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輝ける明けの明星  作者: 六福亭
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第4章 2

 二階には三つの部屋があるらしい。同じ色形の扉が三つ。リートが扉のつをランプで照らすと宿屋のように小さな看板がかかっていることが分かった。

「レイラ……ですって」

 女の子の名前だ。部屋の主かしら。扉を叩いても何の返事もない。鍵はかかっていないようだった。思い切って開けると、しょうのう玉や花の匂いが入り混ざって鼻がつんとした。

「なんだか……すごくごちゃごちゃな部屋ですね」

 その感想も無理はない。一階と同じくらい雑然としている。箪笥の引き出しは全てばらばらに開けっ放しで、こっちが恥ずかしくなるくらい衣類がはみ出している。本棚の中にきちんと収まった書物は一つもない。わたしたちはつま先で部屋の中を歩いた。沢山のぬいぐるみにゲーム盤、ぬいかけの巾着、半分ほど出来上がったビーズの首飾りの束、書きかけの手紙。途中で放り出したようなものが多い。

「あ」リートが声を上げた。

「どうしたの?」

 足元から拾い上げたのは小さな透き通ったネコだった。

「ガラスです」

「かわいいね」

「こんなのいっぱいあるんです。ほらそこにも、あっちにも」

 よくみると、転々と落ちている。犬、象、鹿……踏んで割ってしまいそう。

「ノール姉さん、見てください」

 リートがにこにこと握った片手を突き出した。わたしの目の前でゆっっくり開くと、手の中の鹿が前足を振り上げて鳴いた。

「わあ!」

 驚いているうちに鹿は飛び降りてどこかに行ってしまった。

「こんなこともできるのね……いいな」

「楽しいですよ」

 リートは今度はガラスのネコをつまみ上げ、わたしの手にのせた。それから「うにゃぁーおお」と鳴き真似をした。すると! ネコはぶるぶるっと震え、可愛らしく返事をする。

 突然、ほぼ忘れかけていた思い出が頭に降ってきた。

 ネコを飼いたがっていた頃があった。まだ病が流行る前、友達の家のネコが子供を産んだんだ。だっこさせてもらった時、これ以上に可愛いものなんてこの世にないと思った。結局許してもらえなかったけど、名前までつけていたっけ。

わたしは、ガラスのネコをそっとリートに返した。

「次の部屋に行こ」

 部屋に溢れかえっていた衣類や玩具を見るに、レイラという女の子はかなり甘やかされていたみたいだ。お金持ちのお嬢さんはやっぱり違うわね。


 二番目の扉には「ロザ」と打たれている。レイラの姉妹かな。この部屋は比較的整然としていた。隅っこに畳まれた寝具の上に藤色の衣が乗っていた。机の上には物がわずかしか載っていない。


 だけど、とりわけわたしたちの目を引いたのは、壁に沿ってきちんと並べられたいろんな種類の武器だった。勿論、リートが作ったようないんちきなものじゃない。弩、短剣、長剣、刺のついた鉄棒に鉄砲まである。どんだけ物騒な人なんだろう。

「すごい!」

 リートが歓声を上げ、磨き上げられた抜き身の長剣に触ろうとした。

「危ないわ」

「平気ですー」

 わたしの忠告なんか聞きもせずに危険な金属をつつく。

「ねえ、本当にやめて」

 リートは渋々手を引っ込めたけど、今度は鉄砲に興味を持ったみたい。えっちらと持ち上げてわたしに見せる。

「これ、どうやって使うんでしょうねえ!」

「火薬で作った弾をこめるのよ。そして的に向けてこの引き金を引くの」

 

 鉄砲を見せてくれたのは伯父さんだった。外国まで行かないと手に入らない、とても高価で珍しい武器なんだと教えてもらった。わたしに使う機会が来るとは思えなかったけど。


 もし扱い方をちゃんと知っていたら、夕べのような悪党にもちゃんと立ち向かえたのかな。


 リートから鉄砲を取り上げて元の場所に戻す時、金属の部分に反射して何かが光った。辺りをちょっと見回すとすぐに正体が分かる。机の上の耳飾りだ。


 それをわざわざつまみ上げたのは、かすかに引っかかる記憶があったからだった。おしゃれなめのうの、小ぶりな耳飾り。吸い込まれるような青色と小鳥の羽をかたどった銀の金具が特徴的。はて、どこでみたことがあるのかしらん。

「姉さん!」

リートがわたしを呼んだ。

「これ、見てください」

 差し出されたのは、長四角に折り畳まれた手紙だった。

「見て良いものなの?」

「宛名だけでも」

 従った瞬間、どきんとした。書いた人の強い感情にあてられた。

「__大嫌いだったレイラへ」 

 姉妹というものが必ずしも仲良しじゃないことは知っていた。村にも、しょっちゅう喧嘩している双子の姉妹がいる。だけど大嫌いとはただ事じゃない。幼い敵意に、関係のないわたしでさえ横っ面を張られたような心持ちになった。

