第4章 5
驚いて振り返ると、すぐ後ろに見慣れぬ少女__モリが立っていた。いつのまについてきていたんだろう。
モリは見た目もとても可愛かった。アーモンド型の瞳を長い睫毛が縁取っている。背中まで長く伸ばした髪の毛は明るい茶色。赤い玉の耳飾りや少し派手なカチューシャもとてもよく似合っていた。
大人びた笑みを浮かべ、モリは言った。
「あんた、リートでしょ。退屈だから付き合って」
リートは瞬きする。
「いいけど……どうしてぼくの名前を知ってるの?」
モリはくすりと笑う。
「うちの母親が話してた。魔術師オグマの秘蔵っ子だって」
リートが赤くなった。「秘蔵っ子? ……そうかなあ」
「そうよ。可愛がられてるんでしょう」
わたしはつい口を挟む。
「モリ……ちゃん? どうしてここに?」
この華やかな少女に、無視されたらどうしようと思ってた。だけど心配は無用だった。
「話がつまんなかったから、抜けてきたの。あたしがいなくってもあの人たちは気にしないわ。__ねえ、宵空の話でしょ? あたしも混ぜて」
「まだ何も分かってないのよ」
「あたしなら結構知ってる。母親の話を盗み聞きしたから」
それじゃあ、とモリを入れて三人で台所にこもった。
「あたしが聞いたのはこう。宵空は、何百年も前の人間が魔物から盗んだ物なの。赤からみどりへ色を変える、大きくてとても美しい宝石よ。真ん中に星みたいな光が灯ってるの。だけど、皆して奪い合ったものだから、手にした人は不幸になるとか、魔力があるとか噂になった。噂はどんどん広がって、欲しがる人もますます増えていった……」
モリは、まるで見てきたかのように語る。何も知らないくせに。
「宵空を手に入れた商人が王様に暗殺されたり、その王様の宮殿に火をつけられて宵空が盗まれたり……争いは何世紀も続いたの。だけど、アマンドラのある魔術師がついに終止符を打った。それが二百年前のこと。その魔術師はね、聖火を守る神官の一人だったんだって。他の人よりも強い魔法で、宵空に群がる賊を一気に蹴散らした。そして、神殿を離れて宝石を家族と大事に守ったの。彼の名前はね、シャード・ベガ。この家の先祖よ」
「宵空がこの家に……」
「うん、そう、でも話はまだこれからよ」
モリは戸棚から取り出したくりん草酒を飲み、また話し出した。
「シャード・ベガが宵空を守り始めてから何十年も経って、妙な噂が流れたの。彼はすごい年寄りだったのに、ずっと長生きしてる。それどころか、前より若返ったみたいだ。それに、彼の亡くなった妻や父母に会った人がいるって。シャードは何も話さなかったけど周りが騒ぎ立てたから、魔術師連盟の知るところとなった。連盟は占い機関に調査を頼んだ」
「え、どうして?」
「占い機関にはね、実力のある占い師が沢山いる。そして占い師は探し物や真実を突き止める職人。ちょっと彼らが本気になったら分からないことは何一つない。あたしが今朝何を食べたかも、あんたたちが何者なのかも」
すごいような、恐ろしいような。
「占い師たちは、ベガ家を徹底的に調べ上げた。何人も間諜を放って何日も見張りを続けた。そして、ついに突き止めたの。死んだ人間が生き返っていること、反対にベガ家の娘たちが忽然と姿を消していること」
その後唐突に落ちた沈黙が怖かった。
わたしは今の話を飲み込もうとして、とっさにやめた。よく考えちゃ駄目な気がした。
それなのに、リート君ったら。
「分かった! 娘が死んだ人の変装をしてたんだ」
モリが溜息をついた。わたしも同情する。
「リート君……違うと思うわ」
「じゃあどういうことですか?」
「教えてあげる。占い師たちはこう考えたの。『娘の命と引き替えに死者を蘇らせたんじゃないか』って。その報告を受けた連盟は街の役人にベガを捕まえさせた。そしてついに彼は白状したの。……宵空の魔法とは、死者を生き返らせること。ただし引き替えに娘の命を差し出さなきゃならなかったんだって」
……嫌な話だ。何がひどいって、娘をそのために死なせたことが。わたしには理解できない。娘だって、死にたくなかったにきまってる。
もしわたしだったら、どうだろう? 父さんを生き返らせるために死んでくれと伯父さんに言われたら? あるいは、その逆だったら? 絶対に嫌だ。犠牲になるのも、犠牲にするのも。
リートはべそをかきかけていた。モリだって顔を歪めている。親や師匠のことを思い浮かべたんだろう。
モリが続きを語った。
「連盟の奴らは、取り上げた宵空で試したんだって。その……言っていることが本当かどうか」
「誰かを殺したの?」
「女の罪人を使ったんだって。シャードがやった通りに、女の胸を突き刺した。だけど上手くいかなかった」
死人は蘇らなかったのか。
「ベガ家の人間は大金を払って罪を免れた。だけど、別の魔術師が、宵空を盗んで逃げた。それっきり、行方が分からなくなっていたの」
「この家の人たちは……?」
「きっとその子孫よ」
長い長い話を終えたモリは瓶の中身を一気にあけた。
「怖いでしょう。夜眠れなくなる?」
確かに怖い。リートは膝を抱えて震えている。モリがちょっかいをだした。
「どうする、あんたの師匠がここの娘を生贄にしようとしていたら?」
「そんなことあるもんか」
リートは言い返す。散々文句を言っていても、オグマにすっかり信頼を寄せているんだ。
わたしは、あることに気がついた。
「ねえ、今の話が本当なら……レイラとロザが危ないんじゃないの?」
「ベガ家の娘たちね。皆が狙ってるでしょうね」
「その子たち、今は行方知れずなの」
モリは形の良い眉をひそめた。
「宵空も、娘たちも? まずいかも」
「でしょう! 早いとこ助け出さないと。生贄にされちゃうかもしれない」
もう手遅れだとは思いたくなかった。
「ぼくたちで助けられるかな?」
モリはうなずいた。
「できるわよ、あたしたちも魔法が使えるんだもの。さっきの地図を見せてちょうだい。何かある気がするの」




