……」
「次に、理不尽の魔王。これは、イルナ様のことだよ。最も新しく手配された方で、仮にも魔王ということで追われ続けている。人間界側が先に見つけた場合はその場で殺害。魔界側が先に見つけた場合は投獄という見つけた者勝ちの形式になっている。……私の考えではもう死んでいることになるんだけどね」
「……」
「次に、理不尽の機械女。地球人がこの世界を実験場にして開発を進めた結果生まれてしまった、女型の学習型自立思考観測ロボットで、暴走を起こして国一つを滅ぼしてしまった。その後はどこかに走り去ってしまったんだけど、プログラムを自分自身で書き換えて制御し続けるせいで、動向がまったく読めなくて、かなり危険視されている。俗に言う負の遺産ってやつだね」
「観測が続いている以上、放っておけませんね……」
「最後が、理不尽の竜。五種の中でもトップを誇る、この世界最強だよ。村や国を文明ごと滅ぼしたり、大地に巨大なクレーターを形成したりと、生態系や環境に大きな害を及ぼす最も危険な魔物。見たら逃げろと言うのが理不尽の五つ星の名前の由来なんだけど、まあまず逃げられないね。それで、レインちゃんの見たドラゴンは、おそらくこの理不尽の竜の可能性が高いんだ。普通のドラゴンは、山に籠ったり、里を作ってそこで群れを成して暮らしているからね。だから、わざわざ地上に降りて無差別的に村を滅ぼすのはおかしい。この謎を解き明かすためにも、レインちゃんの村に調査をしに行きたいというのが、今回の私の提案なの。……とまあ、こんな感じだね。一気に話しちゃったけど、分かったかな?」
「はい、ありがとうございます……。ただ、もし本当に理不尽の竜が来たのであれば、色々複雑ですね……」
「それもそうだね……」
もし本当にそうだとしたら、レインちゃんにとって仇を取る相手は、理不尽の竜ということになってしまうのだ。
他にも、第六代目魔王であるイルナ様は、お父さんとは違って、戦闘がしっかりできる強い魔王だ。
そんなイルナ様が、理不尽の竜と戦って敗れたと言うのなら、今の魔界の戦力では十分に対応できない可能性がある。
人間界にも、私達レベルの力を持つ人はそういないだろうし……。
(まあ、いたら魔界が滅ぼされるから困るけど)
何にせよ、最善の状態で迎えられるように努力をする必要がある。覚悟しておこう。
そして、レインちゃんが再度質問を始める。
「では、二つ目の質問……。これが本題なのですが、イルナ様は指名手配を受けているんですよね? ということは、もし私がイルナ様の力を継承していたとすると、私はただでは済まされないのでは……?」
要するに、私の推測がすべて正しかった場合、レインちゃんは罪人の力を手にしているわけだから、それを手にした自分も処罰を受けるのでは? といった話だが……、
「大丈夫だよ。レインちゃんはレインちゃん。その力を悪用するわけでもないし、裁きを受けるに値しない。第一、まだ推測の内だからね。気にする必要なんてないよ」
そもそも、まだ決定した話ではないので、そこは否定して慰めておいた。
まあ、決定したとしても、魂が入り混じった程度で処罰を与えるほど、この魔界に権力を振り回す自由は無いし、わざわざそうする者が現れるほど教育水準は低くないんだけど。
レインちゃんは魔界に来て数年も経っていないと思うので、それを知らないのも無理もない。
「ありがとうございます……。安心しました」
レインちゃんはほっと胸を撫で下ろした。
「では、話もまとまったのでこれで失礼しよう。結果は後日手紙で連絡する。レインくんは、情報提供のために呼び出すかもしれないから、心の準備をしていてくれ」
「は、はい……!」
「じゃあね。お父さん」
「ああ、またな」
お父さんは、帰って行った。
残されたのは、私とメイド服姿のレインちゃん。
「まずは着替えよっか……」
「あっ……」
レインちゃんは、自分の姿を思い出して、再び赤面しだした。
(大変な子だなあ……)
それから二週間後、お父さんと魔王軍幹部による会議が行われ、そこに私の推測と提案の話も挙がった。
結果として、私の意見は取り入れられることとなり、レインちゃんの故郷の跡地に調査に行くことが決まる。
調査班は少数精鋭で、幹部の一人とその部下数名。
それと、お父さんの申し出により、私とレインちゃんも調査の班に加わることになった。
実際に調査が始まるのは、会議からさらに二週間後のことである。




