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23話「罪の涙」

 数時間後、私はニオ様の部屋へとお邪魔していました。


「ここが私の部屋。ツキナみたいに面白くはないけどね」


「部屋に面白さっているのでしょうか……?」


 シンプルで、機能性が重視されている部屋でした。デザイン性はあまり重視されていないので、たしかに面白いかと言われると微妙です。

 ですが、部屋が逆さまなのはあまりにユニークすぎるので、これで十分。むしろ、ニオ様のような部屋のほうがいいと思います。


 ちなみに、ここに来たのは、ニオ様から誘いを受けたわけではありません。散々私が泣いたあと、オウマ様からここに来るように命令を受けたからです。

 オウマ様曰く、


「お前の性格上、自室に戻ったらそれっきり出てこなくなるだろ。だから、誰かの部屋に泊まらせたほうがいいと思ってな」


 だそうです。オウマ様は私のことをよく理解しておられます。

 というわけで、私は自室ではなくニオ様の部屋で寝ることになりました。


「それでさ、いくつか話があるんだけど、聞いてくれるかな……?」


 ニオ様が、私に背を向けながら、重々しくそう言います。


「はい、何かございましたか……?」


 私が返すと、ニオ様は肩を震わせながら、


「ごめんなさい……。私の不注意のせいで、アヤミちゃんを怖い目に遭わせてしまって」


 あの一件について、謝罪の言葉を述べ始めました。お顔を拝見することはできませんが、その口調から負い目を感じていることが分かります。

 私は、変に刺激しないように答えます。


「いえ……気にしていませんよ。ニオ様のおかげで楽しい一日になりましたし、むしろ感謝です……!」


「そっか……」


「……」


 ニオ様が振り返ることはありません。

 その空間は、しばしの間、静寂に包まれます。

 少しして、ニオ様は再び話し始めます。


「でもさ、私がもっとしっかりしていれば、アヤミちゃんがその手を(けが)すことも、こうしてあなたが傷付くことなんて、無かったよね。魔王城に住むみんなに迷惑をかけて……。だから、私が全部悪いと思うんだ……。この事件の責任は、元を辿ればすべて私にあるんだ……」


「そ、それは……」


 うまく返せませんでした。

 なぜなら、私には嘘であっても


「何も悪くない」


 なんて、無責任な言葉を投げかけることができないからです。

 嘘で相手を癒せるほど、私は人の気持ちを理解することができませんでした。


 しかし、それが仇となったのか、彼女は過呼吸気味になり始めて、


「そう……そうだよね……! 私がちゃんとアヤミちゃんを見ていれば、こんなことにはならなかった。私がもっとしっかりしていれば……私がもっとしっかりしていれば!」


 ダンッ……!


「ニオ様!」


 話しながら、ニオ様がその場に突っ伏し始めました。

 女の子座りで、前傾姿勢になりながら、ボロボロと泣き崩れます。

 その後ろ姿は、魔王軍幹部には、何よりニオ様には似合わない、とても弱々しい姿でした。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」


 壊れたロボットのように、同じ言葉を繰り返します。

 私の想像以上に負い目を感じていたのでしょう。私が泣いていたときも、あふれんばかりの責任を感じていたのでしょう。それが今になって、こうして表に出てしまったのでしょう。

 私は、すぐに駆けつけて、ニオ様の手のひらを両手で包みながら、


「そんなの全然気にしていません……! あの話では、力の暴走が原因だったみたいですし、ニオ様には何の責任も……」


 そう言葉をかけますが、


「そんなわけない! 魔王軍幹部なのに、たった一人の女の子も守れないなんて……! 力の暴走だって、私が守ってたら必要無かったじゃん……!」


 私の手を(こば)み、頭を抱えて地面に頭を擦り付けます。

 もはや、私の言葉に聞き入れようとはしてくれません。


(先ほどの私も、周りからはこう見えていたのでしょうか……)


