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可愛い隠れオタ友とアニメ作りしませんか?  作者: 秋雪
第二章 飴をあげても手は繋がない
6/29

05

 戦場のような購買でパンと飲み物を調達した俺は、そのまま昇降口へと向かった。


 昼休みの昇降口に人気は無く、遠くから賑やかさの残滓だけが耳に届く。


 一応周囲に人がいない事を確認してから自分の下駄箱を開けると、そこには俺の靴と共に折り目正しく畳まれた紙が入っていた。




「……今日は校舎裏か」




 紙には綺麗な字で場所が書かれており、それを読んだ俺は靴に履き替え外へ出た。


 やがて校舎裏に辿り着くと。




「悠一君、こっちこっち」




 植え込みからニョキッと手が生える。一見ホラーかと思う光景だよ。もう慣れたけど。




「今日も植え込みの中か。最近はいつもここだな」




「えー、だってここなら滅多に見つからないでしょ?」




 声がした辺りを目指して植木をかき分けていく。


 木と植木の間には開いた空間があり、そこに嬉しそうに笑う冬雪がいた。




「さっきは本当にありがとうね。助かっちゃった」




「それは構わんけど、『メリバリ』とかマイナーすぎるだろ。俺達が生まれる前のアニメだぞ。俺が知らなかったらどうする気だったんだよ」




「んー、でも、知ってたでしょう?」




 冬雪がまるで疑ってもいない顔で俺に微笑みかける。まあ、知ってたけど。


 こうして昼休みにこっそり会うのが、俺達の日課となっている。


 基本的には冬雪が場所を選び、俺の下駄箱に場所を書いた紙を入れるというシステム。


 スマホを持っていない冬雪さんに合わせた形になっている。




「……とにかく今日も無事に会えたな。ほら、ミルクティで良かったんだよな?」




「うん、ありがとう。はい、お金」




 すっかり慣れた手順で、購買で買ったお茶を渡して代金を受け取った。




「あ、そういえばお前、アニメ作り断ったのまだ怒ってるのか? 教室ですぐ睨んでくるし、あれ地味に傷付くんですけど」




 芝生に座りながら俺が言うと、冬雪は少しだけ拗ねたようにそっぽを向いた。




「お、怒ってないもん。ただ悠一君が、他のクラスメイトとは仲良くするのに私には全然話しかけてくれないのが気になってるだけだもん」




「他のクラスメイトって……、大体佐藤君じゃん」




「それでもなの!」




 うーん、分からん。そんな風に思っていると、冬雪が誤魔化すように急いで弁当を広げた。




「それより早く食べよう? 悠一君は今日もパン?」




「おう見ろ。購買名物、うどんパンおでん味だ! すげぇだろコレ、めちゃめちゃ人気で中々買えないんだぞ!」




 俺が持つパンを見た冬雪が、何とも言えない微妙な表情を浮かべた。




「えぇ、なにそれ美味しいの?」




「美味いけど、どこを食ってもカツ丼の味しかしない」




「おでん要素はどこに?」




 こまけぇ事はいいんだよ! 百円でカツ丼食った気分になれるからコスパ最高、男子高校生の味方!




「冬雪はいつも通り弁当か。家の料理人が作ってるんだっけ? いつ見ても美味そうだな」




「あ、ううん。今日のは自分で作ってきたの」




 驚いた。冬雪の弁当は、普段持ってくるプロが作った豪華な弁当と遜色ない出来映えだ。


 各種サンドイッチの他、彩り豊かなおかずの数々が詰められており、一目で美味しさが分かるものだった。




「……あの、それでね、実は悠一君の分もあるんだけど」




「へ? 俺の?」




「うん。最近いつもパンだから、良かったらどうかなって」




 おずおずと差し出された弁当箱は、冬雪が持っているものよりも一回り大きい。


 中身は同じ。けれど男子の好みに合わせて、から揚げや肉巻きなどが多めに入っている。




「わざわざ、俺のために? 何でだ?」




「んー……、お礼?」




「お礼を言われるような事をした覚えはないんだが」




「じゃあ、これでコロっと心を動かされて一緒にアニメ作りしてくれないかなぁと思って」




「悪巧みがえげつない」




 そんな理由で男子高校生に手作り弁当を渡さないで欲しい。コロっといっちゃったらどうすんのマジで。




「俺には無理って言っただろ? 大体何でアニメ作りなんてしたがってるんだよ?」




 俺が自分用に買った緑茶を開けながら言うと、冬雪は唇に指を当てて考えてから。




「えー、だって二人ともアニメ好きでしょ? それで悠一君は3Dが作れて私は絵が描けるでしょ? そしたらもう、二人で一緒にアニメを作るしかなくない?」




「なんでやねん。アニメなんてそんな簡単に作れるものじゃないって」




「えー、でも有名な監督さんで元々は一人で3Dでアニメを作ってた方もいるじゃない。それってやろうと思えば、アニメ作りは一人でだって出来るって事でしょ?」




「天才に出来るからって自分にも出来ると思うな。第一、大事なのは作ったものがちゃんとしたものになるかだろ。3Dでちゃんとアニメを作るのは本当に難しいんだよ。少なくとも俺だけでは絶対に無理だ」




