第10章 13
「ある時、ラバンはアマンドラに帰ることを決めた。あそこは全ての始まりの地であり、終着点にしたいと思っていた場所であり、ラバンにとっては再出発の地だった。宵空を巡る戦いにはもううんざりしていたんだ。家族と会えない暮らしにも。そうして故郷に戻ってきたラバンは、魔術師たちやアマンドラの役人たちに働きかけ、宵空を守る同盟を作った。昔の陰惨な醜聞を水に流し、宵空をアマンドラ全体の問題とするように。宝石目当てのならず者が街に集まってくるのは人々にとって好ましい状況じゃなかったからな。宝石は破壊されたという噂を役人に流させ、魔術師たちが何重もの守りをベガの館に施した。__しかし、それは無駄骨だった」
最後の一言を、オグマは冷たく投げ出すように付け加えた。
「結局、ラバンが思っていたよりも皆が宵空を独占したがっていた。上っ面では協力するふりをしておきながら、陰では宵空を奪取するための駆け引きが絶えず行われていた。おそらく、ラバンだってそのことは察知していたはずだ。しかしせっかく積み上がった同盟を崩すようなことは言わなかった。互いが牽制し合うことで却って安全が保たれると考えていたのかもしれない。
その緊張状態のままで、一年は過ぎた。その間に、ラバンの奥さんは二番目の子を授かった。ラバンは喜んだが、また娘であったらと恐れていた」
娘じゃなかったら。男の子だったら。悪意はどこにもない。だけど姉妹が生まれてきたこと自体を否定されているようで、あんまり良い気分はしなかった。
「子どもがもうすぐ生まれるかもしれないという頃だ。魔術師どもが突然反旗を翻した。一人の魔術師__などと曖昧にする必要もないな。ガイールに率いられ、ベガ家から宵空を盗み出したのだ。宝石のありかを彼らに教えたのは、奥さんだった」
「お母さんが? どうして」
「後で告白されたのだが、彼女はガイールの妹だ。兄に命令されてベガ家を探るためにラバンに近づいたんだ。宵空の在処、ラバンが使う魔法の微妙な癖、館の内装、館に住む者の行動パターンまで。さらに言うなら、旅をしていたラバンに戻ってきてほしいと懇願したのも彼女だ。兄の拠点もアマンドラ・ルートの中にあったから、ラバンがアマンドラに暮らしている方が都合がよかった」
わたしは顔をしかめた。お母さんのことを悪く思いたくはない。だけど。
「娘まで生んだのに、お父さんを愛してはいなかったの?」
「まさか。奥さんはラバンやロザのことをとてもとても愛していた。最初は情報目当てだったが、次第に兄に従うのが耐えられなくなったと言っていたよ。これ以上家族を裏切りたくない、だが決別を告げれば兄は私のことを殺すだろう。だから、いっそのこと今一度にケリをつけてしまおう。夫たちならきっと兄を追放してくれる……そう思ったのだと彼女は泣きながら俺たちに言った」
それでもやっぱり、自分勝手だ。
「さて、奥さんから話を聞いた俺たちは即座に行動を起こした。奥さんの案内でガイールの隠れ家に向かった。ここ、オルバ村にあったんだ。当時は魔術師が何人もオルバに住んでいて、彼らの家がいくつも建っていた。今はそのほとんどが打ち壊されてしまったが。
オルバ村に到着し、ラバンが派手な魔法を発して魔術師どもを惹きつけた。隠れ家から出てきた魔術師がラバンと戦っている間に、俺と奥さんは家に侵入した。奥さんは宵空の隠し場所が分かると言った。二階にあるガイールの寝室だ。彼女が扉を開けた瞬間、仕掛けられていた鉄砲が彼女の胸を撃った。庇う暇もなかった」
オグマの声がかすかに震えている。わたしはそれに気づかないふりをした。伯父さんとハリルのことを思う。今頃どこにいるんだろう。
「その後、誰かが部屋に入ってきた。俺は……怒りに任せて魔法を放った。上がったのは女性の悲鳴だった」
オグマは、わたしが悪くないと言った。それならオグマだって同じくらい悪くない。
「気づいた時には、ガイールの恋人が倒れていた。顔を知っていた……よく知られた魔術師だ。床には彼女が抱いていたに違いない赤ん坊が投げ出されて泣いていた」
「その女の人、長い黒髪だった?」
唐突な質問に、オグマは無言でうなずいた。
「目の色は?」
「琥珀色だ……君と同じ」
夢の中の「母親」の笑顔が蘇った。
「__悲鳴を聞きつけてか、ガイールが様子を見に上がってきた。そして、倒れている恋人と妹、赤ん坊を抱き上げて呆然としていた俺を見た。彼の魔法の火は制御なしに爆発し隠れ家は崩壊した。瓦礫の山から抜け出した俺はラバンに何が起きたかを話した。ラバンは、生き残った赤ん坊を自分の娘として引き取った。あれっきり今まで、ガイールと宵空の行方は全く分からなかった瓦礫を取り除いてみても誰の遺体も一つも見つからなかった」
やっと分かった。わたしがあの部屋に行かされた理由が。あそこで見た夢の正体が。
あの幸せな家族は、本来はわたしの未来であるはずだった__。
オグマはもう口を閉ざした。血走った目で、わたしを待っている。
何を待っている? 何をしてほしいの?
笑いがこみ上げてきた。
「ずるいよ、オグマさん」
今さらこんな真実を突きつけて。今まで話す機会なんていくらでもあったはずなのに、何一つ説明せずにただわたしを守ろうとして、伯父さんから遠ざけて、しまいには命を落とすところだった。
それで償いになるとでも思っているの?
オグマはまだ黙っている。今はわたしの話す番なんだ。
その時わたしは気がついた。今、わたしが死んでと言えばオグマはすぐに従うだろう。逆のことも言える。一人の人間の命運がわたしの手の中にある。それがどんなに恐ろしいことか、咄嗟に理解できて体が震えた。
せっかく取り戻すことができた命なのに、そこまでの価値がなかったと思ってしまう自分がいる。なんて薄情なんだろう。だけど、それを叱ってくれる人はもうどこにもいないのだ。ベガのお父さんも、本当のお母さんも。そして記憶すら何もないから想像することだってできやしない。
ひどく憎かった。オグマが? いや、この人だけじゃない。宵空一つに全てを張ろうとしたガイールも、乗っかった魔術師たちも、知らぬ顔でわたしを引き取ったお父さんも何もかも。自分を取り巻く全てが憎い。
ううん、全てじゃない__リート君やノールがいる。自分のことよりよく知っているノール、親切で健気なノール。純真なリート。あの子たちに顔向けできないことは絶対にしたくない。少なくとも、記憶があるうちでは。オグマが死んだらリートは悲しむ。伯父さんがいなくなったらノールも悲しむ。
だったら、もうわたしのするべきことは決まっているんじゃない?
わたしは、固まったままのオグマに身を寄せた。そして背中に両腕を回した。モリの甘い幻惑を思い出しながら囁いた。
「わたしは許してあげる」
残念、オグマの顔は見えない。
「だから、一緒に伯父さんに謝りに行きましょう」
オグマが身じろぎした。わたしはそっと腕を下ろし、顔を見た。歯を食いしばってる。そのままじゃ擦り切れちゃうわ。
「怖い?」
オグマはゆっくりと首を振った。それから左手を頭の上にまっすぐ伸ばした。指の先に灰色の炎が灯る。この朝の陽光の中じゃほとんど見えない。




