21話「休日、魔界へ遊びに行きます その3」
その後は、輪投げで遊びました。
射的とは違って、本当に普通の輪投げでした。
結果は、射的と変わらず微妙な結果に……。
どうやら私には、遊びの才能が無いみたいです。
屋台での遊びが終わると、今度は本格的に街の案内が始まりました。
住宅街を見回ったり、観光名所を巡ったりと、歴史について解説していただきながら、街を歩きます。
「ここは、七代目魔王が当時の魔王軍幹部と勇者一行の共謀によって暗殺された場所だよ。もちろん、暗殺を企てた幹部や勇者一行は、その場で死刑にしたけどね」
「へえ……怖いですね。ちなみにオウマ様は何代目ですか?」
「八代目だよ」
「最近?!」
「──ここは、私とレインが初めて出会った魔界第一高等学校。また学生の頃に戻りたいなー」
「お二人は、学生さんの頃にすでに出会っていたんですね。二人とも魔王軍幹部になれるって、相当すごくないですか?」
「いやあ、偶然だよ。七代目魔王が暗殺されたときに、自棄を起こしてレインと二人で暴れ回ったら、オウマ様にその功績が讃えられて、保護という名目も兼ねて幹部にしてもらったんだよねー」
「え……っと……? 色々重すぎませんか……?」
反応に困るエピソードなどをたくさん紹介されました。
なぜ、ついで感覚でさらっと言えるのでしょうか……
──そして、それらが一通り落ち着いて、昼食の時間になりました。
「よし、そろそろうどん屋に行こうか」
「はい……」
ニオ様が七代目魔王の娘で、七代目魔王は当時の幹部と勇者一行の共謀によって暗殺されて、ニオ様とレイン様が暴れて、八代目魔王となったオウマ様がその実力を評価して、幹部に引き入れるだなんて……。
(あまりに重すぎます……。うどんなんて言ってる場合ではありません……)
本当に、さらっと重大なことを述べてしまうニオ様が恐ろしいです。
この世界では、そんな物騒なことはよくあるのでしょうか。
でも、本人が明るく振る舞っているのですから、私が気にしていても仕方がありませんし……。
とりあえず、私はうどんで心機一転させることにしました。
私達は、うどん屋『魔界饂飩』へと、入っていきます。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二名で」
案内されたのは、カウンター席でした。
机と椅子が、横に一列にずらっと並んでいます。
客は六人程度です。人口のわりには、そして昼にしては少ないような気もしますが、これから増えるのかもしれません。
カウンター席に座ると、カウンター席の向こうにある厨房から、女の人がやって来ました。
「ご注文決まりましたら、声をかけてください」
白髪で、髪の毛を混入させないためか、タオルを頭に巻いています。
見た目が若く、学生のアルバイトのようにしか見えませんが、店主と書かれた名札をつけていました。
メニューが机にあったので、私は数あるうどんの中からどれを選ぶか悩み始めました。
すると、
「あの人はドウンさん。私が学生の頃からお世話になってるうどん屋の店主で、髪がうどんみたいなんだ」
ニオ様が店主の方について、教えてくれました。
「髪がうどん……?」
どういうことでしょう。よく分かりませんが、髪が一定間隔で分かれているのでしょうか?
