第10章 4
二人分の固い足音が近づいてくる。わたしは思わず身構える。
入ってきたのは一人だった。背の高い中年の男だ。わたしを見下ろして優しく微笑んだ。
「ノールの伯父さんね」
「お前は、レイラだな」
言葉を交わしたのは、初めてだったかもしれない。互いによそよそしく、相手の出方を窺っている。
「わたしを殺すんでしょう」
伯父さんはほんの一瞬動きを止めた。それから首を振った。
「まさかまさか。お前は殺すものか」
「ロザお姉さんは?」
「さあ、どうかな。憎い仇敵の娘だからな」
伯父さんは落ち着きなく髭をいじりながら、せかせか部屋の中を歩く。
「ノールと友達になったわ」
「そうか。いいことだ」
「ねえ、どうしてあんなややこしいことをしたの?」
「ノールの記憶を移したことか? あの子のように呑気に生きることが幸せだからさ。陰鬱な館に閉じ込められるよりも」
さっと怒りが湧き上がった。それでもわたしは感情を抑えた。
「ノールはずっと村で苛められていたわ。それが幸せなの?」
虚をつかれたように伯父さんは口をつぐむ。
「あなたが魔術師だから、ノールまで白い目で見られていた! あなた以外に親しい人はいなかったから、ずっと独りぼっちで暮らしてたのよ。呑気に生きてるなんてよく言えるわね!」
伯父のくせに。ノールの唯一の家族なのに。
「ノールはそんなこと一言も言わなかった」
「あなたに迷惑をかけるのが怖かったからよ!」
ノールの気持ちをのせて、わたしは訴える。
「ねえ、今なら間に合う。ノールの元に帰ってあげて。あの子を一人にしないで」
伯父さんは、低い声で返事をした。「……もう遅い」
「どうして?」
伯父さんは鼻で笑う。
「お前の気分を軽くしてやろう。ラバン・ベガにとどめを刺したのは私だ。私があいつを殺した!」
伯父さんの顔を見つめた。ちっとも軽くなんかならない。
「わたしが悪いことに変わらないわ。あの夜家を飛び出さなかったら、お父さんは死ななかったでしょう」
「そう__ならば、さっさと忘れてしまえばいい! 罪の意識などこの夢の中ではないも同然だ!」
伯父さんが両手を広げる。それと同時に、狭い部屋が溶けるようになくなった。倒れ伏す女性が現れ、すぐに消えた。ノールが笑っている姿が見えた。ハリルがいた。次々と景色が変わっていく。わたしが知っている人も知らない人も現れてはいなくなる。
気分が悪くなりそう。思わずわたしは目をつむった。
「これが私の夢だ! 悪夢も悲願も越えた先に__妻がいる__」
こんなのおかしい。すぐに逃げなくては。だけどめくるめくファンタスマゴリアに飛び込んでいく勇気はない。顔を上げた時に目の前にあったのは、寝具の中でぴくりとも動かなず眠るわたしの姿だった。
きっと大丈夫、味方はすぐ近くにいるはず。あらん限りの大声で、
「助けて! オグマさん!!」




