第10章 12
それなのに! オグマだけが笑っていない。むしろ困ったような顔。
ノールが言う。
「皆あたしの家においでよ、朝ご飯出してあげる。そこの魔物ちゃんたちも」
魔物ちゃん?
クレーがにやりと笑う。
「そりゃいい。ちょうど腹が減ってたんだ」
わたしたちを食べる気じゃないでしょうね。
「いいの、ノール? 大勢で詰めかけて……」
ノールは微笑んだ。
「いいよ、勿論。こんなに賑やかなのははじめてなの」
よく見ると、ノールは泣いていた。笑顔のままなのに、透明な涙が次々と零れる。
わたしにはその理由がよく分かっていた。だから、何も言わずにノールをまた抱きしめた。
ノールが、かつてのわたしが喜んでいる。それだけで、これまでのことは価値があったんだ。
そうして今、わたしとオグマだけが外に残っている。
「伯父さんたちはどこに行ったのかしら」
ハリルは、あの夢の中でまた来ると行った。けれどその言葉を守る前に夢は終わってしまった。お姉さんと一緒でもない。もっとも、あいつがお姉さんと仲良くお手々つないでやってきたら、勢いに任せてひっぱたいてしまうかもしれないけど。
伯父さんだって。オグマに負けたままあの幻の中で倒れているのだとしたらかなり後味が悪い。第一、ノールが寂しがるだろう。
「俺には分からない。少なくともすぐ近くにいる気配は感じられない」
「またオグマさんを殺しにくる?」
「俺が生きていると知ったらな」
「ねえ、どうして?」
オグマはゆっくりと体を起こす。「どうして、とは?」
「どうして伯父さんはあなたをそんなに恨んでいるの?」
何も答えずオグマがわたしの顔を見た。そんなにじっと見つめられたら、あなたが犬に襲われた後のひどい顔を思い出してしまう。鼻をそっくり噛みちぎられ、顔の中心はまるで真っ赤な沼地。不揃いな傷が縦横無尽に走ってた。あなたの、曇り空みたいに見える灰色の瞳は両方無惨にえぐり出されていた。
もうあんな姿は見たくない。またハリルが怪物犬をけしかけるかと思うと、耐えられない。
オグマが何か秘密を抱えていることは、実はちょっと前から分かっていた。いつ伯父さんと知り合ったのか? どうしてわたしをここまでして助けてくれるのか? どうやらわたしには話す気がないことも分かっている。自分が話したいことはぺらぺらと浮かれたように喋るのに。
わたしはオグマを見つめ返す。ここで退く訳にはいかない。わたしが持っている全てのカードを(といっても、ほんの少ししかないけれど)見せたのに、オグマだけ秘密主義では筋が通らない。
睨みあっているうちに、だんだん辺りが明るくなっていく。鶏の合図が間抜けに響き渡った。秘密と覚悟を含んだ魔法の戦いは朝には似合わない。
とうとう根負けしたのか、オグマが溜息をついた。
「……昔話をしてもいいか?」
待ってた。
「姫と王子が出てくる話がいいな」
「その期待には沿えそうもない。……俺がまだ遙かに若かった頃、宵空を隠し持って放浪するラバンに出会った。妻と娘のロザを守るために何年もアマンドラに戻らずに旅をしていたんだ。宵空の噂は遠い異国にも広まっていたから、どこにいても有象無象が群がってくる日々だったと言う。……俺もその一人だった」
オグマさん、結構ワルだったんだ。
「だがまあ当然のように返り討ちに遭い、何故か彼に気に入られた俺は旅の伴をすることになった。知らなかった魔法の使い方を幾つも教えてもらった」
今のオグマさんとリート君みたいな関係だったのかしら。




