26話「空気の読めない子 1ー1」
季節は春。場所は学校。
紫色の蛍光色の花びらが舞い散る地獄桜の木の下に、一人の少女がいる。それが私ことニオだ。
改めて、私の名前はニオ。新一年生の15歳だ。
赤髪のサイドテールに、鬼特有の頭に生えた一本のツノがチャームポイントなので、覚えていてくれると嬉しい。
さて、私は今日から魔界第一高等学校に入学するのだけど……。
(中学からこの学校に来るの、私しかいないんだよね〜……)
そう、私は一人ぼっちなのだ。
というのも、仲のいい友達とみんなでこの学校を受けた。しかし、合格したのは私一人だけ。
なので、誰一人として友達がいないのだ。
べつに、友達くらいいくらでも作れるんだけど、やっぱり一人もいなくて、一から始めるとなると、なかなかきつい。
(名前のわりに難関校だし……。そこは仕方ないのかな……?)
まあ、これ以上は嘆いていても意味がないか。
気持ちを切り替えて、新しい学校生活を楽しむとしよう。
私は、自分のクラスを確認して、人混みを抜けながら下駄箱へと向かった。
靴を上履きへと履き替えて、少し移動して教室の中へと入る。
教室は講義室のような形で、横長の机が階段上に四つほど置かれていた。席に指定は無く、自由に選ぶことができる。
中には、すでに複数名の生徒がいて、初日だというのにグループで話をしていた。多分だけど、一緒に受験して合格したのかな?
私は、適当に前のほうの椅子へと座り、鞄を横にかけた。
「それでさー……」
「まじで? やばくない?」
(んー……。初日は迂闊に動くべきじゃなさそうかな……)
少しの間、座りながらクラスの雰囲気を窺っていたが、どうにも隙が無い。もし、今このタイミングでグループの中に混じって話しかけたとしても、
「え、誰?」
からの
「へ、へえ。そうなんだ……」
で終わるに決まっている。
仮にそんなことになれば、しばらくは目標である順風満帆な学校生活に亀裂が入ることになるし、そのまま友情が芽生えなくなる可能性だってある。
こんなところでおじゃんになるなんてごめんだ。
(とりあえず、仲良くできそうな人には目をつけたし、授業が始まってから徐々に会話に混ざろっかな……。だから今すべきことは……)
私は、考え事を終えると、椅子から立ち上がった。周りを見渡して、ある人を探し始める。
誰を探しているのかというと、それは私と同じぼっちな人だ。
もしかしたら、性格の違いから仲良くできそうな人と仲良くなれず、結果的に友達ができない可能性も無くはない。
そこで、できるだけ控えめで大人しい性格の子を探して友達になっておけば、三年間は乗り越えられるだろうと考えたのだ。
つまり、予防線である。
そうして探していると、一人の当てはまりそうな人物を見つけた。
(おっ……。あの子は……)
それは、空色のスーパーロングで、目にハイライトが入っていない物静かな女の子だった。
体が少々薄れていて、おそらく霊の類なんだろうなということが分かる。
不自然なくらいに周りのグループから距離が離れていて、孤独であることがより一層引き立てられていた。
(何か紙に書いてるし、話しかけやすそうだな……。よし、いこう)
私はその子へと近付き、顔を覗き込むようにして声をかけた。
「ねえ、ちょっといいかな?」
「……はい?」
その少女は一度ペンを動かすのを止めて、私のほうを見た。
(わ、わお……)
そのハイライトの無い目は、失礼かもしれないが、とても恐ろしいものだった。まるで生きていないかのような暗い目。
思わず恐怖が声に出そうになったが、我慢して飲み込んで、胃の中に閉じ込めることで何とかなった。
そして言う。
「私の名前はニオ。あなたのお名前は?」
少女は、
「……レインです。何かございましたか?」
無機質な声で返してきた。
声にすら生きている感じがしなかった。とても不気味だ。
声をかけたことを後悔するレベルで怖い。しかし、もうあとには引けないので、押し切ることにした。
「これからよろしくって挨拶をしたくて。良かったらお友達にならない?」
私は、気さくに笑顔で言った。
(人は押しに弱い。だから、きっとうまくいくはず……!)
人当たり良く、親しみやすくにこにこ笑顔で話しかければ、誰だって次第に心を開くものだ。
予防線を張る目的で話しかけるのも申し訳ないけど、これなら絶対に友達になってくれるはず。
……そう思っていたのだが、
「結構です。私は友人を欲していませんので」
断られた。それも、やんわりではなくすごく直接的に。あなたに人の心はありますか?
予想外の返答に驚いた私は、
「あっ……えっ……?」
驚きのあまり、全身が固まって何も言えなくなってしまった。
頭が回らず、沈黙の時間が流れてしまう。
「……」
計画がずさんになったことよりも、絶対にできると思っていたことがうまくいかなかったことに、何より突き放すような返しをされたことに、私は困惑し、悲痛を感じた。
レインと名乗る少女が何を思っているのかは分からないが、私は気まずそうにその場から離れられなくなってしまっていた。
すると、
「何あれ……やばくない?」
「かわいそー」
気付けば教室中が呆然としていて、ひそひそと私達のことを陰で囁き始めていた。
その大抵は非難や軽蔑で、私ではなくレインと名乗る少女に焦点を当てていた。
一方の私には、可哀想といった哀れみの声が多く上がっていた。
呆然は、どんどん騒然へと変わり、険悪な雰囲気へと成り代わっていく。
(あ、これまずい……)
私は、すぐに何とかしないといけないと思った。
べつに、私が非難されているわけでもないのに。孤独を選んだのは、彼女なのに。
それでも、何とかしたい……。
(でも……どうすれば?)
一瞬のうちに考えられるだけの案を出してみたが、どれもいい考えとは言えなかった。
ただ、何もしないよりはマシだと思い、私は自棄になってその場を乗り切ろうとした。
「れ、レインちゃんは面白いねー……!」
私の言葉が教室中に響き渡り、ざわざわとしていたクラスメイトが黙る。私は今、完全に注目を浴びていた。
その中で続ける。
「ギャグが淡々としすぎて、一瞬気付かなかったよー……!」
そう、私が取ったのは失言をギャグにしてしまう策だった。
普通はギャグが失言になってしまうものだが、レインちゃんには面白いことを言おうという気概が一切無い。
だからこそ、逆にギャグということにしてしまえば、みんなは騙されて、レインちゃんもそれ乗ってくれることで、険悪な雰囲気から逃れられる と考えたのだ。
クラスメイトは、
「な、何だ……。ギャグかー」
「分かりにくっ……!」
案の定騙されてくれた。
ノリが良く、すぐに受け入れてくれたようで、雰囲気も少しずつ良くなっていく。
(よし、いい流れ……!)
あとはレインちゃんがこのノリに乗ってくれれば何とかなる……!
私がレインちゃんのほうを向くと、レインちゃんは首を傾げながら言った。
「えっ? ギャグではありませんが……」
「……」「……」
クラスがまた静かになった。
(空気、読めー……!)




