17話「クラスの男子に宣戦布告されました 後編」
「もう一度言う。潤咲、俺と剣技で戦え」
「な、なぜですか? というか、誰ですか……?」
突然の宣戦布告に、私は困惑していました。
一回も話したことがないですし、私に詰め寄ってきたクラスの皆様方の中にも、彼の姿はありませんでした。
普通に考えて、関わる理由が見当たりません。
なぜ急にこんなことを言い始めたのでしょうか。
すると、ニパンさんが彼の人物像について教えてくれます。
「彼の名前はコルオット。魔法や剣技においては学年でも随一の実力者です。しかし、その難儀な性格故に、周りからは変人として距離を置かれています」
それを聞いて、
「変人? ニパンにだけは言われたくないな。俺はただ、自分に正直なだけだ。俺より強いやつなんていないことを証明するために、力で分からせてやるのさ」
コルオットさんは、私に宣戦布告した理由を添えつつ、ニパンさんへ反応を示しました。
どうやら、昨日のあの一件で、私がとんでもない魔法を放って目立ってしまったのが、彼の目には良く映らなかったようです。
むかついたから倒してやる。だなんて、本当に自分に正直ですね……。
私としては、力を制御できない以上は勝っても負けても悪い方向に転ぶと考えているので、ここは戦いを逃れるためにも、言い返すことにしました。
「……私、さっき盛大に転んで恥をかいたのですが、そんな人があの魔法を出せると思いますか? きっと偶然ですし、私が負けるに決まってます……!」
強さに固執する彼は、弱者の私に興味を示さないはずです。
これだけ言えば十分でしょう。
……そう思っていたのですが、
「それはお前の主観だろ? 偶然であの魔法が出せるほどこの世界は甘くないんだ。それに、お前は朝クラスの連中に聞かれたときは、今のように答えられなかったよな? 何か隠していることくらい、とっくにバレてるんだよ」
逆に痛いところを突かれてしまいました。
本当は、『才能がある』と言うべき場面で言えなかっただけなのですが、たった今自分で偶然だと言った以上、その言葉で返すことはできません。
ただ、ここで引き下がるわけにもいかないので、別のルートで必死に反論します。
「で、でも……! これは剣技なので、魔法は関係ありません! 剣で勝負しても、結果は分かりきっていると思います!」
コルオットさんは、その私の反論を聞いて、両眉を上げて驚いた表情で言います。
「……そうだな。本当にケリをつけるなら、この先行われるトーナメント大会ですればいいしな。お前の発言はごもっともだ」
よし……! 今度こそ言い逃れできました。
いくら俺様な性格のコルオットさんでも、ここまでくれば引き下がってくれるはずです。
ですが……、
「しかし、反論の仕方が少しおかしいな。本当にお前が弱者なのであれば、怖いだのやめてくださいだの、負の感情を露わにするべきだろ。だがお前はどうだ。剣と魔法の違いがどうこう喋るだけで、敗北すること自体に何の抵抗も無かったよな」
「……っ!」
「転んだのを理由に見学するような奴が、トココの魔法バフの効果も試したことがないのに、敗北した際に生じる痛みについて考慮しないのも変だしな。よって、お前は弱者ではない。違うか?」
(くっ……手強いです……)
突拍子もなく決闘を申し込んでくるわりには、頭が回る人でした。
私が素振りの転倒を言い訳に逃げようとすると、今度はオルコットさんがその転倒を根拠にして結論を述べてくるので、余計に場の状況は悪くなります。
無意識に歯軋りをしていると、
「やめなよ! そんなに人のプライバシーにずけずけと踏み込んで楽しい?」
「……何だ急に?」
フレンさんが庇いにきてくれました。
そして彼に言います。
「今までのあなたは、直接他人に危害を加えなかった。だから見逃してたけど、こうして潤咲さんを傷付けている以上は許さないよ!」
フレンさんの怒っている姿を初めてみました。
いつも明るくて、優しいフレンさんが、私のために誰かに怒りを向けている。
その姿は凛々しく、すごくかっこいいです。
ですが、コルオットさんはそんな彼女の態度にも物怖じすることなく、
「おいおい、見逃してただと? 剣技でも魔法でも俺より劣るやつが、よくそんなこと言えたものだな」
「……」
私にしたように、反論してきました。
事実が事実なだけに、フレンさんも言い返せないようです。
あのフレンさんよりも優れているのですから、相当な実力者なのでしょうか。
呑気にもそう考えていると……、
「女のくせに、俺に指図してんじゃねえよ」
(……は?)
