第6章 4
鎖を乗り越える前に神様に祈る。わたしはこの先、何も悪いことをしません。だから無事にここから出してください。
「あなたたちも入ってくるがいい。墓石は踏まないようにな」
男たちが気圧されている。どうしてオグマは平気にしていられるのだろう。今にも恐ろしいことが起きそうな、こんな所で。ほら、おまけに空が曇って、星が見えなくなった。
つま先歩きでオグマの元へ近寄る。オグマはしゃがみこみ、地面を撫でていた。そこだけ土の色が変わっていた。宝石のような色の太ったハエが何匹も周りを飛び交った。
「ま、まさか、お墓を掘り返すんじゃ……」
「怖いか?」
今なら素直に言える。「怖いわ」
するとオグマはにやりと笑った。
「安心しろ、君が思っているようなことはしない」
「何をこそこそしゃべっている?」
アミールだ。裾を神経質にたくし上げ、きつい目でこっちを睨んでいる。「さっさと宝石を渡さないか!」
「ただ今」
オグマは軽く頭を下げ、墓場を一通り見渡した。それから、深呼吸。その時顔つきが変わった気がした。
あ、何かやるんだわ。そんな気がした。少し希望がわく。やっぱり魔術師だもの、ただで言いなりになるわけがないんだ。
皆が見守る中で、オグマは石を一つ持ち上げた。その下には__底が見えない黒い穴があった。
思わず後ずさりする。
「動くな」
オグマがぴしゃりと言った。逆らうことはできない。わたしも、男たちも。あんなにうるさかった虫の羽音がぴたりとやんでいた。
オグマの手の中で、洗濯桶ほどもあった石が縮んでいく。バターの塊のようによじれ、熱をはらみつつ自由自在に形を変えながら__やがては拳大になる。石をじっと見つめていたわたしたちは、視線を上にずらしてあっと驚く。
オグマの顔が見えない。血のように……ううん、夕焼けのように真っ赤に輝いているからだ。あまりにも眩しくて目がつぶれてしまうんじゃないかと不安になる。だけどいくら待ってもその気配はない。太陽と同じなのにいつまでも見ていられる。いつの間にか石も手も衣服も同じ色に染まっていた。
耳の中で何かが鳴り響いている。聞いたこともない音の覚えがない節。甘やかで、そのくせどこか恐ろしい響きを伴っていて、繊細で力強い。こんなにはっきり聞こえるけど、きっと空耳だ。だって外からは何も聞こえないもの。わたしの頭がおかしくなったのかしら。
終わりは唐突に訪れる。瞬きした時には、いつものオグマが目の前にいた。いつもより少し愉快そうにわたしを見て、自慢げに両手を差し出している。その上には、燦然と輝く赤い宝石がころんと載っていた。
宝石の中心に張り付いた白い星の光と、目があった。
「宵空……」
オグマはうなずいた。
その時、強い違和感が走った。
(違う。これは本物じゃない)
どうしてそう思ったのかはわからない。本物を見たことがあるわけでもないのに。
「よこせ!」
アミールが割り込んできた。突き飛ばされ、よろめくわたしをオグマが支えてくれた。オグマは無造作に宝石を投げて渡す。
「あーあ……」
思わず溜息が出る。宝石はあっという間にアミールの懐にしまわれた。もうちょっと抵抗するものだと思っていたの。ほら、オグマは魔術師でしょう。魔法で彼らをぼっこぼこに倒すとか、ハエになって宝石ごと逃げ出しちゃうとかね。
ふわっと体が浮いた。えっ、なあに? 不思議に思った時にはわたし、オグマに持ち上げられていた。そしてあっと気がつくと、わたしは暗闇の中にいた!
悲鳴もあげられない。ものすごい速さで真っ逆さまに落ちて行く。体の中の物が上に留まろうとしていく感覚に吐き気と涙が溢れ出る。この感覚がいつまでも続くのが苦しいから一刻も早く止まってくれとひたすら願っていた。
とうとうドサッと地面にぶつかり、落ちてきた高さのわりに痛みが少ないことに感謝する頃には……何が起こったのか少しは理解していた。だけど腹立ちと疑いで胸とお腹がいっぱいいっぱい。




