01
それはまだ俺が小学六年生だった頃。昼休みの教室で起こった。
『あれ、かがりさんが持ってるその本の表紙、もしかして音乃メグ?』
その時俺は、クラスメイトの女子が一冊の本を持っているのを見て、つい話しかけたのだ。
かがりさんが持ってたのは、当時ネットで人気のキミオトというアニメのファンブック。
当時にして既に生粋のオタクだった俺は、思わぬ出会いに胸を高鳴らせていた。
『え、あ、綾瀬君もこれ知ってるの?』
『もちろん知ってるよ! その本ってキミオトだよね? すっごく面白いよね!』
気のせいかもしれないが、その時のかがりさんは少しだけ嬉しそうに笑っていた気がする。
『そ、そうなんだ。綾瀬君も……』
『俺も音乃メグがすっごい好きだよ! めっちゃ可愛いよね!』
『…………』
けれど、この時にはもう、怒ったような顔になっていたんだ。
『……へぇ。綾瀬君は、そんなに音乃メグが好きなんだ』
『うん! あ、やっぱりかがりさんもそうなの?』
別に多くを求めてたわけじゃなかったんだ。
ただ自分が好きなものを語り合えるという可能性に、思わず喜んでしまっただけだ。
けれどかがりさんは顔を真っ赤にして、涙すら浮かべて俺を睨んできた。
『はあ? 私がこんなキモいのを好きなわけないでしょ!』
『えっ……』
『キモいキモいキモいキモいキモい、ほんっとキモい! だいっ嫌い! 綾瀬君なんてだいっ嫌い! みんなー! 綾瀬君がこの気持ち悪い本を好きだとか言ってるよー!! 本当に気持ち悪いよね! オタクってすっごく気持ち悪い!』
一方的に気持ち悪いを連呼するかがりさん。そんな彼女に俺はとてもショックを受けた。
自分が好きなものが嫌われているという事実。そして自分がその話をしたせいで、自分が好きなものが気持ち悪いと言われてしまった事実。
そんな事が起こりえると知ったその日から。
俺は、自分がオタクであるとは言えなくなったのだ。
◇◆◇
(限定版がありゅううううううううううううううう!)
高校入学からひと月ばかり経った日の放課後。
俺は街の片隅の古い書店で立ち尽くしていた。
(こ、これっ、花盛りの婚約者達の限定特装版じゃねーか! 何でこんな所にあるんだよ!)
目の前には一冊の本。
明らかにオタクをターゲットにしたデザイン。表紙に描かれた、美少女と『花盛りの婚約者達』というタイトル。その本を見て、俺は思わず喉を鳴らしていた。
震える手で本を取る。立ち読み禁止のビニールすらかかっていない。にも関わらず、状態は非常に良い。
まだ信じられず、隅々まで眺める。そしてようやく一つの結論に至った。
……本物だ。
花盛りの婚約者達。既刊は七巻。学園ハーレムラブコメでありながら、型破りな設定と抱腹絶倒なギャグ、そして圧倒的な画力で読者を魅了する、超々々々々々々々大人気漫画だ。
内容は少年向けだが、女性からの支持も厚く売り上げは既に三千万部を超えている。
そんな人気漫画が、初期のほんの一時期だけ出していたのが、数量限定、特別仕様のこの限定特装版。オタク達の間では限定版と呼ばれる本だった。
動揺しつつも唾を飲み込んだ。オタクなら誰でも求めてやまないものが、目の前にある。
内心の興奮を隠しつつ、俺はそれをレジに持って行こうとして――。
「ダメだー。悠一、あっちには参考書なかった」
不意に聞こえた声に、慌てて本を棚に戻した。
「やっぱこの本屋にはないかなー? ん、そんなに汗かいてどうした?」
ひょこりと現れた男子高校生――佐藤君が、俺を見て不思議そうに首を傾げていた。
彼とはひと月前にクラスメイトになったばかり。今日は彼が参考書を買う目的で、彼に案内されて見知らぬこの本屋にやってきた、のだが。
「何だ悠一、トイレか? 我慢せずに行っとけよ。ここで待ってるから」
「ここで……だと!? いや、ここは駄目だ。せめて半径三十メートルは離れないと……」
「何でお前のトイレを待つだけで、そんなに離れにゃならんのだ!」
ここにいたら、限定版に気付かれちゃうからだよ!
