第10章 2
わたしは、部屋に入ってきた見知らぬ男を見つめた。
彼は、恐れと疑いを込めた灰色の瞳で、毛布にくるまったわたしを見下ろしていた。入り口からそれ以上入ってこようとはせず、浅い呼吸を繰り返している。
「どうして……ここに……」
彼の声を聞いた。初めて聞く声、初めて見る顔。男が何に驚いているのかも分からない。
「君はレイラなのか?」
男が弱々しい声で問いかけた。わたしは答えようとした。けれど、舌も喉も動かなかった。手を挙げて挨拶しようと思った。それでも、いくら力を入れても、体は動かなかった。ただ、瞬きだけがわたしの不自由な肉体に許されていた。
寒い。毛布にしっかりくるまれていても、凍えそうにかじかんでいる。ずっとだ。わたしの心は、ずっと運河の底に沈んだまま。
男がはっと青ざめ、後ろを向いた。誰かいる? 暗くてよく見えない。ただ、男が疲れ切った顔でまたこっちを向いた。
彼は近づいてくる。わたしの側でしゃがみ込み、冷え切った頬を両手で包んだ。生きた人間の熱が彼の指を通して伝わってくる。
男の顔が歪んだ。今にも泣き出しそうな顔だった。
「レイラ……」
わたしは彼を知らないのに、彼はわたしの名前を知っている。どうして?
「そうか、君が死んだと言われていたのは……」
男はわたしの手を強く握った。
「ある意味では真実だったんだな」
そうだ。わたしはもう生きてはいない。あの深く冷たい河から引き揚げられて以来、喜ぶことも楽しむこともなく、ただ横たわって本当の死が訪れるのを待っている。
夢を見ていた。自分とそっくりな女の子が、ここを抜け出し、アマンドラを自由に駆け回る夢。魔物の洞窟にも行った。不思議な宝石が作り出されるところを見学して、オルバ村に来た。
だけどそれはただの夢で、本物のわたしは、レイラ・ベガはここにいる。伯父さんとハリルだけが会いにきてくれる。
伯父さんは、ノールの話をしょっちゅう聞かせてくれた。善良で、可愛らしくて、働き者のノール。わたしがその子だったらどんなに良いだろうと思った。長い長い暇な時間の中で、わたしはノールになった夢もみた。
レイラはノール。ノールはレイラ。そうしていつしかわたしは誰でもなくなった。
「俺のせいだ」
うなだれる男の背後で、軽やかな足音がした。
「どいて、オグマさん」
男の肩越しにのぞき込むのは、わたしと生き写しの顔をした少女だった。
ただ、その大きな瞳は妖しく赤い光を放っていた。
男が驚いて尋ねる。
「君は……レイラでは……ないのか?」
少女はそれには答えず、わたしの枕元に座った。暗い室内で彼女の目の輝きばかりが異様に冴えていた。
少女がほっそりとした指でわたしの頬に触れた。爪の先から手首まで、みどり色に透き通っていた。
「__ありがとう、オグマさん」
「え?」
「今まで楽しかったわ。だから、その思い出全部レイラにあげる」
少女はそう言い残し、一度だけ男を振り仰いだ。そして、わたしにキスをした。