 見るに耐えない自虐。

 言葉をかける側になって、ようやく理解できました。自虐とは、なんて愚かな行為なのだろうと。精神が不安定になると、人はこうも醜いお姿に変わり果ててしまうのだと。


 そして思いました。私の力で、この人を止めなければならないと。


(ですが、どうしましょうか……)


 私とニオ様とでは、置かれている状況があまりに違いすぎます。

 私の場合は、ニオ様が目を離した隙に、ゴブリンとオークの方に絡まれ被害に遭い、そこで負の感情により力が暴走して、ゴブリンの方を殺してしまった。

 つまり、被害と加害が両方成り立ちます。しかも、その加害は私の意識とは裏腹に起こってしまったことです。

 なので、自分だけが悪いわけではありません。


 ただ、ニオ様は違います。

 自分の不注意が原因で、守るべきだった者を危険に晒してしまい、挙げ句の果てにその人が殺人を犯してしまう。

 この事件一連に直接的に関わったわけではありません。しかし、私を一人にするミスが無ければ、そもそもこの事件は起きていませんでした。

 なので、捉え方によってはニオ様がすべて悪いということにもなってしまいます。


(今からでも嘘をついて、ニオ様を落ち着かせる……。いや、ここまで精神が不安定になった状態では逆効果ですね。すると、事実を突きつけるべきでしょうか……。でも、それだと火に油を注ぐようなものですし……)


 どうしましょう……。何が最適解なのでしよう……。どうすればニオ様は私の言葉を受け入れてくれるのでしょう……。

 何か方法は……。


(……!)


 ある一つの、ニオ様を説得するたった一つの方法を、今閃きました。

 成功するとは限りませんが、これ以外に手はありません。

 私は、震えて咽び泣くニオ様の体を起こして、それから抱きつきました。


「へっ……?」


 私の思いついた唯一の解決策は、行動で示す(ハグをする)ことでした。

 私はどんな言葉をかけようか、あれこれ悩み続けていましたが、そもそも言葉など必要無かったのです。


「ちょっ……! やめっ……!」

 

 ニオ様の表情はボロボロでした。目は濁っていて、涙が頬を伝っています。

 私のことを引き剥がそうとしてきますが、私は必死に抱きついて、ニオ様にしがみつきます。


「何で……?! あなたは、私を恨むべきでしょ? 何で、それでも私を愛そうとするの? 何で……なの……?」


 引き剥がせないことを理解してか、腕を下ろして、ニオ様は声を震わせながら、必死にそう言います。

 私は、強く抱きしめたまま、本心をありのままに吐き出しました。

 まるで、罪を犯した子供を庇う母親のように。


「ニオ様が大好きだからです。恨んでなどいませんし、魔界を案内してくれたことに、とても感謝しています。……たしかに、あなたは他者から恨まれるようなミスを犯してしまいました。でも、それでも私はあなたを愛します」


「それじゃあ……私を愛する理由にはなってない……!」


「誰かを愛するのに、理由なんていりません! たとえニオ様が私を嫌っても、私はあなたを愛します。だから、それ以上一人で傷付くのはやめてください……!」


 ようやく私の言葉が届いたのか、


「…………本当にいいの? 私なんかを許しても、私なんかを愛しても……」


 ニオ様は、躍起(やっき)になって頭ごなしに言葉を否定することをやめました。やっと私の言葉を、聞いてくれるようになりました。

 あと一歩、私は詰めます。


「はい。これからもよろしくお願いします……!」


 その一言にニオ様は感化されたようで……、


「……」


「……!」


 ニオ様は、私の背中に腕を回しました。

 そして、


「ありがとう……」


 私の言葉を受け入れてくれました。

 私に抱きつくことで、次第に安心したためか、震えが止まっていきます。私は、抱きながらニオ様の頭を撫でます。

 後数時間、私達は夕飯の時間になるまで、こうして抱き合いました。

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