22話「私は救いようのない殺人鬼なのです」
そのあとはもう、何も覚えていませんでした。
自分が人を殺してしまったことに気が付いてしまった瞬間、絶望で意識が真っ暗になってしまったからです。
事件が起こった周辺の空間を封鎖したり、警備隊が駆け付けたり、ニオ様が事情を説明したりと、様々なことがあったらしいですが、すべて知りません。
再び意識が戻る頃には、魔王城に着いていて……、
「それで、何があった?」
オウマ様が、玉座の上に座りながらそう言いました。
オウマ様の隣には、ツキナ様とレイン様が立っていて、私とニオ様と見下ろされる形で、その場で片膝を立てて、お尻をつけずに座っていました。
ダコさんは、離れたところで一人立っています。
(……)
私は、絶望に飲み込まれて、何も考えられなくなっていました。
それを見て、ニオ様が代わりに起こったことを代わりに説明してくれます。
案内などを済ませた後に、ゴブリンとオークの方が私に絡んできたこと。また、オーラが発せられたこと。そして……、
「──その後、絶命が確認されました……」
私が殺人の罪を犯したことについて。
オウマ様は、経緯をすべて聞いて、
「そうか……」
しばらく黙り込んでしまいました。
その場が、静寂に包まれます。
その間、誰も何も言葉を発することはありませんでした。
少しして、
「なぜ、アヤミは首を締めた? 説明できるか?」
私に話を振ってきました。
私は、萎縮して黙り込みますが、
「……べつに、怒っているわけではない。お前は我々にとって必要な道具だからな。どうこうするつもりもない。だから答えろ」
オウマ様が、そう言ってくださったので、私は俯きながら答えます。
「……私にも分からないんです。ゴブリンの方に絡まれて、とにかく怖いと思っていたら、真っ黒なオーラが体からあふれ出てきました。……そうしたら、心が誰かに操られてるみたいに、制御できなくなって……。……っ!」
脳裏に、あのときの光景が浮かびます。それがフラッシュバックして、頭を抱えて苦しみます。
自分がしたことなのに、怖くてたまりません。
ニオ様が、その様子を見て、私の背中をさすってくれました。
「ふむ……。話を聞いてる限りだと、ツキナの固有能力が関係してると思うが……。ツキナ、どう思う?」
オウマ様は、今度はツキナ様に話を振ります。
「ええ、私の固有能力『陰陽』のうち、陰が発動したのだと考えられます。陰は、怒りや恐怖によって力が増大しますが、この場合はおそらく、その恐怖がトリガーになったのかと……」
「そうか。では、心が蝕まれることについては何か知っているか?」
「分かりません。私には、そういったことは起きたことがありませんので……。ただ、本来であれば人間であるはずのアヤミが陰を発動して、その代償を受けたのであれば、納得がいきます。陰は、魔族が適している能力ですので。逆に私が陽を使うと、体が一時的に衰弱します」
それを聞いて、オウマ様が結論を出します。
「なら、そういうことだろうな……。つまり、まとめるとこうだ。ゴブリンとオークのナンパに恐怖して、無意識にアヤミは陰を発動。そのせいで、心が蝕まれて正常な判断ができなくなって、ゴブリンを絞め殺した……。これが今回起きた事件の流れだな」
「……すると、アヤミには罪は無いと?」
「ああ、無いな。力の暴走とはいえ、一人の命を終わらせてしまった。だが、その力を与えたのは俺の決断だ。だから、責任があるとすれば俺にある」
オウマ様は、立ち上がって私の下へと歩いて来ます。
そして、膝をついて言いました。
「顔を上げろ。お前は何も悪くない」
「で、でも……」
後悔、自虐、恐怖。様々などす黒い感情に包まれて、私は顔を背けてしまいます。
オウマ様は、そんな私に対して、
「何でも一人で抱え込もうとするな。痛みや苦しみは、仲間で分け合うものだぞ」
そう言って抱きしめました。
筋骨隆々な体で、私の体を優しく包み込むようにハグをします。
「な、何でですか……? 私は許されるべき存在ではありません……。私の言動は、行動はすべて間違っています……! 私だけが罪を背負うべきなのです!」
私は声と体が震えながらも、必死に愛を拒もうとしました。
私に、幸せになる権利など、こうして安らかに生きることなど、あってはならない。
オウマ様達に責任は無い。そう、必死に訴えました。
すると、
「なら、俺達の考え方は間違っていると思うか? アヤミを想う俺達は、否定されるべきなのか?」
攻め方を変えて、聞いてきました。
卑下をする私の主張を逆手に取った、狡猾で、卑怯で、そして何より優しい言葉でした。
「……そんなの、否定できるわけないじゃないですか……。ずるいです……。オウマ様……!」
私は、涙を流しながら、オウマ様の背中に腕を回して抱きつきました。
泣き声が周囲に響くことなんて気にせず、私はひたすら泣き続けました。
周囲にいる方々は、その光景を、ただ見守り続けていました。