「しかも、固有能力まで持ってて、その名前が『饂飩』なんだ。うどんが生成できるらしくて、まるでうどんのために生まれてきた人だよねー」
髪がうどんで、固有能力が饂飩で、うどん屋の店主……。
「うどん愛で……負けました……」
「アヤミちゃん?!」
私は、机に頭を置いて突っ伏します。
世の中、上には上がいるのは分かっていました。しかし、髪質がうどんで、まさか固有能力がうどんになるくらい、うどんに愛されている人がいるなんて……。
同じうどん好きとしては、とてもショックです……。
張り合って何の意味があるのかと言う話ですが、あまりに抜きん出る何かを持っている人に出会うと、何となく敗北感に満ちあふれてしまいます。
そんな風に落ち込んでいると、
「……何を落ち込んでいるんだい? 好きに優劣なんて無いんだよ」
「ドウンさん!」
店主のドウンさんが、入店時の接客とは違って気さくに話しかけてきました。そのままドウンさんは続けます。
「愛は、金やら何やらで形にすることができる。だが、そもそも愛なんてものに形は無い。時間や金ごときで愛を表すことなんてできないのさ」
「ドウンさん……」
「たとえ、私が『饂飩』という固有能力を持っていようが、それがうどんが好きであることの証明にはならない。もし、時間や金が愛の証明になるなら、嘘つきや大金持ちが一番それを愛していることになるだろ? だから、嘆くことなんてない。もっと自信を持ちな」
ドウンさんが、最後にニカッと笑って言いました。
その深いお言葉が私の心に突き刺さり……、
ポロッ……。
「アヤミちゃん、泣いて……」
自然と涙が出てきました。それと同時に、ドウンさんは、何てできたお方なのだろうと思いました。
勝利や敗北に固執して、すぐに自分と他人とを比較し、優劣をつける私ごときとは違い、神のごとく、私に進むべき道を啓示してくださります。
私は、己の醜さを自覚し、反省しました。
これからは、私もドウンさんのように、誰かの憧れになれるように努力をします。
──さて、新しく生まれ変わったところで、私はメニューの中から、シンプルに魔界うどんと書かれた品を選びました。
「はい、魔界うどん一丁!」
しばらく待っていると、魔界うどんがやってきました。
「わあ……!」
見た目から分かる、太くもっちりとした麺。噛み応えがありそうです。
汁は黒く、関東風に近そうですが、トッピングされている具が、明らかに地球のそれとは違うので、おそらく関東風の汁とはまた違った味が楽しめるはずです。
具は具で、これまで見たことのないものではありますが、うどんに合いそうな見た目をしています。よだれが出そうです。
「アヤミちゃん。よだれ出てるよ」
出てました。あまりの美味しそうな見た目に、私は虜になってしまっているようです。
でも仕方ないのです。目の前には、まだ食べたことのない新世界が広がっているのですから。
そして、ニオ様のうどんがきて、ようやく食事の始まりです。
「いただきます!」
我を忘れた獣のように、私はうどんにがっついて、啜ります。
ズズズズッ……。
「…………」
「どう? アヤミちゃん。……アヤミちゃん?」
「ま……」
「ま……?」
「まじやばです! 美味しすぎます!」
「それはよかった」
「本当に新世界を体験してるみたいです! 地球のうどんとはまた違っていて、出汁を吸った麺が口の中に染み渡って、とても美味しいです!」
たしかにうどん。なのに違います。
別の物でたとえると、醤油ラーメンを食べたあとに、塩ラーメンを食べるみたいなものです。
本当に違う世界が目の前に広がっています。
まるで異世界……! いや、ここは異世界でした。
「うどんを食べると狂っちゃうよね。アヤミちゃん……」
「よかったじゃん。かわいい後輩ができて」
「もう! からかってるでしょー」
ニオ様とドウンさんが楽しそうにやり取りを交わしていました。
当時のお二方のご関係を知りませんが、まるで過去に戻ったかのように、そこだけ違う時間が流れていました。
青春というやつですね。
その後は、無くなっていく麺に絶望しながらも、しっかりと味わいながらうどんを食べました。当然、完食です。
「それじゃあ、また来るね」
ニオ様が、支払いを済ませながらドウンさんに言います。
「ああ、またな」
「じゃあ、いこうか。アヤミちゃん」
「は、はい……」
二人で店を出ます。しかし、どうしても想いを伝えたかった私は、扉から出る前に振り返って、
「また来ます!」
うどんに対する、そして私に正しい道を示してくれたドウンさんに対する敬意を込めて、そう言いました。
ドウンさんは、突然の行動に眉を上げながらも、
「ああ、待ってる」
最後には笑顔で見送ってくれました。
──店を出て、ニオ様が、
