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輝ける明けの明星  作者: 六福亭
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第6章 3

 わたしはステージに背を向けて走った。だけどカテドラルの扉は固く閉ざされていて、どんなに引っ張っても開かない。オグマが舌打ちした。

「しまった、油断した。待ち伏せされていたのか」

 振り返ると、ステージ上に人間が出てこようとしていた。

めりめりと空気を裂いて突き出した腕は太く毛むくじゃら。それから肩、右足、胴体が現れる。男の酷いしかめ面が何とか出てきた時にはみちみちと窮屈な音がした気がした。

「うーん、これ、なんかまるで……」

「やめなさい、女の子だろう」

 オグマが呆れ気味に呟いた。どうして言おうとしたことが分かったの?

 次々と空中から出現する見知らぬ男たち。囲まれようとしているのに、わたしたちは退路を断たれて立ち尽くすしかない。皆一様に縁なし帽を被って、同じ型の三日月刀を構え、お揃いの革靴を履いている。五人、十人、十五人……やめた。あまりにもそっくりだからどこまで数えたかわかんなくなる。

オグマがわたしの前に立ってくれている。わたしたちはじりじりと後じさりして、ついに扉に背中をぶつけてしまった。こっそり押しても引いても扉は開かない。これって、絶望的状況?

それでも、一応聞いてみた。

「ねえオグマさん、この人たちはお姫様の家来衆?」

 無視された。当然ね。

 男たちの中の誰かが呼んだ。

「アミール(将軍)!」

するとそれを合図に、上等な鎧を着た男が進み出た。何の変哲もない、印象の薄い顔だ。無精ひげがまばらに生えていた。きっと夜には忘れてる。無事逃げることが出来ていれば、だけど。彼はオグマに銀色の刃を突きつけて言った。

「お前は誰だ?」

 高らかな、それでいて適度に柔らかな調子の声だ。長く聞いていたくなる。

「オグマ・マカウル」

「魔術師だな?」

 オグマはうなずいた。

「そうだが」

「そこの小娘は?」

 急に指されて驚いた。わたしが答える前にオグマがはっきりとこう言った。

「俺の娘だ」

 男はふんと鼻を鳴らしたけれど、それ以上聞いてはこない。わたしは父親とやらの顔を見上げる。口を真一文字に引き結んで、でもじんわりと頬の辺りが赤くなっていく。やだおもしろい。

「お前がラバン・ベガの知己であることは誰でも知っている」

「そうかい。俺もあんたを知ってるよ。アミール・イラス」

 名前を当てられたせいか、アミールの目が危険に光った。わたしはオグマの腕を握り、声を殺して叫んだ。

「怒らせちゃだめ!」

 オグマは肩をすくめただけだった。

「あなた方が何をしたいのかさっぱり分からない。はっきりと言ったらどうだ? 狙いは金か、それとも宵空か?」

「分かっているじゃないか。話が早い」

 アミールは銀の杖で固い床を突いた。この人の鎧には、小鳥の刺繍がある。

「座りたまえ。なに、遠慮することはない。真神教の聖域は君のような汚らしい拝火教徒にも開かれている」

 わたしたちはその場にすとんと腰を下ろす。不思議とこの人には逆らえない。モリの時のように幻惑されたわけでもないのに。ちゃんと動いてる頭が、自分の意思でこの黒衣男たちに屈伏している。

「宵空なる物が発見されて以来__」

 アミールは杖で自分の手のひらを叩きながら、ゆっくりと語りかけた。

「宝石が持つ魔力について、実に様々な意見が飛び交った。あれは魔物の宝だ、いや我々の願望を叶える夢の道具だ。ただの砂と土の固まりだ。金一山もの価値がある。あるいはその辺のくず鉄よりも値打ちがない。いい加減な連中が広める出鱈目な噂話に、我々は随分振り回された。いや、本当に参ったものだ」