とは言えず、俺はただ歯ぎしりをしていた。
チラリと伺うと、佐藤君の目は参考書を探して棚から棚へと巡っている。
どうやら目の前の限定版に気付く様子はなく、俺はそれを見てホッと胸を撫で下ろした。
「良かった。佐藤君は非オタか……」
「ん? 何か言ったか、悠一?」
「い、いや、何でもない。それよりこっちは漫画のコーナーだから、あっちを探そうぜ」
言いながら俺は参考書を探す為に一度その棚を離れた。
非オタとは、アニメや漫画、ゲームやラノベなどに興味の薄い『普通の人』の事だ。
世の中には、オタクと非オタがいる。
具体的には、アニメや漫画が好きな人がオタク。そうじゃない人が非オタだ。
佐藤君はといえば、目が漫画やラノベの上を軽く滑ってる所から、明らかに非オタの側。
一方、俺はオタクの側だ。
日々漫画やラノベを廃ペースで消費し、業界に還元し続けるオタクの中のオタク。何なら俺が業界を支えていると言っても過言ではない。いや、やっぱ過言だわ。いつもありがとうございます。
そんな俺は、過去の出来事からオタクである事を隠している。
そしてそのせいで、今窮地に陥っていた。
俺は注意深く佐藤君の動きを予測しながら、もう一度さっきの棚に戻ってきた。
この限定版、今や本屋で買う事は出来ず、定価四百円なのにネットでは余裕の諭吉超えをしているのだ。
いや、もちろん転売なんてする気はない。この本は純粋に欲しいとずっと思っていたのだ。
店内には俺と佐藤君以外の客は見当たらず、佐藤君も今は店内を巡っている。
右見てヨシ! 左見てヨシ! はい、いただきまーす!
「悪いな悠一、付き合わせちまって。もっと簡単に見つかると思ってたんだけどなぁ」
「い、いや、大丈夫だよ。特に急いでないし、ゆっくり探そうぜ」
伸ばしかけていた手を、ヒュバっと慌てて引っ込めた。
ありゅのおおおおおおおおおお!
そこに花盛りの婚約者達の限定特装版ありゅのおおおおおおおおおおお!
という内心は一切声に出さなかった。
付き合いはまだひと月。オタクである事を打ち明けるにはまだ早い。
いや、そうでなくても俺は打ち明けられなかっただろう。
彼がこういうものに興味はなくても馬鹿にするような人ではない事は分かっている。
けれど実際にオタクをバラそうとすると、決まって脳裏に蘇る記憶があるのだ。
『キモいキモいキモいキモいキモい、ほんっとキモい! オタクってすっごく気持ち悪い!』
「あっああああああああああああああ、うっぜえええええええええええええ!」
「うおっ!? ど、どうした悠一!?」
「い、いや、すまん。何でもない……」
嫌な記憶が開いてしまった。必死に記憶を押し込めて封印する。それから目尻に浮いた涙をそっと指でぬぐった。
あいつ、マジで許さん。
あの時、かがりさんはたまたま校庭でキミオトの本を拾っただけらしかった。
そんな彼女に話しかけてしまったが故に、俺は散々罵倒されて嫌われた。
それからの俺は、小学校を卒業するまでの一年間、クラスメイト達にボロックソにけなされたり馬鹿にされたり、オタクメガネというありがたくないあだ名を頂いたりまでしたのだ。眼鏡をかけた事はないのに。
あの時の心の傷は一生消えん。
何よりも、かがりさんは音乃メグまでもを気持ち悪いと言った上に、これ見よがしにファンブックをゴミ箱に捨てやがったのだ。
俺をいじめ続けた事については一万歩譲って許そう。だが、本を捨てるのは駄目だ。
からかわれた事も悔しかったが、それ以上に自分が好きなものがぞんざいな扱いを受けた事が本当に悔しくて辛くて、その後俺は誰もいなくなった教室のゴミ箱からファンブックを拾って一人泣いたのだ。
もしあの時、俺がかがりさんに声をかけなければ、もしかしたらあの本があそこまでの仕打ちを受ける事はなかったかもしれない。
そんな事があって以来、俺は自分がオタクだと言えなくなってしまった。
本当はオープンなオタクが死ぬほど羨ましい。けれど、好きな事を好きに語った結果、好きなものが馬鹿にされるくらいなら、何も言わない方がいい。
そうして俺は、決して人前でオタクだとは明かさない、隠れオタになる事を決めたのだ。
だからもちろん、俺は至って冷静に佐藤君に受け答えでkkkkkk、ああああああああああああ、らめぇ! そっち行ったら限定版に近付くかららめぇ!
