第5章 2
中はだだっ広く、机や椅子もない。ただ中央に円形の舞台が一つ。モリはずんずん進んでいってそこに飛び乗った。裾がふわっと広がる。
本当に人っ子一人いない。それなのに、大声を出したり走り回ったりする気にはなれない。ここは祈りのための聖域。
わたしは床にひざまずいた。両手を組むと、心が自然に凪いだ。神様の為に、伯父さんの為に、新しく出来た友達の為に。祈れば祈るほど嬉しくなる。そして顔を上げると、モリがいた。
舞台に立つモリはまるで教父様か、もっと言えば天使みたいに美しく、舞台上ではにかんでいる。
「今からあたしの魔法を見せてあげる。妖精はね、いつもはあたしたち人間のことなんか気にしてないの。虫みたいなもんだと思ってるかもしれない。だから、こっちに気づいてもらわなきゃいけない。それに、手伝ってもいいかなって思わせるためには好きにさせなきゃ」
「ぼくだったら、星の光を灯すけど」
「そんなんじゃ駄目。火なんてありふれてる。よく見てて……」
モリは座るように促した。ガラスの小瓶を取り出し、色とりどりのきらめく粉を周囲に撒いた。それから、羽衣のように薄いショールをふわりと体に巻きつけ、うやうやしくお辞儀した。
一体これから、何が始まるのかしら?
期待と緊張でいっぱいになったわたしの耳に笛の音が聞こえた気がした。モリはその音に合わせてしばらく揺れていたけど、音程が変わった瞬間から手足をしなやかに曲げ伸ばして踊り始めた。
はっと我に返った時、いつの間にかリートがその踊りに加わっていた。といってもほとんど突っ立っているだけだったけど。
わたし、寝てた?……まさか。ちゃんと目を開けてたし、眠気もなかった。それなのに何も覚えてない時間があって……。
モリはリートの手を取ったまま、器用に踊っている。だんだんリートの目が虚ろになっていく。
「何もかも忘れちゃえばいいの。あんたにはその方がいい。ね? あたしに手伝わせて……」
モリの甘い囁きは、わたしの耳にも流れ込む。
リートは舞台の上でぽつんと呟いた。
「でも、師匠が……」
「師匠なんてどうでもいい」
モリがぴしゃりと言った。
「今大事なのはあんたとあたし。ね? あたしたちいい友達になれるよね」
何かヘンだ。これが、妖精を呼ぶための儀式? モリがわたしの方を向く。美しい緑色の瞳が冷たく光っている。
「ノール姉さんもね」
完璧な笑顔だ。だけど安心なんて到底できない。どうしてだろう? 理由があるとすれば、右手に宝石を散りばめた短剣を隠していることだろうか。それとも油断のない目つき?
「来ないで……」
わたしがそう言うと、モリは瞬きした。
「どうして? ノール姉さん」
「あなたは何かおかしいもの」
リートの手を掴んだままモリは笑う。
「どこがヘン? リートに手伝ってもらってるの。妖精を呼ぶため」
姉さんも、手を貸してくれる?
「わたしは嫌」
「ふうん。まあいいわ。どうせあなたには何もできない」
言われて初めて、体が凍りついたように動かないと気がついた。わたしの体だ、自由にならないはずがないのに!
「うーん、どうも集まりが悪いわね。妖精はやっぱり魔物を嫌うのかしら」
モリはリートを値踏みするように見ている。
「魔物が近くにいるの?」
「ええそうよ。リートは魔物の子なの。有名な話よ」
わたしはリートをまじまじと見つめた。小柄な、可愛い男の子だ。どこからどう見ても魔物には見えない。だけど……いきなり牙を剥いて襲いかかってくるのだろうか? すんなりと伸びた、よく日に焼けた手足も、日の当たり具合でいろんな色に見える丸い瞳も、真っ白な歯が覗く口も。全て恐ろしい怪物のそれに変わってしまうのかしら?




