2話「任意という名の強制なのです」
オウマと名乗る魔王様に、事情聴取を受けました。
私は素直に答えます。
名前と職業、それから異世界から留学目的でやって来たことや留学先、あとは理由は不明ですが、転移先がこの魔王城だったことの説明。
恐怖に心が侵されていたので、ひどい説明だったと思います。
今にも涙を流して発狂しそうな形相で、何を言っているのか分からないような説明で……。
ですが、この魔王様はそれをしっかりと聞いてくれました。
説明が終わり、顎をつまんで何かを考えた後に、魔王様は喋り始めます。
「ふむ、事情はよく分かった。それが本当なら、この状況も納得できるし、嘘をつく理由もない」
魔王様と言えば、姫を誘拐して人質にしたり、すぐに人間を見るに堪えない姿に変えてしまうイメージですが、そんな私の偏見とは裏腹に、冷静な方のようです。
「それで、この人間をどうするんですか? 利用価値があるようには見えませんし、殺さないにしても、足がつきますよ?」
先ほど私を襲ってきた吸血鬼の女の子が、私の処遇について、判断を魔王様に委ねます。
魔王様が、
「ああ、これも運命というやつだ。だから、最大限利用したほうが都合がいい。──そうだな、思いつきではあるが、この人間にスパイをさせるとかな」
私の横を抜けて、玉座のほうへと歩きながらそう言います。
女の子はその横を歩きながら、
「それは妙案ですね。ですが、この人間に務まるのでしょうか?」
魔王様と会話を続けます。
「今のままだと厳しいだろう。スパイをさせても、ボロを出すだけだ。だから、計画だけ浮かんで没になった魔蝕計画を実行する」
「なっ……あれをですか……」
何を言っているかは分かりませんが、とにかく私を利用して何かをするそうです。
魔蝕計画と呼ぶくらいなので、私を魔で蝕むのでしょうか。
命があるだけありがたいですが、名前を聞く限りだとまともな事態になりかねないので、できれば勘弁願いたいです。
まあ、それに異を唱えると、八つ裂きにされると思いますが……。
魔王様は、玉座に座って足を組んで、肘掛けで頬杖をつきながら言います。
「人間、名をアヤミと言ったな。命が惜しかったら、俺達の道具になってくれるか?」
迫力があります。
なってくれるか? と、わざわざ二つの答えを用意してくれていますが、とても断れる雰囲気ではありません。
答えは一択です。
「は、はい……」
萎縮しながらも、私はそう答えました。
その答えを聞いて、魔王様はふっと笑って、
「よし、そうと決まれば早速実行だ。お前には、これから人間達の住む場所へスパイとして送り込む。そこで得られた情報を俺たちに流せ。それが命令だ。あとは俺や幹部、その他部下のことは様付けで呼ぶように」
改めて、私は指示を受けました。
できる気がしませんが、そもそも拒否権などないので、やるしかありません。
「……承知しました、オウマ様。……ん?」
「どうした? 何かあったのか?」
そう言えば、オウマ様の名前の由来って何なのでしょう?
関係のないことですが、無性にそれが気になってきました。
だって、今発音してみた感じだと、その……、
「オウマ様って、お馬様……、なのですか?」
「……」「!」
クールな表情を崩さないお二方が、突然物凄い形相で驚き始めます。
それから、ツキナ様が急いで私に駆け寄って来て、
「あなた、死にたいの?! 馬鹿じゃないの?」
焦りの表情を浮かべて、私の身体を揺らします。
(あっ……)
今更ですが、そこで失言してしまったことに気がつきました。
魔を統べる王、魔王様をお馬さんと同等扱いしているようなものです。
やばいです……問答無用で殺されてしまいます……。
急に震えが止まらなくなってきました。
そして、しばらく黙り込んでいたオウマ様は、
「ふっ……ふはははは!」
突然、大笑いを始めました。
「へっ……?」
今にも地面でのたうち回りそうなほど、腹を抱えて笑っていました。
ツボに入ったのか、それが止む気配がありません。
そんなオウマ様の横で、
「オウマ様は、逢魔が時って言葉から名付けられたのよ。魔物が出る時間帯のことを指していて、その逢魔からきているの。……今回は、嬉しそうだからいいけど、次こんなこと言ったら承知しないからね?」
ツキナ様が、言葉の意味を教えてくれます。
「は、はい……。ありがとうございます」
新しい言葉を覚えました。
まさか、逢魔が時なんて言葉があるとは。
ということは、逢魔をお馬に書き換えると……、
「お馬が時だと、お馬さんが出る時間帯になってしまうんですね……」
私は何も考えずに、そう呟きました。
そう、何も考えずに……。
「あっ……」
本日二度目の失言です。
「あなた、一回私の部屋に来なさい……」
オウマ様は、笑いが加速して、肘掛けを叩いながらまだ笑っていました。
一方で、ツキナ様はその幼い見た目に合ってあない鋭い声で、呆れながら私を見つめます。
思ったことを何でも口に出すのはやめたほうがいい。
私は、冷や汗をかきながらそう思いました。