「案内もうどん屋も終わったし、そろそろ帰ろっか」
そう言いました。
目的はすべて果たされたので、これにてお出かけは終了となります。
「はい! とても楽しかったです。ありがとうございました!」
「それはよかった。じゃあ……。あ、ちょっと待って」
「……? どうかされましたか?」
「私、普段は街の見回りとかが仕事なんだけど、あそこにいる部下が呼んでるんだ。多分相談だろうからすぐ終わると思うんだけど……。ちょっと待っててくれない?」
「はい」
そういって、ニオ様は奥に見える部下の方の元へと走っていきました。
(それにしても、本当に楽しかったです……)
初めは魔界は危ない所だと思っていましたが、それは偏見で、実際に触れていくと、本当の姿が見えてきました。
ここに来た時点では、一時間の往復に不便さを感じていましたが、今はもう苦ではありません。今なら、何往復でもできそうです。
それくらい楽しかったです。また遊びに行きたいです。
……そう思っていたときのことでした。
「ねえ君! 俺らと一緒に遊ばない?」
後ろから、突然声をかけられました。
振り返ると、そこには中肉中背の男性が二人いました。片方はゴブリンで、もう片方はオークの方です。
「えっと……」
私が戸惑っていると、
「怖がらなくていいって! 絶対楽しませるからさ。ね?」
そう言って、あからさまに距離を詰めて圧をかけてきます。
私が、後ろにある壁まで後退すると、その都度距離を詰めてきます。
逃げられなくなって、ついには壁に手をついて……
「で、どうするの? 黙ってたら分からないんだけど。もちろん、いいよね?」
イエスしか答えが許されない選択を強いられてしまいました。
(……っ)
恐怖で体が震えます。口も足も、思うように動きません。
身長差もあって、本当に圧が強くて、何より怖いです。
地球でも、こんな出来事に遭遇したことはありませんでした。
(ど、どうすれば……)
涙が溢れそうになった、その瞬間のことです。
「……ん?」
私の体から、禍々しいオーラが発されました。
真っ暗闇の歪な色をしていて、次第に全身を包みます。
そして、とてつもない力が、この身に宿るのを感じました。
それは、満杯まで溜まった水があふれるかのごとく、今にも暴走してしまいそうなほどの、抱えきれないほどの大きな力でした。
心の一部が、正体不明の何かに侵食されたかのように、恐怖の感情が薄らいでいきます。
オーラを見た彼等は、
「ひ……ひいっ!」「な、何だ……これ……!」
二人して一斉に震え始めて、その場で尻餅をついていました。
形勢が、まるっきり逆転します。
(あれ……? 何でしょうこの感覚。絶対にしてはいけないって分かってるはずなのに……)
ひとまず危機から逃れて安心すると同時に、タガが外れてしまったのか、私の脳裏には、ある一線を超えた人でなしの考えが浮かんでいました。
一度それをしてしまったら、社会的な信用を失ってしまう恐ろしい考えです。
そして私は、そんな考えを実践しようとしていました。自分でも制御が効かない状態にあるのを感じていました。
尻餅をついてただ恐怖に震えるだけの男性のうち、片方のゴブリンの方の首を掴みました。
「がっ……!」
両手でしっかりと掴みました。
それから、その男性を持ち上げて、少しずつその力を強めていきます。
「……っ! ……!!!」
男性は、私の両手を掻きむしって、足をジタバタと動かして必死に抵抗します。
動きがどんどん激しくなっていって、彼の頭には今、死という概念が大きく刻まれていることでしょう。
(ふへへ……)
私は、それにひどい興奮を覚えていました。
顔が次第に、にやけ始めます。
恐怖に震えて足掻く男性と、笑顔で首を絞める私。対比の構図が浮かんでいました。
(ああ……分かっているのに。何で殺したくなってしまうのでしょう。何で、止められないのでしょう……)
止めなければいけないと頭では分かっていますが、首を掴む力はそんな考えとは裏腹にどんどんと強くなっていきます。
(楽しくて、気持ちいいです……)
その方の首が潰れそうなほど、力を入れたときのことでした。
「アヤミちゃん! 何やってるの?!」
後ろからニオ様が叫びながら走って近付いてきます。
そこで私は、はっとして手の力を抜きます。
ゴブリンの方は、その場に力なく倒れました。
ニオ様が、私の下までやって来ると、
「何で、首なんか絞めたの?! あなたのその力で首なんて絞めたら、死んじゃうに決まってるじゃん……!」
物凄い形相で私の両肩を揺らしながら言います。
「……え?」
私がゴブリンの方のほうを見ると、
「…………」「おい! しっかりしろ!」
(あれ……? 何で……私、どうして……)
そこには一つの死体がありました。




