プロローグ「異世界に留学したいのです」
時は2103年。
ネオンが輝く街の中を、桃の髪色をしたバードテール(カントリースタイル)の少女が、セーラー服姿で歩いています。
それは私のことです。
私の名前は潤咲アヤミ、高校一年生の15歳です。
普段は地方に住んでいて、電車を使って都内の高校まで通っています。
今は、学校から帰宅している途中です。
「はあ……今日もテスト疲れました……」
ため息をつきながら、だらだらと歩きます。
学力に問題はありませんが、テストは平均点より上か下か程度。
勉強を怠れば、すぐに赤点が私を待っていることでしょう。
「それにしても、異世界留学ですか……」
私が鞄から取り出したのは、一枚の紙です。
今朝、学校で先生から配られました。
紙には、大きく『異世界留学生の募集』と書かれています。
この世界では、百年前のある時を境に、異世界というコンテンツが盛んになりました。
創作作品が世にあふれて、漫画やアニメなどで表現され、当時の人々の流行物の一つになったのです。
しかし、今やそれも昔の話。
2078年になると、ある研究者が異世界へ転移できる装置を発明しました。
装置を通じて、本当に異世界を行き来できるようになり、世界の誰もが歓喜しました。
そうして、異世界に行った研究者が見たのは、夢の無い世界でした。
剣や魔法、冒険者にモンスター。
それまで創作で描かれたような、異世界の定番とも言えるそれらはありました。
ですが、それ以上に未開発な地域と、人々の生活水準の低さが目立ったのです。
その状況を改善するために、この国を含め世界の先進国が一丸となって、異世界開発プロジェクトを始動します。
数十年という長い年月をかけて、インフラを整備したり、誰もが公平に教育を受けられるようにしたり……。
結果的に、開発は成功します。
そして、地球と異世界の関わりは深くなっていき、次第に留学生を互いに送りあうようになりました。
地球人は、異世界に行って安全な環境で、その世界独自の文化に触れ、留学期間中に近辺に蔓延るモンスターを退治したりします。
異世界人は、地球まで来て先進的な教育を受けて、知識や技術を学んで、再び異世界へと戻り、世界の発展に貢献します。
この交換留学の動きが始まったのが、ここ十年以内のことです。
今では、年を重ねるごとに留学希望者が増えており、倍率は凄まじいことになっています。
そして私は、この異世界留学に興味を持っていました。
こんな自分を変えるきっかけになると思ったからです。
ですが……、
「やっぱり、私なんかじゃ無理なのでしょうね……」
応募する前から諦めていました。
一応、留学の条件自体は満たしています。
パスポート諸々はありますし、言語に関しても、現地の人々が地球人の言葉を学んでいるので、場所は限定されるのですが、言語を学んでおく必要もありません。
でも、倍率を置いておいても、学力は平均で、運動能力は誰よりも劣っていて、こんな私が異世界へ留学なんてできるはずがありません。
「……とりあえず、ダメ元でお母さんに相談してみましょう。絶対に無理でしょうけど……。絶対に無理でしょうけど!」
大事なことなので、大声で二回言いました。
その声が周辺に響き渡ったせいで、周りの人から白い目で見られます。
(やってしまいました……)
私は、赤らめた顔を手で隠して、駅へと向かいました。
* * *
私は、電車に乗っていました。
ネオンが輝く大都会を抜けて、しばらくした場所に、私の家はあります。
何の変哲もない、普通の一軒家です。
今の時代、普通が一番なんですけどね。
私は、鞄から鍵を取り出して、鍵を開けて玄関へと入ります。
「ただいまです!」
家の中に、私の声が響きました。
街中ではないので、白い目で見られることはありません。
すると、奥からお母さんがやって来ます。
「おかえり〜。今日のテスト、どうだった?」
「平均の66点よりも17点も下でした……」
「赤点じゃないんだし、気にする必要なんてないわ。そんなくよくよしてないで、準備しておいで」
「はい、承知しました!」
私は、階段を上がって自分の部屋に向かいました。
ちなみに、私と同じく桃の髪色をしたショートボブで、だらしない格好をしたパジャマ服姿の彼女が、私の母親です。
ですが、その格好とは相反して、かなり優秀な人らしいです。
頭は良く、責任感に満ちあふれていて、私とは正反対です。
顔は母似ですが、性格は父親譲りなのかもしれません。
私は、部屋に入って鞄を置いて、異世界留学のお知らせの紙をポケットに入れて、すぐにリビングへと向かいます。
リビングでは、すでに出来上がった料理を並べているお母さんの姿がありました。
私は、最低限のお手伝いをします。
そして、
「いただきます……」「いただきます」
食事を始めます。
ある一つのことを除いては、とくに話すこともないので、黙々と食事を進めます。
しかし、食事中そわそわし続けている私の姿が気になったようで……、
「えっと……何かあったの?」
お母さんがそう訪ねてきます。
私は、一旦お箸をおいて、ポケットから紙を取り出して、緊張しながら恐る恐る見せます。
「はい。学校からこのような紙が配られまして……」
お母さんは、しばらく眺めた後に、言います。
「それで、もしかしてこの異世界への留学に応募したいの?」
「はい、駄目でしょうか……?」
両手の人差し指をつんつんして、萎縮しながら言います。
すると、
「いいんじゃない? アヤミなら、心配することなんてないし」
あっさりと許可が下りました。
許されるわけがないと思っていたので、私は思わず、
「え? いいんですか?!」
思わず椅子から立ち上がって、驚いてしまいます。
その際に、手でばんっ! と大きな音を立ててしまったので、ごめんなさいとだけ言って、再び椅子に座ります。
お母さんは、少し間をおいて言います。
「うん、いいよ。アヤミは危機管理能力が高いから、危ない所に近付く心配は無いしね。まあ、応募が通るかは別問題だけど」
「お母さん……」
お母さんは、私のことをよく見てくれていました。
いつも、私ですら気付かないようないいところに気が付いて、積極的に褒めてくれます。
私にはもったいないほどの、大好きで頼りになるお母さんです。
「ありがとうございます。私、頑張ります! ……応募が通ったらの話ですが」
微笑ましい光景ですが、しつこいくらいに応募が通るかどうかの話が混ざります。
でも、仕方がないのです。本当に倍率が高い。いや、高すぎるくらいなのですから。
それから、食事を再開して、留学について改めて確認を行いながら、応募することを決めました。
留学にかかる費用は、政府が全額負担するので、金銭面の心配はありません。
応募期間は二週間で、締切からさらに二週間後に結果が出て、そこから手続きを行い、一ヶ月後に留学を行います。
つまり、異世界に行けるのは二ヶ月後です。
場所は、都内から少し離れた研究施設で、転移の装置がそこにあるので、そこから行きます。
最後に、留学期間は一年。長期留学になります。
さて、そうこうしているうちに食事が終わり、私は部屋に戻って、気が早いですが応募が通ったときのために、留学の準備を始めます。
「もし留学できたら、異世界でお友達を作りたいですね〜……」
残念なことに、私は学校に友達がいません。
敬語口調が抜けなさすぎて、常に一定の距離があるためか、親しくなることができなかったのです。
私を三つの要素で表すならば、『底辺』『臆病』そして最後に『敬語』が入ります。
もはや、直すことなどできないのです。
この世界で友達がいないのに、環境が変わった程度で友達を作れるようになるわけがない、ですか?
そんなこと言わないでください。泣きますよ。
私は、留学に想いを馳せながら準備を終えて、高鳴る気持ちを抑えるべく、お風呂に入り、その後寝ました。
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つまらないと感じた方も、わざわざここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次回以降基本的に後書きはありません。