そのような愚かな発言が、彼から出ました。
フレンさんは少し悲しそうな表情を浮かべ黙ります。
今の時代にはまったく見かけない女性差別発言に、何より私を庇ってくれたフレンさんが傷付けられたことに、私は堪忍袋の緒が切れて、
「その発言は見過ごせません……!」
私は、怒りの形相でコルオットさんを睨みつけました。
ハイライトの無い目から、魂のような黒い炎が浮かび、体からは瘴気のような黒いオーラがあふれ出ています。比喩ではなく実際に出ています。
そのオーラが彼を威圧し、コルオットさんはさっきまでの反論をやめました。
コルオットさんは冷や汗をかきながら、
「ふっ、そうこなくちゃな……! それがお前の力か……」
そう言います。
死んだ魚のような目をしていたおかげか、言葉を使わずとも彼を圧倒することができました。
そんななかで、私はもうどうにでもなれと、力強く宣言します。
「構いませんよ、戦えばいいんですよね? なら、受けて立ちます!」
闘志に燃えた態度を、そして言葉を相手に示しました。
* * *
「それでは、勝負を始めます。もし怪我が起きそうであれば、その時点で止めますので、すぐに攻撃をやめてくださいね」
私とコルオットさんが剣を構えているなかで、トココ先生はそう言います。
ちなみに、先生はこの一件を知りません。
フレンさんがやって来たのは、遠くから私達のその様子が見えて、気になったからです。
しかし、先生は別の人達の戦いを眺めながら指導していたので、気付いていなかったのです。
バレたら当然止められるので、もちろん誰も何も言いません。
私の周りには、クラスメイト一同が一列に並んでいて、それぞれあぐらをかいたり、体育座りをしています。
逆にクラスメイトの方々には、話が伝わっています。
(さて、状況を再確認しましょうか……)
私は、頭の中でこれまでの流れを整理します。
まず、私の勝利条件はコルオットさんを倒すことです。
フレンさんの名誉のために、必ず勝たなければいけません。
しかし、その際に人間離れした力を見せることはできません。なぜなら、そうすれば必ず二翼の方に目をつけられたりと、これから動きづらくなる可能性があるからです。
なので、私は最低限の力でコルオットさんを倒さなければいけません。
どうしても技力で劣る分、敗北のリスクもありますが、そこは魔蝕によって手に入れた力を信じましょう。
「それでは、勝負開始!」
コルオットさんが、開始早々全力で走ってきます。
木刀を横に薙いで、私の脇腹に当てようとしてきました。
「はあっ!」
私は、剣をしっかりと握って、その一撃を受け止めます。
「っ!」
木刀同士が激しくぶつかり合い、あまりの力に衝撃波が出ました。
そこから、ジリジリと木刀を押し付け合います。
「その体格から出る力とは思えないな……!」
「体の使い方がうまいんですよ……!」
押し付け合いながら言葉を交えます。
「そんなやつが、転ぶわけないだろ……! ほっ!」
コルオットさんは、そう言って後ろに飛んで距離を離します。
それから再び、剣を振るいながら近づいて来ました。
何度も何度も私の体に木刀を当てようとします。
なので、その度に頭やお腹に太ももになど、剣を動かして、体の部位にくる攻撃をすべて止めます。
防戦一方ではありますが、決して押されてはいません。
「来いよ! そのまま授業の終わりまで耐える気か?」
剣を振るいながら、話しかけてきます。
私は私で、攻撃する隙を窺っていますが、残念ながら相手の猛攻を受け止めるので限界です。