 そんなこと、わたしたちに向かって力説されても困る。

「だが、我々は宵空を欲している」

 一語一語を強調し、男はオグマに顔をぐんと近づけた。

「たった一つの宝石のために、多大なる犠牲を払ったのだ。私の祖父の代から、人生の全てを捧げてきた。宵空の情報のために使った金で町が一つ建てられるだろう。魔術師どもとの戦いで命を落とした同志の数はこの街の建物よりも多い。勿論__殺した魔術師や魔物の数はその倍を下らないがね」

 オグマが鼻で笑った。

「苦労自慢がしたくて俺たちを捕まえたのか?」

「拝火教徒は礼儀を知らないようだな」

 アミールが杖を真っ直ぐオグマに向けた。先端がちょうど口に当たるか当たらないかの所まで迫る。

「命乞いの言葉しか口にできぬようにしてやろうか? いいから黙って聞け。我々はベガ家の下の娘を求めている。宵空と上の娘は既に押さえてあるのだ」

 オグマの顔がこわばった。

「ロザを捕まえただと?」

「その通り。だが下の娘が行方不明でね。顔も知らんから探し回るのは非効率的なのだ」

「なぜ彼女たちが要る?」

「娘がいなければ宝石の魔力を発揮できない。知らないとでも思ったのか?」

 モリが言ってたことと同じだ。娘の命と引き替えに__死人を生き返らせる。

「あなた、誰か生き返らせたい人がいるの?」

 わたしは思わずアミールに尋ねていた。だけど彼はせせら笑う。

「そんなものはいない。だがなにせ金になる」

アミールが語ったのは、恐ろしい計画だった。


 亡くした家族や恋人を蘇らせたいお金持ちや王様は大勢いる。そういった人たちからたんまり金をふんだくって願いを叶えてやるために宵空と、ベガ家をとことん利用するのだという。ロザやレイラ__あの家の娘たちを監禁し、沢山子どもを産ませる。女の子が何人か生まれたらロザたち姉妹を生贄として殺す。その娘たちもまた、一人を残して皆生贄にする。


「吐き気がする」

 わたしは思わず呟いた。最低。誰かをそんな風に、道具のように扱っていいはずがない。

 アミールはにんまりと笑った。

「一役噛ませてやってもいいのだぞ。いや、むしろそうしてもらうことになる。さ、はやいとこレイラの在処を言え」

「断りたい」

 オグマが小声で言った。わたしもささやく。

「断っちゃえば?」

「君は気楽に言うがね、こいつはさっきロザを捕まえていると言わなかったか?」

「でも宵空さえなかったら……」

「愚か者どもめ。宵空がなくとも、娘を痛めつけることはできるのだぞ」

 オグマが身を固くした。

「ロザ・ベガだけではない。そこの、お前の娘もだ」

 わたし?

