13話「お風呂の時間ですよ」
それからしばらくして、お風呂の時間になりました。
私は洗い場で髪や体を洗って、湯船に浸かります。
「ふへー……」
ダコさんのような呑気な喋り口調が出てしまいます。温かいお湯が私の体を包み込んで癒してくれているからでしょう。
お風呂場はとても広く、温泉と表現してもいいくらいでした。
洗い場だけでも、40人分は設置されていて、それぞれにシャワーや風呂桶などが置かれています。
シャンプーなどは共通のようです。
洗い場から少し離れた場所、つまり私が今いるここには、浴槽があります。
洗い場が40人分あるくらいなので、当然浴槽もそれに見合うだけの、むしろそれ以上の広さがあります。
泳ごうと思えば泳げますね。泳ぎませんけど。
私はそんな快適な環境の中で、湯船に浸かって疲れを癒していました。
「おいご主人。メイドを置いてくとは何事だー」
疲れが来ました。
先ほどは私を大笑いさせてくれた人ですし、根は優しいのでしょうが、あまりに小ボケが多すぎていい加減突っ込むのも疲れてきます。
とはいえ、疲れが取れている最中なので返します。
「逆ですよー。そのセリフはご主人の私が言うものです」
「ちっ。偉そうにー」
「メイドよりは偉いんですよ……?」
そんな日常とも言えるやり取りを交わし、ダコさんも湯船に浸かります。
「ふへー……」
(同じこと言ってますね……)
それから二人で天井を眺めてのんびりと過ごします。
それにしても、この二日で色々なことがありましたね。
転移した場所が魔王城かと思えば、いきなり殺されかけて、魔王軍の道具になったかと思えば、その計画の始まりでもある魔蝕計画で死にかけて……。
オウマ様にキスをされて何とか命が助かって、力を得た次の日に、加減を間違えて壊せない的を壊して……。
最後に次の計画が発表されたかと思えば、それと同時にツキナ様が私を嫌っていることを伝えられて……。
あまりにも忙しすぎますね……。まだ二日目とは思えません。
でも、この最初を乗り切れば、ようやく平和な生活を過ごせるようになることでしょう。
さあ、これからも頑張りましょうか。
そして……、
「あ、アヤミちゃんだ! やっほー!」
ニオ様と、
「体を洗ってからだよ……」
「え、ダジャレ?」
「違う……!」
レイン様がやって来ました。お二人とも仲が良さそうです。
「ちょっと待っててねー」
お二人は体を洗い始めます。
(……ん?)
そういえば、今さらですが幹部の方々で使うには、食堂も風呂場も何もかも広すぎるような……。
食堂で働く人の姿はありましたが、それを踏まえても少なすぎます。
「ダコさん。何で、この城はどこもかしこも面積がこんなに広いんですか? 住んでる人の数に見合ってないのですが……」
ダコさんに聞くと、
「んー。本当はもっと魔王城にいるぞ。多分200人弱くらい。ほとんどは交代で城や街の警備をしてるし、残りはご主人に配慮して姿を隠してたからなー」
「ほう……」
そう答えが返ってきました。
まさか、気付かないうちに私に配慮をしてくれていたとは、これから会ったときにはお礼をしなければなりませんね。
とは言っても、魔王様や魔王軍幹部に遭遇するほうがよほど怖いので、要らぬ配慮ではあったのですが……。
「終わったー!」
やがて、体を洗い終わったお二人が湯船に浸かってきます。
「お待たせ!」
「もう少し落ち着くことを覚えようよ……」
私達の横について、四人で天井を眺めます。
「疲れが取れるねー……」
「半霊が言うのもなんだけど、ごくらくだ……」
「分かります……」
お風呂とはなぜこんなに素晴らしいのでしょうか。
ただのお湯に体を包むだけで、それまでの苦労がすべてお湯に溶けていきます。
上がる頃には開放感に包まれますし、リフレッシュする手段としては優れすぎています。
もう、いっそお風呂で生活したいくらいです。
「それで、この生活には慣れていけそう?」
ニオ様が、話しかけてきました。
「はい。最初は死を覚悟しましたが、イメージに反してお優しい方ばかりで、うまくやっていけそうです」
「そっか。まあ、人間と魔物で陣営が違うだけで、みんな同じ生き物だからね」
「それもそうですね。ここに来て考えを改めることがいっぱいです……」
地球にいた頃は、創作物の影響で魔物はみんな敵だと思っていました。
人類に危害を加えて、世界の征服を目論む……。
いや、世界の征服は企んでましたね。それに支配のためには人間へ危害を加えることもありますし……。
あれ、あんまり創作物のそれと変わらないのでは?
まあ、置いておきましょうか。
少なくとも、創作物で描かれていたものとは違って、すぐに暴力的な手段に走るわけではありません。
ちゃんと計画を練って、人間の私をスパイとして送り込んで……。
あ、ただの創作物よりも、よほどタチが悪いですね……。
結局、創作物のそれとまったく変わらないことが分かってしまいました。
しかし、事実として私の安全は保証してくれていますし、何より誰もが私に優しいです。
なので、もう考えるのをやめましょう。私はすでに悪の手先なのです。
そんな魔王軍のするあれこれを気にしてはいけませんし、考える必要がないのです。
「そろそろ出ようぜ、ご主人。眠くなってきた……」
「……そうですね。ちょうどいい頃合いですし、上がりましょうか」
私達は立ち上がって湯船から出ました。
疲れは十分取れたので、満足です。
「ん、これからもう寝るの?」
「はい、あとは寝るだけです」
「明日も、頑張ってねー!」
私は、微笑みながらニオ様に手を振って、そのまま風呂場から出ました。
体を拭いて、服を着て、スキンケアをして、髪を乾かします。
(明日は、謎の日本推しの子に話しかけましょうか)
テクノロジー! と、日本を連想する単語を発し続けたあの子は一体どんな方なのでしょうか。気になります。
まあ、意外と普通の人なのかも知れませんが。
他にも、ツキナ様との訓練が始まったりと、明日は明日で、また忙しくなりそうですね。気を緩めずに精一杯挑みましょう。
私は、風呂上がりのすべての作業を終えて、自分の部屋へと向かいました。




