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1話「城は城でも魔王城……」

拝啓

 梅雨の季節となりました。いかがお過ごしですか?

 私はこれから、異世界へと旅立っていきます。一年の間だけですけど……。

 まさか、本当に応募が通るなんて思いませんでした。あのとき、背中を押していただき、ありがとうございました。

 一年後、立派に成長した姿をお母さんに見せられるように、頑張りたいと思います!

                 敬具

 2103年6月6日

              潤咲 アヤミ

お 母様

膝下(しっか)


 ──というわけで、色々あって異世界留学当日になりました。

 ちなみに、お母さんは普通に玄関で見送ってくれたので、上の手紙の文章はただの独り言になります。


 さて、あれから二ヶ月。

 この日までに様々なことが起こりました。


 まずは応募です。

 これに関しては私にはどうしようもありません。通るか通らないかは運次第になります。

 ですが、通りました。

 ある日ふと、郵便物の中に当選の(むね)が書かれた手紙が入っていたのです。


 そこからは大忙しです。

 お母さんに任せっきりでしたが、色々手続きをしました。


 最後に、クラスのみんなに今しばらくのお別れを告げます。

 しかし、私はクラスでもとびきり印象の薄い人間でしたので……、


「数ヶ月の間でしたがありがとうございました。また帰ってきたときに、元気な姿でお会いできることを楽しみにしています」


 こんなふうに、私が前に立って挨拶をするのですが、とくに応援のメッセージが飛んでくるなんてことはなく、途切れ途切れの小さな拍手が少し鳴った後に、すぐに静かになりました。


(あれはトラウマですね……。再び戻るのが怖いです)


 そんなことを考えながら、その研究施設がある広大な敷地の前にやって来ます。

 すると、ドローンが空からやって来て、私の顔を確認しました。

 無事に許可が出されたので、そのままドローンの案内で施設の中へと入っていきます。


 しばらく歩いていると、ある部屋へと案内されました。


「失礼します」


 扉を開けると、中にはスーツを着た二人の男性と、全身が筋肉に包まれた、場に似つかわしくない巨漢がいました。

 ポーズを取って、己の筋肉を鬱陶しいくらいに主張しています。


「えっと……」


 私が、その異様な光景に戸惑っていると、


「初めまして、クプランと申します。この異世界交換留学プロジェクトの責任者です。本日は、よろしくお願いします」


 全身筋肉の巨漢、もといクプランさんがポーズをやめて、そう言ってから礼をしました。

 綺麗なお辞儀でした。


「よ……ろし……くお願……いしま……す?」


 動揺を隠し切れずに、途切れ途切れに言いながら、最後は疑問系で挨拶を返し、礼をしました。


(まさか、スーツの人がおまけだなんて……)


 それからクプランさんは、この交換留学の説明を行います。

 この異世界留学の概要について、安全性に関する説明など、事細かに色々教えてくれました。

 心配症の私にはありがたいです。


 説明が15分ほど続き、ようやく話が終わりました。


「では、転移装置の前についてください」


 言われた通りに、転移装置の下までいきます。

 楕円形の形をしていて、中にはサイバー空間が広がっています。

 ここを抜けると異世界への留学が始まります。


「それでは、良い旅を……」


「行ってきます……!」


 私は、転移装置をくぐりました。

 転移装置をくぐると、突然視界が真っ白になります。


「わっ……眩しっ……」


 あまりの眩しさに、腕で顔を(おお)いました。

 少し違いますが、久しぶりに太陽の下に外に出て、まぶたがぷるぷる震えて目が開けられなくなるあの状態に近いです。

 しばらくすると、輝きが無くなり、目を開けられるようになりました。


「ここは……?」


 お城の中でしょうか。

 レッドカーペットが敷かれた大広間で、奥には空席の玉座があります。

 華やかで賑やかな景色とは相反(あいはん)して、誰もいなくて物静かです。


(おかしいですね……)


 説明はされませんでしたが、転移した先で誰かしらが待機しているはずです。

 もしくは、誰もいなかったとしても、普通は街の中など、人が大勢いる場所に転移されると思います。


 ですが、ここはそれらとは真逆で、人はいなくて誰も待機していません。

 対応の良さを期待しているわけではありませんが、こういったとき、何をすればいいのか分からなくなってしまうので、できれば案内がほしかったです。

 でも、なってしまったものは仕方がありません。


「とりあえず、移動してみましょうか……」


 私は、適当にその辺りを歩くことにしました。

 一度誰かを見つけることができれば、そこからはスムーズに事が運ぶはずです。

 案内をされて、寮の説明があって……。

 私は、振り返って部屋を出ることにしました。


 そのときでした。


「ねえ……。あなた、誰?」


 突然の声に、私は肩をびくつかせます。

 女の子の声でした。

 振り返ると、黒のワンピースを着た灰色髪の幼い少女がいました。

 王女でしょうか?


「えっと……私の名前は潤咲アヤミです。異世界留学プロジェクトを通じてこちらの世界に来ました。よろしくお願いします」


 私は自己紹介を始めました。

 王女であっても、異世界留学のことくらいは知っているだろうと、経緯を説明します。

 しかし、返ってきた反応は思っていたものと違って……、


「へえ……あなたが()の……」


 そう言うと、彼女は名乗りを上げずに私を突然両手で突き飛ばします。


「うわっ……!」


 尻もちをついてしまいました。

 痛みを感じながらも、突き飛ばした女の子のほうを向くと、


「確認は取ってないけど、殺してもいいよね?」


 突然禍々しいオーラを発して、ゴミを見るような目でこちらを鋭く(にら)んでいました。

 表現で言ったわけではなく、本当に禍々しいオーラが出ているのです。

 本能的に恐怖を感じたのか、自然と体が震え出します。

 黙ったまま何も言えない私の両肩を押さえてきます。


(痛っ! 動け、ません……)


 見かけによらず、すごいパワーでした。

 そして、女の子はその赤い目を発光させて、その鋭利な八重歯を露出させます。

 どうやら、彼女は吸血鬼のようです。

 必死に抵抗を試みますが、腕で固定されていて動けません。


 そのまま八重歯が私の首元まで近づいてきて……、


 私は死を覚悟しました。

 涙目になりながら、目を瞑ったそのときでした。


「おい、やめろ。ツキナ」


「!」


 男性の声が聞こえてきます。

 すると、ツキナと呼ばれた少女、つまり私の血を吸おうとしたその女の子が、すぐに振り返りながら立ち上がって綺麗な直立をしたまま、


「はい、失礼しました……!」


 その男性に向かって、かしこまりながらそう言います。

 その態度から、少女と男性の間には上下関係があることが分かります。

 そして、その女の子が横に立ち退くと、男性の姿がようやく見えました。


 紫髪の男性にしては長い髪、頭から生えた立派なツノ、黒いローブをまとっていて、何やら貫禄があります。

 見た目は二十代前半の青年ですが、雰囲気は七十代のお爺さんのようです。

 それからその男性は、


「俺の名はオウマ、城主であり、お前達人間の最大の敵『魔王』だ」


 そう高らかに、言いました。


「へっ?」


 唖然としました。

 まさか、そんなことがあるとは……。

 どうやら、同じ城でも、魔王城に来てしまったようです。


「人間、詳しく聞かせてもらうぞ」


(お……終わりました……)


 私の異世界留学ライフは、最悪の形で幕を開けることになりそうです……。

アヤミという名の少女を異世界に送り出した後に、スーツの男の一人がある間違いに気が付く。


「あ……」


「どうした?」


 クプランが聞くと、スーツ姿の男は青ざめながら、


「転移の座標の調整を間違えました……」

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