「お疑いなら、今この場で残酷物語をお見せしよう。小道具なら揃っている、針と火種で十分だ」

「この聖なる場所でよくそんなことできるわね!」

 言いつつわたしはオグマに身を寄せる。触れ合う肌ががたがた震えていた。

「あなたたちにはきっと神様の罰が下るわよ。本当よ。その時に後悔したって知らないんだから」

 アミールはわたしをまっすぐ見下ろした。すがめる目には軽蔑と哀れみが浮かんでいた。

「拝火教徒の小娘が神罰を語るとは驚きだ……」

「わたしは真神教徒よ」

「命乞いならもっと上手くやるがいい。死の間際に駆け込み改宗する輩には反吐が出る」

「違う! わたしはほんとに、」

「レイラ!」

突然、オグマが大声を出した。

「……の居場所は知らない。だが、宝石ならくれてやる」

 そんなの駄目だ。ロザとレイラ、会ったことはないけれどこの二人が確実に不幸になるなんて。絶対に嫌だ。

「わたしなら平気よ!」

「平気じゃないだろ、そんなに震えて」

 オグマはわたしの顔を見ない。

「たわごとを抜かすな。宵空はとっくに確保している」

「もしそれが偽物だったら?」

この発言の効き目は抜群だった。男たちが慌てふためいたようにささやきかわす。アミールがぐうっと顔をしかめた。

「偽物……?」

「ただのアレキサンドライトなど、この辺りじゃ腐るほど手に入る」

 アミールは横にいた部下に指示する。

「ガイールと女どもを連れてこい」

 上手いこと信じこんだのかしら。

「もし本当に……貴様が本物の宵空を持っているのなら、そこの小娘の命は助けてやってもいい」

「それはどうも」

 オグマは大勢の剣を向けられた中で立ち上がった。

「宵空の隠し場所に案内してやろう」


 宝石の在処は、わたしもすごく気になっていた。


 モリやリートと探した時には見つからなかったのに、こんなにあっさりと分かるなんて。面白くない。嵐のように突然襲いかかってきた黒い男たちに簡単に敗北したのが悔しくって情けなくって怖い。勇んでいたわりには何も出来てないし。


 わたしとオグマは前も後ろも屈強な男に囲まれて、居心地悪い思いをしながらゆっくりと歩かされている。幸い手足は縛られていないけれど、逃げる隙間はほぼない。時々オグマが行き先の指示をする。ちょっとでも足を早めたり遅くなったりするとたちどころに誰かにぶつかってしまい、その度に蛇のような威嚇の唸り声が耳を刺す。


 わたしたちが向かっているのは、市場や宿屋のある賑やかな通りからは遠く離れた場所のようだ。カテドラルを出て北へ真っすぐ。お店よりも鍛冶場や掘っ立て小屋が目立ち、あちらこちらからカンカンシューシュー、熱くて固い音が聞こえてくる。

 

 わたしはオグマの真似をして、背をすっと伸ばしてみた。何が変わるわけでもない。ただそうしたかっただけ。

オグマがささやいた。

「怖いだろうな?」

 うるさい。

「平気だもん」

「自分の気持ちに正直になった方がいい」

「じゃあレイラを裏切ったのは、正直になった結果?」

 オグマは答えない。無性に腹が立った。

「どうしてそんなことができるの。ロザとレイラのお父さんはオグマさ……お、お父さんを信頼してくれてたんでしょう」

 じゃなかったら、宵空の在処を教えるはずがない。

「ねえ、後で辛くなるのはあなたなのよ」

 だけど、本当は分かってる。オグマさんだって教えたくなんかなかった。わたしがいたせいだ。わたしを守るためにベガ家の信頼を捨てた。責めるべきなのはわたし自身だ。場違いな世界に首突っ込んで浮かれた挙げ句、何の役にも立たないくせにお荷物にはしっかりなって、オグマさんを苦しめている。リートのことだってそう。わたしに出会わなければモリたちにさらわれることはなかったかもしれない。

ずっと間違ったことしかしてない。ここにいること自体が。いや、わたしの存在自体が邪魔なんだ。エナは正しかった。

「俺はそうは思わない」

「えっ?」

 見上げると、オグマは明後日の方を向いていた。

「そこの廃墟を右に曲がれ。そう。ここだ」

 わたしたちは立ち止まった。そこは鎖で封鎖され、灰色の石がいくつも転がる墓場だった。あんまり夜来るところじゃない。

 古い花束がいくつも石の上で朽ちている。墓碑銘が掘られた墓石は一つもない。虫がわんわん飛び交い、あっという間にわたしたちの肌を何度も刺した。こんなに手入れされていないお墓なんて初めてだ。だけど、石灰がまいてあるのか、石の周りには草が生えていない。

アミールですら、困惑を隠しきれていない。

「ここに何があるというのだ」

「何って……決まっているだろう。宵空だよ。ベガ一族にかけられた呪いの源だ」

 オグマは躊躇なく鉄の鎖をまたいだ。

「最初に生き返った死者は皆再び殺された。二度と蘇ることのないように死体をばらばらに刻み、油紙に包んでこの下に埋められた」

 オグマが振り向き、わたしに向かって手招きする。

「おいで、見せてあげよう」

「入っていいの……?」

「いいさ」

 出来れば遠慮したいんだけどなあ。


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