「そうなの?」




 俺の言葉を聞いて、冬雪が怪訝な顔になった。




「例えばどういった所が難しいの?」




「色々ありすぎて困るけど、挙げるなら人の動きとか。3Dで作られたアニメを見て何か違和感を感じる事あるだろ? そもそもアニメはアニメーターのような動きのプロが描くから良い動きになってるんであって、それを素人が3Dを使って真似しようとしたってうまくいかない。機械は拘らないからな。ただ動かすだけじゃダメなんだ。全てのシーンで、無駄のない魅力的な動きが出来てなきゃ……。な、なんだよ。妙に生温かい目をして」




「ううん。ただ悠一君は、やるなら良いものを作りたいんだなーと思って」




「べっ、別にそんな事は」




「それに、今の口ぶりだと試した事はあるんだよね? アニメ作り」




 クラスメイトに向けるものとは違う顔で、冬雪が俺を覗き込んでくる。


 ていうか顔が近すぎてドキっとするんだけど。




「……似たような事をやった事があるだけだよ。それよりさっさと食おうぜ。昼休みが終わっちゃうぞ」




「もー、いっつもそうやって誤魔化すんだから!」




「別に誤魔化してるわけじゃないしぃ」




「もう……。じゃあ、はい! アニメ作りしなくてもいいから、どうぞ!」




 冬雪が口を尖らせながら弁当を差し出してきた。




「へ? いいのか?」




「うん、というか貰ってくれないと逆に困る」




 目の前の弁当は、結構な手間がかかっているのが見て取れる。これをわざわざ俺のために作って来てくれたのだとしたら、断るのは忍びない。




「じゃ、じゃあ頂きます」




「はい、どうぞ。お口に合うかは分からないけど」




「ああ、ありがとう。じゃあ代わりに俺のうどんパンをどうぞ」




「あ、うん……」




 冬雪が微妙そうな顔でうどんパンを受け取った。


 俺がちょろいって? うるせぇ女子の手作り弁当だぞ。何かの心づもりがあったとしても、まとめて飲み込むのが男ってもんだろぉ!


 なんて漢気を出すとか出さないとかはあったりなかったりしたけど、俺達はさっそくいただきますをして、それぞれの弁当に口をつけた。




「うまっ!」




 冬雪が作ったサンドイッチは、マジで店で出されるレベルのものだった。


 たまごサンドは卵とマヨネーズのバランスが絶妙で、中に入ってるベーコンの塩味が良い。


 次に食べたサラダサンドも風味が豊かで、次々に口に運んでしまう。




「まじで美味い。すげーな冬雪」




「本当? ちゃんと出来て良かった。わ、これ本当にカツ丼の味がするよ?」




 冬雪も俺があげたうどんパンを食べて複雑な表情を浮かべていた。




「ね、悠一君はさ、食べるなら購買のパンとお弁当、どっちがいい?」




 何なのその二択。正解するとどうなるんですかね。




「美味けりゃなんでもいいよ、俺は」




「むー」




「なんだよ?」




「別に!」




 プイっと顔を逸らす冬雪。さっき笑ってたのにもう怒ってる。




「……まあ、購買よりは冬雪のご飯の方が美味いと思う」




 たった一言で、冬雪の顔いっぱいに喜色の色が浮かんだ。




「じゃ、じゃあさ、またお弁当作ってきても、迷惑じゃない?」




「迷惑ではないけど、そのうち妹の機嫌が直ってまた弁当持ってくる事になるかも」




「大丈夫だよ。こうして匂いを付けておけば、多分まだしばらくは」




 うん? 何か冬雪さんが不穏な事言ってますけど。




「じゃあまた作ってくるね。あ、それと頼まれてた例のもの、悠一君のロッカーに入れておいたよ。後で見つからないように持って行ってね」




「あ、ああ。ありがとう。じゃあしばらく借りるな」




 けれど、その事に言及する間もなく話題が移ってしまった。


 頼んでいたものとは、冬雪が所有している少女漫画の事。


 俺が読みたかった漫画を冬雪が持っていたので、貸してもらう約束をしていたのだ。


 漫画の貸し借りっていいよな。


 ネットの情報と違って誰かのオススメは実際に面白い事が多いし、友達と一緒にその漫画について話す楽しみまで増える。最高かよ。




「でも、男の子でも少女漫画って読むんだね」




「普通に読むよ。面白いものは男女の垣根なく楽しめるしな」




 傾向は違うけれど、面白ければそんなもん気にはならない。


 ただ、少女漫画のコーナーってめっちゃ入り辛いんだよな。何なんだろうね、あの『男は近付くな』オーラは。近付くだけで通報される危機を覚えてしまう。女性も少年漫画のコーナーに同じ印象を持ってたりするんだろうか