「お、おい悠一大丈夫か? 何か震えてるけど」
「ああ、大丈夫だ。問題ないいいいい」
これ以上ここに居たらどうなるか分からんわ。さっさと参考書を探して店を出よう。
俺は札束を捨てる気概で漫画の棚を後にする。なぁに、後でこっそりここに来ればいい。
隠れオタをやってると、こんな事がちょくちょくある。
例えるなら、人と見てるテレビでアニメの曲が使われた時に、心は「おっ!」ってなってるのに身体が待ったをかけるあの感じ。あれがずっと続いてるようなもんだ。
辛いけどこればっかりは仕方ない。いや、むしろオタ友とかが居たら、きっとこの場面では限定版を求めて殺し合いをしていたはずなので、むしろ良かったとすら言える。
結局俺は限定版を手にする事なく、参考書を求めて店内に目を巡らせていた。
「あれー、何で拓真がいんのー?」
そんな中、不意に入り口が開くカラリという音と共に、少女の声が店内に響いた。
声に目をやると、入り口にはセーラー服の少女が二人。ショートカットの子と、その後ろにもう一人、黒髪ロングの少女がいる。
ちなみに拓真というのは佐藤君の下の名前だ。俺はまだ呼べてない。
親しげに佐藤君を名前で呼んだ少女は、トテトテと俺達の方に近付いて来ると。
「どったの拓真。まーた音楽の雑誌でも買いに来たの?」
「ちげーよ参考書を買いに来たんだっつの。そういうお前こそ何してんだよ、亜衣」
「本屋に来たんだから本を買いに来たに決まってんじゃん」
亜衣と呼ばれた少女は佐藤君の肩を叩く素振りを見せ、佐藤君はさも面倒そうにそれを払いのけた。
どうやら二人はかなり親しい様子。あらやだ、俺ってばもしかしてお邪魔?
そんな感じで隣でモゴモゴしてると、彼女は俺にも人懐っこく手を振ってきた。
「どもどもー。私は拓真の腐れ縁の亜衣って言うんだ。君もタメかな?」
「あ、ああ、俺は綾瀬悠一。佐藤君と同じクラス」
あ、この子、良い子ですわ。
友達の友達なんてただの他人なのに気さくに挨拶してくれるとかマジ天使。
「あ、七組なんだ。じゃあ冬雪とも同じじゃん。って、冬雪何してんの。早く入りなよ」
亜衣ちゃんが振り返り、戸の向こうに声をかけると、もう一人の少女が「う、うん」と返事をして、おずおずと店内に入ってきた。
「ご、ごめんね。何だか入るタイミングを見失っちゃって」
困ったように言いながら、長い黒髪を揺らして店内に入る少女。
その少女が現れた途端、明らかに空気が変わった。
冬雪と呼ばれた少女は、店内を眺めた後大きな目を瞬かせて嬉しそうに微笑む。
それを見た佐藤君が、キョドりながら亜衣ちゃんの耳に口を寄せた。
「な、なあ。何で女郎花さんが亜衣と一緒にいるんだ?」
「はあ? 友達だからに決まってんじゃん。ていうか耳に息かけないでくれます? 気持ち悪いんですけどぉ」
「亜衣みたいなちんちくりんが? 嘘だろ?」
佐藤君が驚くと、亜衣ちゃんが不機嫌そうに唇を尖らせた。
「別に冬雪と私が友達だっておかしくないじゃん」
「いや、だって、あの女郎花冬雪だぞ? 校内どころか県内でも一番の美少女と名高く、成績も運動神経も抜群。入部してる美術部では早速コンクールで入賞して、市の美術館に絵が飾られてるらしいじゃんか。おまけに家も資産家でこの辺りの名士。何より俺達とは中学も違うから接点なんて何もない」
