15話「人を人たらしめるもの」
昼休みになりました。
あれだけ忙しかった朝でしたが、その後は何ともなく、平和に時間が過ぎていきました。
もし問題があるとすれば、授業内容に追いつくのがギリギリで、予習復習を少しでも疎かにしたら、すぐに勉強についていけなくなることでしょうか。
これからは家に帰ると訓練が始まるので、できれば易しくなってほしいものです。
「さあ、今日は何を食べましょうか……」
昼休みなので、食堂に来ていました。
この時間になると人であふれかえるのですが、人混みが苦手な私でも、美味しいご飯を食べるためであれば、さすがに我慢します。
どのご飯も美味しそうなのは、やはり日本の影響なのでしょうか。
ニホドリム発祥の料理もありますが、それと同じくらいに和食や西欧の料理が多いです。
その割合の高さからすると、日本人の影響を受けている可能性はあります。
「……これにしましょう」
結局、何にするか決めきれなかった私は、日替わり定食を頼みました。
いくら私がうどんが好きだからって、毎回注文するわけではありません。
食券を取って、列に並んで、料理を受け取ったら、空いている席へと座ります。
日替わり定食は、小サイズのコッペパンが二つに、レタスやきゅうりにトマトが入ったサラダ。それと、チーズハンバーグにシチューが乗っていました。
本来、この世界に無い食材も多いのですが、日本とニホドリムの活発な輸出入のおかげで、そこは何とかなっています。
私が留学を決意する前から、地球にも異世界産の食材が出回っていましたし。
なので、人や環境ががらりと変わるだけで、実は中身はそこまで日本と変わらないんですよね。
それでは、いただきましょうか。
両手を合わせて、
「いただきます」「いただきます」
「……」
(?!)
隣に、いつの間にかニパンさんが座っていました。
驚きすぎて、本当に二度見してしまいました。
「いつの間にいたんですか……?」
「教室からずっとついてきました。……もしかして、ご迷惑でしたか?」
「い、いえ……。食べましょうか」
私達は、同じ日替わり定食を食べ始めました。
……もしかして、仲良くなったから食堂について来たとか、そんな感じなのでしょうか。
一応、聞いてみることにしました。
「ついて来たのは、私がニパンさんとお友達になったからですか?」
「……はい。私は、他の人と比べて過度に日本を推してしまうネッキョー区民の性みたいなものがあるので、これまで友人がいなかったのです。そんななか、潤咲さんが仲良くしませんかと声をかけてくださったので、つい……」
たしかに、あそこまで日本のことについて主張を続けていると、誤解を受けることも多いでしょう。
だからこそ、友人にも恵まれず、人と話す機会が無くて、こうして相手との距離感を間違えてしまったのでしょうか。
私もそういうことがよくあるので、気持ちはよく分かります。
好きを誤解されるのは、とても辛いですよね。
「当たり前と言えば当たり前ですが、ニパンさんにだって、誰にだって悩みはありますよね……」
「そりゃ人ですからね……。常に悩み続けるからこそ、今があるんですよ」
「それもそうですね。人を人たらしめるのは、いつだって苦しみなのかもしれません……」
(この世の中、実に世知辛いですねえ……)
コッペパンをシチューに浸して食べながら、私はそう思いました。
やがて、日替わり定食を食べ終えて、食べ残しの無い皿が乗ったおぼんを返却口へ置いて、教室へと戻ります。
「たしか、次の授業は剣技……でしたっけ?」
「はい。食後の運動なので憂鬱ですけど、頑張りましょう。剣道ー!」
「いや、ここ異世界なので、剣道はあまり関係無いと思いますよ……」
本当に、無意識に想いを叫んでしまうんですね。ある意味大変そうです。
そして剣技とは、その名の通り剣の授業のことです。
基本的には木刀を用いて行うそうで、素振りや技の練習など、剣でできる範囲のことは徹底的に詰め込まれます。
ここは魔法学園ですが、だからと言って剣技を疎かにする理由にはなりません。
剣とは、魔法が使えない人間でも扱える唯一の武器なのです。
(剣技なら、魔法の実習とは違って、力を暴走させる心配は無さそうですね)
昨日は、力の制御を意識せず、強くイメージを持って魔法を放ったのであんなことになってしまいました。
ですが、今日は力加減を意識していますし、何より魔法ではなく剣なので、目立つことも無いでしょう。
一応、身体能力も飛躍的に向上しているのですが、だからと言って、昨日の魔法のような想像をはるかに超えることには、到底なるとは思えません。
(今日を乗り切ったら力の制御の訓練に入りますし、ここが正念場ですね……)
私は、気合を入れて体操服を取りに行きました。