(運動能力が並以下の私が、学年随一のコルオットさんと渡り合えるようになるくらい魔蝕の力がすごいのか。はたまた、魔蝕の力を手に入れた私に対抗できるくらいコルオットさんが強いのか。……いや、どっちでもいいですね。今は勝つことだけを考えましょう)
今度は私から仕掛けることにしました。
相手の攻撃を受け止めずにするりと躱わすと、その隙をついて、力を最大まで込めて、コルオットさんの二の腕を捉えます。
「たあっ!」
「ぐっ……!」
攻撃を受けたコルオットさんは、10メートルほど体が吹っ飛びましたが、何とか持ち堪えて両足の底を地面へとつけます。
「ちっ……」
「残念ながら、優劣に性別は関係無いようですね。このまま戦っても勝つのは私です。まだ戦いますか?」
「ああ?」
柄にもなく私は相手を挑発をしました。
でも仕方ありません。放っておくことができないくらい、彼の発言は度を超していたのですから。
被害者に正義を名乗る資格はありませんが、誰もが納得する形で彼に裁きを下せるのは、私しかいないのです。
私は続けて言います。
「私が戦わなかったのは、あなたに大怪我を負わせるのが怖かったからです。トココ先生のバフの効果がどの程度か分からない以上は、下手に出られませんからね」
「ほう……。さっきまで必死になって言い訳を述べていた奴のセリフとは思えないな」
「口先だけの人よりかは、はるかにマシですよ。御託はもう結構ですから、かかってきてください」
「てめえ……!」
コルオットさんが、剣を力強く握って、真っ直ぐ私へと向かってきます。彼の顔は怒りに満ちていました。
何の作戦も無い、ただの突進。私は、上から振り下ろされた剣を体を捻って避けます。
「理屈に富んだあなたでも、感情に囚われればただの人なんですよ。協力していかないと成り立たないこの世の中で、他人を貶す。そんなのは間違ってます。しばらく反省することですね」
私は剣を振って、彼の首筋に強く当てました。
「がはっ……!」
衝撃で、彼はその場で倒れ気絶します。
その場は一時的に静寂に包まれてます。
トココ先生は、コルオットさんが意識を失ったことを確認して、言います。
「勝者、潤咲さん!」
「うおおお!」「すごい!」「かっこかわいい!」
トココ先生の勝者宣言と同時に、クラス中が湧き上がります。
(はあ……何とか勝てました……)
クラスメイトの方々が口々に賞賛の声をあげるなか、私は疲れてその場に座り込みました。
いくら強化された肉体だからと言っても、今回が初試合ですので、疲れないわけがありません。
それにしても、よく勝てたなと思います。
学年でも随一のコルオットさんを倒せるなんて、さすがは魔蝕の力です。
反応速度や動体視力まで大幅に強化されたおかげで、彼の素早い動きにも対応することができました。
人間離れした力を見せずに勝つという目的が達成できたかどうかは不明ですが、ひとまずは勝つことができたので、良しとしましょう。
「潤咲さん!」
「へぶっ……」
突然、抱きつかれました。フレンさんに。
「ありがとう……」
私の二の腕に顔を埋めながら、そう言いました。
いつも助けられてばかりでしたので、初めて誰かの役に立てたような気がして、とても嬉しいです。
留学生活を通して早々ですが、少しは変わったのかもしれません。
(これからも成長し続けられるようになりましょう)
私はそう思いました。
「ところで潤咲さん」
「はい、トココ先生。何でしょうか」
「対人戦の最中、コルオットさんと口論されていましたが、絶対に何かありましたよね?」
「うっ……」
「あとで、職員室で詳しく聞かせてもらいますからね?」
「はい……」
私は、その後諸々の事情を話して、二人でこっぴどく叱られました。




