25話「罪と責任の三本柱」
次の日の朝、日曜日のことでした。
「ご主人。朝ですよー……」
ダコさんが、私の布団まで来て起こしに来てくださいました。
私の顔を覗き込むように言います。
「はい。あと五分だけ……」
私は、ダコさんに背を向けて、二度寝を始めようとします。
「……」
その様子を見て、ダコさんは私の体を布団越しに全力で揺らしました。
「うええあおうああおぉ……」
五秒ほど、体をぐわんぐわんと揺らされます。
深い眠りにつきかけていたのにも関わらず、強制的に揺らされ続けて、意識と体が起こされてしまいました。
「ううっ……」
「ほら、朝食の時間ですよー……。ニオは先に食堂に行ってます。早くしてください」
「はい……、おはようございます……」
朝に弱い私ですが、ここまでされたら、さすがに起きるしかありません。
私は、伸びをしながら大きなあくびをしました。
「それでは、行きましょう」
ベッドから降りて、食堂へと向かいます。
ニオ様の部屋からは食堂が近いので、移動がスムーズです。
ところで、ダコさんの態度が少しずつ元に戻ってきたような気がするのですが、気のせいでしょうか?
食堂へたどり着くと、皆様が何かを話し合っています。内容が内容なのか、こちらに気付く気配もありません。
私が、席の近くまで来るとようやく私に気が付いて、
「おはよう」「おはよう……」
そう口々に挨拶をします。ただし、誰も元気そうではありません。あのニオ様ですら、目を背けてぼそっと挨拶を呟く程度。
私は、その様子が気になったので、椅子に座りながら聞きました。
「何かあったんですか? あまり穏やかな雰囲気ではありませんが……」
「ああ、今朝新聞が届いてな。これを見てほしい」
オウマ様がそう言って新聞を見せてきます。
「……っ!」
新聞のトップ記事には、昨日のあの事件のことが書かれていました。
写真には、私がゴブリンの方の首を、笑みを浮かべながら絞めているモノクロ画像が写っています。
不快な気持ちを抱きつつも、読み進めていくと……、
「──揉め合いになった挙句、しまいには相手の首を絞めて殺害。その人間は、不気味なほどに笑い続けていた……ですか。間違ってはいませんが、納得のいかない文章ですね……」
大部分は合っていても、所々に偏向の混じった文章がありました。
「まあ、この国は俺の独裁国家ではないからな。多少の印象操作や主観が混じることくらいは日常茶飯事だ。仕方ない」
「仕方ないと言われましても……。大体、この画像はどこから引っ張ってきたんですか?」
「魔界は治安があまり良くないのもあって、街には至る所に防犯カメラがある。角度的に見てもそれだろう。防犯カメラを仕掛けた主と交渉でもしたんだろうな」
「防犯カメラに映っているなら、私が絡まれているところも映っているはずですのに……。印象操作が過ぎますね……」
「だが、絞殺をしたのには変わらん。我慢するしかない」
「むう……」
仕方がありません。ですが、悔しいです。
お金のために、注目を得るために意図的に都合の悪い部分を省いて書かれるのは、いい気がしません。
当事者としては、やはり詳細に書いてほしかったです。これでは、私が無差別殺人を犯したみたいですから……。
「とは言っても、勇者と幹部による共謀による暗殺の件もあって、近年人間や魔王軍には不信感が高まりつつある。それなのにこの文章だ。これでは人間差別を助長するだけだし、最悪俺が暗殺されかねない。だから、説明責任はしっかり果たしていこうと思う」
「ごめんなさい……。それと、ありがとうございます……」
それから、食事を始めました。
とりあえず、暗い話は置いておこうと言わんばかりに、ツキナ様が部屋にこっそり人形を隠している話や、レイン様が趣味で書いた小説がよく売れている話などが出てきました。
おそらく私と、何よりニオ様への配慮を考えてのことでしょう。
昨日とは違って、平和なひとときを過ごすことができました。
やがて、食事が終わり解散となります。
「これから俺とツキナは魔界へ出かける。レインとダコは代わりに仕事を頼む」
「承知しました」「りょー……」
