第6章 8
「大地の子の中でも一際バカな奴らは、食い物をこの穴に垂らして怪物づりをしてるよ」
「それで上手く釣れるのか?」
オグマさんはなんでちょっと興味があるの?
「強い糸と剛力があればね。だけどうっかりするとこっちが引っ張り込まれちまう。そうやって何人もの兄弟がこの中に落ちていった」
「あたしはろくでもないからやめろって常々言ってるんだ。あの馬鹿はちっとも聞きやしないけど」
「クレーのことだろ。あいつ、それで捕まえた怪物を魔術師に売ってるって噂だ。当分やめないだろうね」
ハルアは肩をすくめ、地下道の一つの中へ歩き出した。わたしたちも後を追う。地面や壁には見たこともない草花や透き通る結晶が生えていた。スニが松明を消すと、天井にびっっしりと生えたこけがぼうっと発光した。かすかな音がしたので見回せば、きらめく粉が崩れてわたしの肩に降りかかっていた。星空の真ん中にいるようで、溜息が出るくらい美しい眺めだった。
ハルアの向かう先には、魔物が働く特別な部屋があるのだと言う。
「宝石を作ってる、ですって?」
わたしは思わず聞き返す。「あなたたちが?」
「そうさ。人間の世界へ届ける宝石をね」
ハルアとスニは得意げに胸を張る。
「地上には魔法の力が宿る火や、魔法の素となる素晴らしいものであふれている。何もしないままだったら、魔法という魔法が互いの力を吸収し合って膨れ上がり、それぞれ意志を持って自由に動き回るだろうね! 人間の言うことなんか聞きもせず、ただ自分のしたいことをする。それは実に見事な景色だろうけど、この世界はめちゃくちゃになってしまう。放たれた魔法がその気になれば、大陸を海に沈めることだって、雲を全て氷に変えて落っことすことだって訳ないんだから。そうなったら人間も獣も困るし、僕らだって面白くない。だから、この世に溢れる魔法の量を減らしているんだ。といっても、火を消すように消滅させてしまうんじゃない。この地下で、まだ魔法になる前の魔法の素を冷やし固めて宝石の形にするのさ」
「できあがった宝石は人間に贈るの。あたしたちにとっちゃ珍しくもなんともないけど、なんでだか人間は宝石を有り難がるからね」
「そのお代に、作物やら地下にない道具やらをもらってる。人間の技術はなかなか馬鹿にできないよ」
ハルアがわたしにぽんと投げてよこしたのは、丸い手鏡だった。慌ててオグマに回した。
「ガラスを磨いて顔が映るようにするなんて思いつかなかった。これ、結構作業に使えるんだ。あと女子がやたらこれをのぞきこんで化粧してる」
「わたしたち人間も同じ」
スニがこの時、初めて笑った。「男どもは馬鹿にするけどね……」
「そりゃそうだろう。どうせ汗だくになるのに白粉を塗りたくって何になる?」
「分かってないね。乙女心ってものを」
スニがわたしと顔を見合わせ、溜息をついた。「連れ合いとなる男が近くにいるかもしれないのに、化粧しない女がいるものか」
「化粧の有無で連れ合いを決めるのかよ」
わたしは見た。ハルアがよそを向いた時、スニの頬がかすかに赤らんだのを。ははあ、そういうことなのね。
スニと目が合う。途端に目を吊り上げ、口をとがらせた。だけどその顔は怖くは見えない。だからこっそりささやいた。
「スニとハルア、お似合いだと思う」
スニの顔がさらに赤くなった。その後でハルアに呼びかけた声は少し上ずっていた。
「あたしは持ち場に戻るよ。この子たちをよろしく」
「なんだ、仕事なんて部下に任せてこっちに来たらいいのに」
「クレーみたいなことを言うね」
そう言い残し、スニは逃げるように走っていった。ハルアが小さく溜息をつく。その時わたしの直感が働いた。
「ねえ、ハルア……」
わたしは、足下の花を観察しているオグマに聞こえないよう声を落とす。
「スニのことは好き?」
ハルアはあっさりと答える。
「うん。できれば連れ合いにしたい」
やっぱり! 出会ったばかりの彼らだけど、恋愛話は大好きだ。もしわたしに友達がいたら、いつか絶対にしたいと思ってた。
「彼女もその気だわ、きっと」
「どうかな……あの子は生真面目だから……最近はあまりしゃべってこないし」
「それはきっと照れてるだけ。ハルアの方から押しちゃえばいいのよ」
「おい、二人とも。呼んでいるぞ」
のけ者にされたオグマが眉をひそめてこっちを見ている。
「ああ、ごめん。何だって?」
「いや、だから呼んでる奴が……」
「ハルア!」
寄ってきたのはわたしとそう変わらない背丈の少年だった。どこか聞き覚えがある声だけど、ここにいるってことはやっぱり魔物なんだろう。よく見るとハルアたちよりもはっきりと人間との違いがある。お尻から見事な毛づやの尾が生えているのだ。




