第6章 2
「あの親子に鉢合わせする方が危険だ。君を奪われでもしたら全てが終わる」
そんなに? 照れちゃう。
「だが、夜ならあいつらに知られずリートを取り返せる」
「どうして?」
するとオグマはようやく笑った。
「それは後の楽しみだ。……それより、ここであの娘が踊りを踊ったんだな?」
「うん。あれ、何だったのかしら」
「あの子がしたのは幻惑の類いだ。ここのように異様に静かで響きがいい場所では魔法をかけやすい、特にリートのような馬鹿にはな!」
「わ、急に怒らないで」
「すまん。ま、とにかく静かで何も面白みがない__失礼、真神教への侮辱ではない__空間は魔法にもおあつらえ向きなんだ。魔法とは言ってみれば支配だからな」
「支配?」
「そう。妖精の手を借りる占いや幻惑も、火を使う魔術も同じ。派手な動きで魅了し、相手の心を奪う。あるいは恐怖で首根っこを押さえつける」
モリの舞踏を思い出す。
「踊りや音楽で?」
「ああ。支配した先に何をさせるかが問題なのだ」
「でも、すっごく楽しそう」
わたしは思わず溜息をついた。
「そんなことが易々とできたら、夢のように幸せでしょうね」
「魔法をかけることが?」
「うん。魔法をかけられるよりはかける方になりたいわ」
「君はまだかけられる側にいた方がいい。魔術に深入りしたら戻ってこられなくなる」
オグマが苦笑していたので、わたしは話題を変えた。
「リート君の記憶を抜き取るなんて言ってたわ。そんなことできる?」
「出来る者もいるだろう。想像するだに恐ろしいね。だが、」
オグマはカテドラルの扉を開けた。
「記憶だけをきれいさっぱり抜き取り、別人に変えてしまうなんてなかなか出来ることじゃない。大がかりな魔法をかければ、その分悪影響がどこかに出てくる。よほど繊細に行わないと人間をめちゃくちゃに壊してしまいかねない」
怖い話。
「我々人間の思考は記憶の蓄積から生まれる。それを無にする訳だから、頭の中を根元からひっくり返す一大事業になるんだ。だから、記憶を眠らせはしても、殺すのは非常に難しいのさ」
まあ深く考えるな、とオグマがわたしの肩を叩いた。夕べや今朝と比べて、遙かに陽気だ。でも、しゃべった後に漏らす溜息やくすんだ顔色で、かなり参っていることがうかがえる。
「宵空の話をモリちゃんが話してくれたの。死んだ人が生き返るって本当?」
「実際に見たことはないが。ありえない話ではないと思っている。想像もつかないことをしでかす儀式は枚挙に暇がない」
「でも、生贄がいるのよね?」
「そう伝えられているな。……それもあの娘から聞いたのか?」
「ええ。シャード・ベガって人が自分の娘で試したって。他の人じゃ駄目だったって」
「子どもに何を聞かせてるんだ、あの女は」
「ねえ、それも本当なのかしら」
「どうもそうらしいな。だからベガ家の娘たちは常に命を狙われていると言っていい。俺が知っている姉妹は、生まれてから一度も外に出してもらえなかった」
それもぞっとしない話だ。毎日が憂鬱だろうな。友達だってできないだろうし。……あれ、わたしと変わらないか。
「レイラとロザのこと?」
「そうだ」
「助けに行った方がいいんじゃない?」
「今は君とリートのことで手一杯でな」
「わたしはほっとかれても平気よ」
「嘘をつけ。ちょっと目を離した隙に拐かされそうになっただろうが」
事実なのでぐうの音も出ないわね。
「どうして生贄なんているの?」
「儀式には生贄がつきものだからな。これはもう、太古の昔から決まっていることだからしょうがない。神に願いをかけるには代償がいるんだろうよ。最近のちょっとした儀式には本物の獣ではなくケーキや蝋細工を使うがね」
「だから野蛮なのよ、拝火教は」
オグマが眉をひそめた。
「野蛮な歴史がない宗教など存在しない。君が信じる真神教だって元を辿れば海の向こうからやってきた部外者がこの国の民を虐殺した話だ。今でも魔物や魔術師を異常に敵視し、リートのような魔物と人間の子どもを惨殺する」
「そんなことわたしたちはしないわ!」
ありえない。絶対に。人殺しが大罪だってことぐらい子どもにだって分かる。
「君はしないだろう。だが間違った信条の方が人の命より大事な者も多くいる。聖火教にも真神教にも」
それでも不満だったのを見抜いたのか、オグマはちょっと口元を緩めた。
「神に祈るのは決して悪いことじゃない。誰だって頼りにする指標がほしいし、どうしても叶えたい願いはあるだろう。だが本当の願いならば、まっとうな手段で叶えないといけないな。別の誰かを犠牲にして大事な人を生き返らせるのは、本当に正しいことだと思うか?」
わたしは首を横に振った。思わない。さっき同じように感じたことが誇らしかった。
「歪んだ願望には歪んだ結果しか返ってこない。そう俺は思っている」
オグマの顔にはかすかに自嘲が浮かんでいた。思わずわたしは尋ねた。
「オグマさんには、いるの? 生き返らせたい人が」
オグマの顔がさっと陰った。
「四十も近い歳になると、いろんな人の死に遭遇する。だがいちいち生き返らせていてはきりがない」
それが分からない馬鹿が沢山いるんだ、とわたしは頭の中で勝手に続きを付け足した。それくらい分かるほど、オグマとずっと一緒にいるような気がしていた。
「さあ、館に__」
オグマがふっつりと黙った。わたしにもすぐそのわけがわかる。
さっきまでモリが踊っていたステージの真上、何もないはずの空間に目がいく。空気が揺れているの。蜃気楼でも陽炎でもない。音はしないけれど、無性に胸がどきどきする。
「離れろ」
オグマがわたしの腕を引いた。
「あれ、なに?」
「誰かが出てこようとしている。会いたくもない奴らだろう」