「ニオとアヤミは、共に部屋でゆっくりしていろ。とにかく休め」
「ありがとうございます……」「はい」
「それでは、各々行動開始だ。解散!」
そう言って、オウマ様とツキナ様は外へと向かいました。
「私も仕事してくるね……」「じゃあなーご主人」
後を追うように、レイン様とダコさんも食堂から出ていきました。
残ったのは私とニオ様。
「……私達も、行こうか」
「は、はい……」
私達も、部屋へと向かうことにしました。
「……」「……」
(とても気まずいです……)
赤いカーペットの上を歩く音が聞こえるのみで、会話が一切ありませんでした。
べつに、会話が無いのは全然おかしなことではありません。
しかし、事件の話があった上に、ニオ様のお喋りな性格を踏まえると、これは異常事態です。
いくら明るい話題で誤魔化したとしても、やはり気分は晴れなかったのでしょうか。
どうにかして、いつもの雰囲気に戻したいのですが、手段が無いので諦めました。下手に手を出して、より険悪な空気にするわけにはいきませんので……。
しばらく歩いていると、ある部屋の前にたどり着きました。
ですが……。
「あれ……? ここって、訓練室では?」
ニオ様の部屋ではなく、私の部屋でもなく、そこは訓練室の部屋の前でした。
私が呟くと
「うん……。見ているだけでいいから、付き合ってほしくて。……いいかな?」
ニオ様がしおらしい顔つきでそう問いかけてきました。
「わ、分かりました。私は暇ですし、好きなだけどうぞ」
「ありがとう」
私達は訓練室の中へと入ります。
ニオ様は、部屋に入るとすぐに準備を始めました。
取り出したのは、昨晩、固有能力を披露した際に使った的の人形と、木刀でした。
ニオ様は、人形を舞台の上に置いて、木刀を構えます。それを私は横で見ていました。
ニオ様は、呼吸を整えると木刀を人形に向けて振ります。
そして、
「ほっ……! はっ……!」
剣を何度も振ります。ただし、人形には当てずに。
寸止めをしたり、当たるギリギリのところを通過させたりと、攻撃を当てないように剣を振っています。
「……なぜ、当てないのですか?」
ニオ様は、剣を振り続けながら答えてくれました。
「攻撃をぎりぎりで当てないことは、急所に当てるよりもはるかに難しいことなんだ。神経を研ぎ澄ませながら速い攻撃を叩き込む。最も手軽で最も難しい練習法だよ。こうでもしないと、私の罪は拭えないから……」
やはり気にしていたようです。背負っていたようです。罪を。
でも、昨日の自暴自棄になって自分を傷付けたあのときは違って、今の彼女には明確な意思が、信念があります。
なので、それを責める必要はありません。ただ応援することにしましょう。
「頑張ってください……!」
「ありがとう」
ニオ様は、再び寸止めに集中し始めます。
それを眺めながら、
「あ、それとつかぬことをお聞きしますが……」
「……どうしたの?」
私は、再び訊ねました。ただし、先ほどとは重みも何もかも違う話題について。
「詳しく教えていただけませんか? 七代目魔王の暗殺について」
ニオ様が、私のほうを振り返って、目を鋭く見開きました。
「ど、どういうこと? 急に何で……」
ニオ様が、問いかけてきます。
「さきほどの食堂での会話を覚えていますか? 人間差別の助長のことについて」
「うん……。それで?」
「原因は七代目魔王の暗殺だと、オウマ様は仰られていました。だから、同じ罪を背負う者として知りたいんです。過去を……。でないと、責任から逃れているみたいなので……」
ニオ様が、それを聞いて人形のほうを向きます。
向きながら、
「へえ……」
そう溢してしばらく黙ります。
短距離走でスタート位置に並んでから、スターターピストルが鳴らされて開始されるまでのような緊張感が、私を襲います。
一瞬なのに、とても長く感じられるあの時間。
しばらくして、ニオ様は喋り始めました。
「いいよ。……辛い話だけど、アヤミちゃんのためなら全部話してもいい」
そう言って、呼吸を整えます。
それから、
「まずは、入学したところから話そうか……」
ニオ様は語り始めました。