冗談みたいな話だが、本当の話だ。
ついひと月前に行われた入学式の際に、新入生代表として壇上に上がった彼女を見て生徒と保護者が残らずざわめいた程の美少女。
その優れた容姿に惚れる者多数。瞬く間に噂が広まり、その美少女っぷりに校内どころか他県からすら男子生徒が見に来る事態となった。
そうした男子にも一目惚れされ、告白されているのをこの一ヶ月で少なくとも十回は見た。
クラスの女子曰く、ここまでくると笑える、とか何とか。
「そんな子が亜衣と友達なんて、何かがあったとしか思えん」
「私を何だと思ってんの? 入試の時に席が近くて話すようになっただけよ! ね、冬雪」
「う、うん」
「本当かぁ? クラスだって違うし、もう接点ないじゃねーか」
「入試が終わってからも、ちょくちょく遊んでたの!」
亜衣ちゃんは肩を怒らせ、佐藤君を睨んだ。
「てか、あんたらだって同じクラスなんだから知り合いでしょ? 何でそんな他人行儀なの」
「いや、同じクラスって言ったって、なあ悠一?」
「お、おう」
わかるでしょ、ってな感じの視線を送ってくる佐藤君に、俺も頷く。
ぶっちゃけた話、目の前にいる少女、女郎花冬雪は、同じクラスにいるというだけの全く違う世界の人間だった。
あちらは学校中から注目を集める有名人。こっちはクラスでも目立たない日陰者。
よって日頃から接点はなく、話した事だってない。
というか彼女の周りにいつもいるサッカー部のエースだとか読モやってる子だとかがガードしてるから、話しかける隙もない。
「はあ? 何それバッカみたい」
なのだけど、亜衣ちゃんにはどうでもいい事らしく、つまらなそうに佐藤君の腕を掴んだ。
「そんなくだらない事言うくらいなんだから、どうせ暇でしょ? 私、欲しい雑誌があるから拓真も一緒に探してよ」
「は、やだよ、何でだよ意味わかんねーよ。いてて、引っ張んなよオイ!」
「いいじゃん。参考書なら私が後で貸したげるからさ。というわけで冬雪ごめん、ちょっと悠一と話してて」
言いながら亜衣ちゃんはあれよという間に佐藤君の腕を引っ張り、雑誌がある棚へと歩いて行ってしまった。
残されたのは、ポカンとする俺と冬雪だけ。
「……亜衣ちゃん達行っちゃったけど、これは邪魔しない方がいい、のかな?」
「そうかな。多分そうだよな」
ピンと……きた! なんて第六感に頼る必要もない。
そりゃあもう、ラノベの主人公とヒロインかよってくらいに仲が良さそう。
逆に残された俺はちょっと気まずい。学校一の美少女リア充と何を話せばいいの。
「えっと、話すのは初めてだね、悠一君」
「あ、ああ、うん。女郎花さんも本を買いに来たの?」
「ううん、私は亜衣ちゃんの付き添い。あ、私の事も冬雪って呼んで、ね?」
「は、はい」
すげぇ、さすが陽の者だ。ナチュラルに名前で呼んできた。あまりに気安くて普通に話せちゃったよ。
そんな俺の動揺を知らず、冬雪は店内を物珍しそうに見回していた。
「結構良い雰囲気の本屋さんなんだね。ね、悠一君は本とか読むの?」
冬雪が、棚の間をゆっくり歩きながら俺に微笑みかけてきた。
「ま、まあ、ぼちぼち、かな。冬雪は本は読むの?」
「私も……ぼちぼち、かな」
冬雪は小さな声で答え、あてもなくといった様子で棚に並ぶ本を眺めていく。
「へぇ。このお店、初めて来たけど結構品揃えが良いんだね」
