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輝ける明けの明星  作者: 六福亭
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第8章 4


 いつしか、わたしは暗闇の中で足を止めた。このまま地獄に行くのかしら。


 その場で目を閉じた。でも、父親の顔は思い出せない。いつどうやってわたしがその人を殺したというのか。それも分からない。そして目を開くと__そこは知らない家の中だった。明かりはないのに視界は悪くない。壁や調度品が崩れ、あるいは倒れている。屋根はとうにはがれ落ちて何色でもない空が覗く。


 こんな光景に懐かしさすら覚えた。ひょっとするとここは死んだ後の世界なのかもしれない。そうだったらどんなに嬉しいだろう……自分が誰だか、もう思い出さなくてもいいんだわ。そう思っているのに、胸がつかえて苦しい。


 きっと、独りぼっちだからだ。リートもノールもオグマも、モリでさえいない。罪悪感に押しつぶされるのを孤独に耐え続けなければならない。


 それがわたしの罰なのだ。きっと近いうちに、頭がおかしくなる。その方がいいかもしれない。


 声が聞こえた。


 誰が来るというんだろう。この荒涼とした屋敷、わたしの墓となる場所に。

 その時、青年は口を開いた。

「やっと……君を見つけた」

 頭に痺れが走った。この声!

「あなた……あの部屋に来た……」

 どことも知れない小部屋の中にいた時、ただ一人入ってきた男だ。わたしには一つも分からないことを述べ立てて、出て行った。その後わたしは小部屋を飛び出したんだ。深い深い闇の中で。

「君はあそこから逃げていってしまったね」

「ええそうよ。だってあんなところにずっといられないもの」

 頭がおかしくなってしまう。ぽつんとわたし一人で、何もない空間に閉じ込められていた。そこでは自分のことをノールだと信じきっていた。あれこれ時間潰しに思い出したのは全て偽物の記憶だった。

「あなたは……誰なの」

 青年は口元だけで微笑んだ。

「君を愛しているある人物の代理人だ」

「そんなのいないわ」

「いるよ。ラバンと共に死ぬはずだった君を救った。いや、それよりずっと以前から君を見つめていた。あいつの邪魔が入らなければ!」

「あいつって?」

「オグマだ」

「あの人がわたしを助けてくれたのよ」

 男は一歩近づいてきた。

「そう思っているだけさ。あいつも人殺しで、嘘つきで、偽善者だ」

「そんなことない!」

「じきにわかるようになる。それにしても、君がノールに出くわしさえしなけりゃ上手くいったのに!」

 わたしは二歩後ずさった。後ろは壁だ。逃げ場がない。

「わたしは幽霊なの? ロザが、わたしは死んだと言ったわ」

「さあね」

 男は冷たくあしらった。

「わたしに魔法をかけたのはあなたなの?」

「そうだよ。ジャネスという占い師の手を借りた。長い時間をかけて」

「どうやって……ううん、どうして……」

「君がレイラだった頃から、少しずつノールの記憶を投与した。だって、レイラのままだと、罪悪感に押し潰されて君の心が壊れてしまうから。少しずつ君はノールに生まれ変わっていった。それで良かったんだ。レイラのままだったら、ラバンが死ななくとも君はおかしくなってしまっただろう」

「意味が分からないわ」

「分からない? そうだろうね。ラバンもオグマも、君たちにずっと説明していなかったからね。レイラ・ベガ、君は生まれてから十四年間、ベガ家の館から一歩も外に出してもらえなかったんだよ」

 

 一歩も? そんな人間がいるわけがない! 誰だって太陽の光を浴びなければおかしくなってしまう。


「君も、君のお姉さんも、陰鬱な室内に閉じ込められてすっかりふさぎ込んでいた。そんな君たちを助けたくて__僕たちは行動を起こしたのさ。多少荒っぽい手段を使っても」

覚えてはいないけど、目眩がした。だけど思い当たるものはある。

 レイラの部屋に溢れていたおもちゃの山は、外に興味を向けさせないよう無尽蔵に買い与えたのだろう。それに、釘付けにされた窓。目にした時ぞっとした。

「宵空の話は聞いているね?」

 うなずいた。「わたしやロザが生け贄になるんでしょう」

「そういう伝説があるね。だからラバンは二人の娘を幽閉した。それは本当に君たちを守るためだったのかな? 知っているか、ラバンの妻は十四年前に亡くなっているんだ」

「そんなこと……」

「あり得ないってどうしていえる? シャード・ベガの恐ろしい血を受け継いでいる男だよ」

「だけど、わたしのせいで死んだ」

 青年は厳しく断じた。

「あいつは罰を受けたんだ。自業自得だ」

 甘ったるい、わたしの罪を正当化する言葉。吐き気がする。

「何が狙いなの。わたしを生贄にすること? 好きにしたらいいわ」

 青年は皮肉な笑みを浮かべた。「君を生贄にはしない。ただ__君に会いたがっている人がいる」

 息を詰めた。

「誰?」

「会えば分かる。オグマを連れておいで。僕もあの方も待っているから」

「今、わたしはここにいるのに」

「それじゃあ駄目だ。オグマと一緒でなければ」

「どうして?」

 青年はそれには何も答えずに笑った。それから、ろうそくの火を一息で吹き消した。家は色あせ、溶けてなくなっていく。



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