第1章 2
わたしの名前は、ノール。父さんの姓は、ドマエ。さっきも言ったけど、父さんたちは五年前に病で死んだ。今わたしは十四になったばかりだから、九歳の時にお別れしたってことになる。
……でも、伯父さんがいるから、わたしは完全に独りぼっちじゃない。ぼっち半ってところ? 伯父さんは父さんのお兄さんで、村から少し離れたところに住んでるの。ちょっと前まではわたしの家にいてくれたけど、今はもうわたしが何でも一人でできるくらい大きくなったから、週に一度泊まりに来てくれる程度になった。ちょっと寂しい。だけどゼータクは言ってられない。自分にも伯父さんにも、毎日やることがたくさんあるから、泣いてる暇なんてないものね。
おっと! かわいそうなんて思わないで。わたしはそう思ってない。周りの大人に何度も言われたけど、母さんたちと一緒に死ななかったのはとても幸運だったのよ。今でもはっきり覚えてるくらい、恐ろしい猛威を振るった流行病だったんだもの。村中の人がばたばた倒れて、誰もが長いこと苦しんだ。街からかなり距離があるから、お医者様が来るのも遅かった。薬だってとっても少なかった。生き残った人たちの中の何人かは、今でも体のあちこちが満足に動かない。
我が家に最初に病を持ち込んだのは、わたし。その頃一緒に遊んでた友達からうつされたのが悪夢の始まりだった。熱さと寒さが交互にやってきて、体中が痛かった。(今でも、訳もなく節々が痛むとすごくどきっとする)母さんは泣き叫ぶわたしを優しく世話してくれた。鶏のスープを作ってくれたし、熱にうなされている時は、子守唄を歌っていつまでも背中を撫でていてくれた。
だけど、大人の方がいざとなったら病が治りにくいって皆が言ってたのは、本当だったの。
母さんはわたしから、そして父さんは仕事仲間から病の魔物をもらってしまった。うちは三人家族だから、そしてちょっと村の隅っこに家があったから、お医者様を呼ぶのが他のところより遅かった。
街にいた伯父さんは、病の噂を聞きつけて助けにきてくれた。だけどその時、母さんたちはもう手遅れだった。伯父さんは泣いているわたしを抱きしめてくれた。病がうつるかもしれなかったのに。
……幸い、病はうつらなかった。だから伯父さんは今でも会いにきてくれるし、わたしはこうしてここにいる。
ごめんね、暗くなっちゃった。代わりに村の話でもしようかしら。
わたしが住んでいるところ……麦畑の村オルバは、その名のとおり麦畑と牧場ばかりのちっぽけな村だ。わたしは他の村や町を見たことがないけど、伯父さんが「ちっぽけ」だと言ってたから、たぶんそうなんだと思う。村を紹介するのはとってもカンタン。畑があって牛や羊がいて、あとは人。家は何軒かあるかな。それでおしまい。わたしが毎日何をしてるのかっていうと、昼は畑の手伝い、牛や羊の世話、あとよその家の炊事洗濯のお手伝い。夜は自分の家事。一日働くと、銅貨二枚と野菜やら小麦やらが貰える。ちょっと少ないなって思うことだってあるけど、文句なんて言えっこない。まだ大人みたいにはてきぱき働けないもの。
村の他の子どもたちは、家のお手伝いをすることもあるけれど、たいがいはボール遊びやおしゃべりに夢中。学校に行ってる子もいるわ。それもこれも、親がいるからできることで、わたしには縁がない。伯父さんに頼むのは心苦しい。いくら優しくても、父さんみたいには甘えられない。だって当然のことだけど、わたしは伯父さんの娘じゃない。いつか伯父さんが結婚して子どもができたら、きっとわたしのことなんか頭から吹き飛んでしまうに違いない。血のつながりなんてそんなものでしょう? より近い方が大事なんでしょう。
だけどやっぱり、わたしは幸運な方だと思う。食べ物には困らないし、住む家がある。遠くの町に住み込みで働きにいかなくて済んでる。病の恐怖はもうオルバからはいなくなった。
父さん母さんの顔は、今じゃぼんやりとしか思い出せない。わたしと同じ金髪だった母さん。結婚する時に父さんからもらった星の髪飾りを大切にしてた。街の出身だから虫や動物があんまり好きじゃなかった。土の中から見つけたゲジゲジやダンゴムシをお土産に持ち帰った時、ありえないくらい怒られたっけ。でも、わたしが犬や牛と遊ぶのは大歓迎。だって世話を任せられるからね。家の中はいつもきちんと片付いていて、ゴミ一つ落ちていやしなかった。今のありさまを見たらきっと嘆くだろうな。わたしは掃除が苦手だし、自分の家の面倒を見てる暇はあんまりないの。本格的に片付けをするのは伯父さんがくるときだけ。それでいいと思う。家が散らかってても人は死にやしないわ。
……ふう、疲れた。ちょっと休ませて。起きたばっかりなのにね。なんか妙に体がだるいし頭の中がもやもやする。蚊の群れが飛び回ってるみたい。だから、何か思い出すだけでも一苦労なの。
わたしはふかふかの寝具の上に寝転がった。今は何時? 夜はまだ明けないのかしら。せめて窓だけでもあったら良かったのに。
そういえば、全然お腹は空かない。変ね。普通、起きてちょっと経ったらお腹がぐうぐう鳴り出すじゃない? でも、考えない方がいいかしら。本当にお腹が空いた時に、食べ物が何もないのってみじめよね。ここにはパンの屑ひとつおちてない。つまり、いつか必ずやってくる空腹に抗うための武器は何もないってわけ