「普段は電子書籍で読んでるけど、電子書籍だと店舗販売特典が貰えないのがなぁ」




「あ、それなら今度からは私が買ってきてあげよっか?」




「まじでございますか?」




「うん、そのかわり、ね?」




 何かを期待する顔で冬雪が俺を見上げてきた。




「なるほど、少年漫画の方は俺に頼みたいという事だな?」




「ううん、そうじゃなくて、買ってこいって命令して欲しいの」




「なんでやねん」




 思わず突っ込むも、冬雪はキラキラした目で身体を寄せてきた。




「……なんでやねん」




「悠一君は、こういうオタク的なお願いされても軽蔑しないんだよね?」




「全然オタク的じゃないし、妙に生き生きしてるのがこわい」




「次は壁ドンと顎クイが怖い?」




「まんじゅう怖い的なアレじゃないんですけど!?」




 やばい。何かめっちゃ命令させようとしてくる。そういえばすっかり忘れてたけど、この子メイドに憧れる系女子でしたわ。




「ね? 『俺だけのために少女漫画買ってこいよ』って命令して? ね、して?」




「いや、今は持ち合わせがないので……」




「金も全部払えって言って? ね? ね?」




「ドクズじゃねぇか!」




 ぐいぐいと袖を引っ張ってくる冬雪。まずい方向にロックオーン。




「他にしてほしい事はない? 何でもするよ? むしろさせて?」




「命令させようとしないでお願い」




「ご主人様って呼んでいい?」




「全然聞いてくれねぇ! って、こらこらこら、そんなに引っ張るな、どわっ!」




「ひゃっ!?」




 強めに袖を引かれた際にバランスを崩し、冬雪にもたれかかってしまった。


 慌てて地面に手を付け、冬雪を押し潰すのだけは何とか回避したが。




「すまん! 怪我はないか!?」




「…………」




「……あの、大丈夫か?」




「ゆっ――」




「ゆ?」




「床ドン、されちゃった……」




 駄目そうだ。メス犬の顔してる。




「ご主人様、意外と大胆……」




「すぐどきますから! 今すぐに!」




「ううん、いいの。あのね、私、将来は海辺の白い家でご主人様に仕えたいな?」




 重っ。ちょっと体制崩しただけでどこまでいっちゃったのこの子。


 のしかかったのは俺なのに、のしかかられてるのは俺でした。何を言われてるか分からないと思うが、俺も何も分からねぇ。


 俺が慌てて身体を起こすと、裏切られたような顔してくるし。


 このまま俺の人生設計の話になってしまうかと思いきや、天が味方したのかそこでタイミング良く予鈴のチャイムが鳴った。




「ほらほら。午後の授業が始まるから教室戻ろうぜ」




「うぅ、せめてあと五分あれば……」




 五分で何が出来たんですかね。




「急げ急げ、時間ないぞ」




 冬雪は良い子なので授業をサボるという選択肢はない。俺をハメようとはするけど。


 結局冬雪は俺の言葉にのそりと身を起こして、身体に付いていた土や葉を落とし始めた。


 それから二人で急いで弁当を片付ける。というか実は結構ホントに時間ない。


 二人で一緒に教室に戻るわけにはいかないので、時間を置いて教室に戻る必要があるから。




「じゃあ俺はもう少しここにいるから、冬雪が先に戻ってくれ」




「うん、悠一君も遅れないでね」




 ここが人気がない場所で良かった。ここなら人目につかずに時間をずらせるし、さっきみたいな場面も見られずに済む。もし誰かに見られでもしてたら、大変な事になってたはずだ。




「……ん?」




 ふと植木がガサリと鳴った気がして、顔を上げた。




「どうしたの?」




「いや、何か音が鳴った気がしたけど」




 物音はそれ以上する事はなく、俺達は二人で首を傾げる。




「気のせいだったかな。こんな場所に人が来るわけないか」




「そうだね。あ、本当に時間ないから、もう行くね」




 そう言って冬雪は植木から出て行く。その後、数分を置いてから俺も植木を出た。

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