第8章 5
気がついた時には、誰かにきつく揺すぶられていた。とっさに振り払い、目を開いた。立ち尽くしたままだったせいか足がじんじん痛んだ。
「レイラ……!」
オグマがひどく焦った表情でわたしの目の前にいた。
「ここはどこ?」
「ノールの家の前だ! 君はここでずっとぼんやり突っ立っていた」
そんなはずがない。「わたし、今までどこかの廃墟にいた」
「廃墟?」
「そう。そこでさっきの男の人に会ったの」
「君はまた夢の中にいたんだ。いい加減に目を覚ませ」
余計なお世話だ。そういえば大切な伝言があったっけ。だけどどうしてオグマを巻き込む必要がある? あのままわたしが生贄になればいいのに。そして、ロザに父さんを返す。
「わたし、死んだんだって」
「そんなのでたらめだ。君はまだ生きている。この場にいるじゃないか」
脚ががくがくしていた。だけど、ちゃんと地面に立っている。体が透けていることもない。いっそ幽霊だった方がよかった。
「わたし、またあそこに戻るわ。もうこの世界にはいられない」
「駄目だ!」
オグマが至近距離で怒鳴った。思わず縮み上がる。
「レイラ! 君は現実に生きなければならない。どんなに辛い事実でも君の中に持っておかなければ! さもないと決して未来には進めない!」
そこで言葉を切り、オグマは顔を歪めた。
「夢の中でうすぼんやりと生きるのが本当の幸せなら……喜んで魔法でも何でもかけてやろう。だが、魔法は決して君の人生そのものにはなり代われない」
「幸せなんていらない! どこか誰もいない世界へ行きたいだけ。消えてなくなりたいだけ!」
「逃げるな!」
オグマは容赦なくわたしを言葉で打つ。
「いいか、君の味方は何人もいる。絶対に一人にはさせない! ノールも君を心配しているんだぞ」
「わたしのしたことを知ったら、きっと憎むようになるわ」
「大人たちの陰謀に巻き込まれただけだ。君の何を憎む必要がある?」
「わたしが、お父さんを殺したこと!」
オグマが怯む。
「ひどいよね? わたし、何も覚えてないの。薄情な娘よね!」
もう何もかもがおしまいだ。生きていることもできない。そんな資格はない。
オグマは数秒間、黙ってわたしを見ていた。それから、わたしを抱きしめた。きつく、きつく。生まれてから初めてのことに思えた。
耳元で低い声がする。
「俺は君を憎まない。ひどいとも、薄情とも思わない」
オグマの胸に顔を押し当て、声を絞り出す。
「ほんとに? 本当にそう?」
「本当に」
「信じていいの? わたしを許してくれる?」
「勿論」
「わたし、どうやって思い出したらいい?」
「無理に思い出そうとしなくていい。君は今のままで十分レイラとして生きている。記憶など初めての本を読むように理解していけばいい」
「今のわたしは『レイラ』なの?」
「そう思う。お転婆で突拍子もないことを思いつく、可愛いレイラだ」
「それでもいいの?」
「いい」
オグマの腕が離れた。そこでようやくわたしはオグマの顔を見上げた。……何故か顔が熱くなってしまう。
「オグマさん。話さないといけないことがあるの」
「さっきのお節介男の話か?」
なんでもお見通しだ。
「ノールの家で聞こう。あの子とロザが心配している」
「……うん」
「会いたくないなんて言うんじゃなかろうね?」
「言わない」
ノールは温かく迎え入れてくれた。
「どこに行ってたの?」
「ちょっと……そこまで」
ノールがほっと息を吐く。「よかった、帰ってこなかったらどうしようって思ってた」
戻らないつもりだったことは内緒だ。オグマが引き戻してくれた。
「ロザ……お姉さんは?」
ノールが答える。「あたしの寝床で寝て貰ってる。すごく疲れてるみたいだったから」
「そう……」
顔を合わせなくて良いことに少しほっとした。
「あんたも休んだら? 顔色悪いよ」
「ううん、いい。きっと元々こんな顔なの。それより、ノールの方こそ寝た方がいいんじゃないかしら」
「やだよ。ちょっとわくわくしてるんだもの」
ノールは邪気のない目で笑った。それから遠慮がちに切り出した。「もしよかったら、友達になってくれる?」
わたしはノールを見つめた。これを切り出すのに、ものすごく勇気が要っただろう。
「わたしなんかでよければ」
オグマはわたしたちが握手する間待ってくれた。
「ごめんなさい。あのね、オグマさんに言づてがあるって__」
わたしの話をオグマは動揺する素振り一つ見せずに受け止めた。
「どうすればいい? オグマさんを連れてこいって」
「来いと言われなくても行くよ。君を一人で危険な目に遭わせられない」
やっぱり、オグマは頼りになる。
「その前に、君はこれを読んでおくべきだ」
オグマはわたしに四角く畳んだ手紙を渡した。心臓がはねる。いつかリートと共に見つけた、ロザからわたし宛の手紙だった。