さすがは美少女。店内を歩くだけでも絵になり、その姿はまさしく大和撫子そのものだ。
「ああ、雑誌とかも結構揃ってていいよな」
「ね。これから、一人でもこのお店に来ようかなぁ」
当たり障りのない会話をしながら、一定のペースで店内を歩いていた俺達。
けれど漫画の棚にさしかかった辺りで、突然冬雪の足が止まった。
「え、これ……」
その目は一点を見つめる。やがて冬雪の手は、思わずといった様子で棚の方に伸び――。
「冬雪?」
「ふひゃあああああああああっ!?」
様子のおかしさに俺が声をかけると、突然素っ頓狂な悲鳴をあげた。
それから冬雪はすぐにハッとなり、両手で口を押さえて俺を見た。
「ゆ、ゆゆゆゆ悠一君?」
「……び、びっくりしたぁ。何事?」
「あ、ううん。ごめんね。何でもないの。ただちょっと……、そう虫! 虫がいたの!」
「虫……?」
言いながら、冬雪は動揺を抑えるように大きな胸に手を置く。
俺はさっき冬雪が見ていた辺りに目をやってみる。
そこはさっき俺が見つけた花盛りの婚約者達がある辺りだが、虫の姿は見えない。
「なになにー、どったの?」
そんな中、悲鳴を聞きつけた亜衣ちゃん達が寄ってきて、冬雪が慌てて手を振っていた。
「う、ううん何でもない! ただ、ちょっとビックリ、じゃなくてシャックリが出ちゃって」
「えー、本当に? そのわりには全然出てないみたいだけど」
「ほ、ほんとだよぉ。ひっくひっく。あー、つらいなー」
どこかぎこちなく言う冬雪を、亜衣ちゃんが半目で睨む。これは疑ってる顔ですわ。
ていうか冬雪さん嘘が下手すぎでは? そして虫の話はどこにいっちゃったの。
「ねえ冬雪。もしかして悠一に『ぐへへ、お嬢ちゃんパンツ何色?』とか言われた?」
「いつの変態だよ! 今時そんな奴見た事ねぇよ!」
疑わしげに視線が俺に向けられた。解せぬ。
「いや、でも冬雪はこの通り可愛いから、つい魔が差したりとか……」
「ち、違うよ! 本当に何もないの! えっと、そう! 宿題するのを忘れてたの!」
えぇ……。シャックリはどこいっちゃったの。
そんなたどたどしく弁明する冬雪を、亜衣ちゃんがじっと見つめた。
その顔には明らかに「怪しい……」と書いてある。
もっとも無理矢理聞き出すのも本意ではないようで、結局亜衣ちゃんは自分を納得させるように頷くと。
「ふーん、そっか。じゃあ良かった。悠一も疑っちゃってごめんね!」
「……別に、最初から気にしてないし?」
全然怒ってないし? ちょっと変質者に疑われただけだしね?
「ちょ、ちょっと悪かったってば! あ、そうそう。さっき拓真と話してたんだけどさ、この後このメンバーでカラオケいかない?」
慌てたように言う亜衣ちゃんの提案に、俺と冬雪は同時に顔を見合わせた。
「二人とも待ってもらったし、お詫びに奢るから! ね、せっかく悠一とも知り合えたし!」
「俺は妹に帰りが遅くなるって連絡すれば大丈夫だけど。冬雪は?」
「うん、私も大丈夫だよ」
「やった! じゃあ決まり! そしたらすぐ買いものしてくるから、ちょっと待ってて!」
亜衣ちゃんは嬉しそうに手を打ち合わせて、そそくさとレジへと走って行く。
それをやれやれといった様子で追っていく佐藤君。俺もその後に続いていく。
その直前、チラリと覗き見た冬雪は、何故か何かを我慢するように唇を引き結んでいた。