「これ、ロザって人が書いたのかしら」

「もう一つの部屋の人かもしれませんよ」

 どっちにしろ哀れなのはレイラだ。家族に恨まれるほどの何をしたんだろう? 一体どんな女の子なんだろう。

 少しだけ紙をめくってみる。一文めに『決して許せない』と書いてあるのを読んでしまい、続きを読む勇気が失せた。


 最後の部屋は書物でいっぱいだった。インクと埃、それとかすかに煙草の香りがする。レイラの部屋と同じように棚から全ての書物を引っ張り出し一冊一冊を読んでは途中で放り出したような散らかりようだ。片付けができない血筋なのかしら。

そうだ、扉には「ラバン」と書かれていた。

「ぼく、この名前を知ってます。師匠のお友達です」

 リートは声を潜めた。

「ちょっと前に死んじゃったんですって。だから師匠はこの街に来たんです」

「弔いのために?」

「はい。それと、後片付け?を頼まれたんですって」

 この家の片付けをするのはものすごく大変だろうな。手伝ってあげてもいい、もしお願いされたらね。

「でもでも、ヘンだと思いませんか?」

「レイラとロザのこと?」

 リートは大きくうなずいた。

「この家に誰もいないんなら、一体どこに行っちゃたんでしょう」

「どこか遠くでお葬式を出してるのかしらね」

「そんなことありっこないですよ」

 わたしもそう思う。何だか胸がざわざわする。日に日に弱っていく母さんの手を握っている間、もう駄目かもしれないと悟ったあの時のように。一刻も早く行動しないと大変なことになる。だけどどうしたらいいか分からない、そんな感じ。

 だとしたら、わたしたちにできることはなんだろう?

 リートがくしゃみした。「魔法の匂いがします」

「魔法の匂い?」

「魔法ってお花みたいに匂いがするんです。山椒の粉とレモンが混ざったようなぴりっとした匂いが」

 絶対においしくない取り合わせだ。

「だから、魔法使いがいるとすぐに分かるんですよね」

「それ、オグマさんのじゃなくて?」

「違いますよお。こんな鼻がむずむずするの、初めてです。すごく強烈で、その癖古いんです」

 思わず身構えた。屋根裏にでも魔術師が隠れているところを想像してしまったの。かなりぞっとしない。

「魔術師がレイラたちを連れ去ったのかしら?」

「そうかもしれません」

 だったら、わたしたちでどうにかできることじゃない。オグマさんを起こしてくるところから始めないと。


 また、リートは立て続けにくしゃみした。鼻の先が赤くなっている。高く積もった埃のせいでもあるかもしれない。


 わたしはリートの周りから本をどけた。分厚い本の間から黄ばんだ紙が滑り落ちた。


 何かしら。文字が書かれていない。黒いインクの線が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。その糸の所々に赤や緑や紫の丸印。

「これ……地図?」

 リートも覗き込む。「ほんとだ。どこの地図でしょう」

「さっぱり分からないわね」

 じっと読み解こうとするうちに、リートの瞳が輝き始めた。

「ノール姉さん、ひょっとして宝の地図じゃありませんか?」

 なにそれすっごくわくわくする。

「きっとそうだわ。こんなのを持ってたから魔術師にさらわれたのかも!」

 リートは眉をひそめる。

「師匠以外の魔術師だったら、やりそうです」

 なにしろわたしたちをつけ狙うくらいだものね。

「どんな宝かしら? 宝石? 金貨? それとも絹の織物?」

「魔物のお宝かもしれませんよ」

 なんにしろ、見つけるためにはこの秘密の暗号めいた地図を解読するところから始めないといけない。

「探したらもっと手がかりが見つかるはず。この館を徹底的に……」

 言ってから気がついた。異様に散らかっているのは誰かにそうやって探索されたせいなのだろうか。

 突然、リートがはっと顔をこわばらせた。

「どうしたの?」

「聞こえません? 下から……」

 耳を澄ますと、人の声がするような。うーん、これは……

「オグマさんが起きたみたいね」

「まずいです。きっと怒られます」

「あら、どうして?」

「人の家ではお行儀良くしないといけないって……」

 隠れようか。衣装だんすが目に止まった。うん、ここなら。

「地図も隠しましょ」

 リートが服の中に紙を忍ばせている間に、荒々しく階段を上がる音が近づいてくる。間一髪、なんとか大きな音もたてずにたんすの中に二人して忍び込んだ。身動きがとれるほど大きくはなく、窮屈だ。木綿の着物の肌触りが心地良い。

 完全に隠れおおせたと思ってた。なのにオグマは迷いなくこの部屋に入ってくる。

「リート! そこだな!」

 わたしたちは震え上がった。声が怒ってる。顔なんか見なくてもわかる。

 だけど素直に投降する気にはなれなかった。たんすの中で黙りこくっていたら、世にも恐ろしい舌打ちが聞こえてきた。

「今なら選ばせてやる。無理矢理そこから引きずり出されるのと自分で出てくるのと。……どちらがいい?」


 無条件投降。

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