第3章 リート
少年は、悪党どもを見送ってから、たたっと駆け寄ってきた。ぱっちりとした空色の目がわたしをじいっと見つめる。そんな澄み切った瞳といい、毛先だけくるっと跳ねたつややかな黒髪、そしてやけに整った顔立ちといい……
かわいいっ!
声には出さなかった。失礼かもしれないから、何とかこらえた。だけど、もうちょっと小さい子だったら抱きしめたくなるくらい……あどけなくて、可愛らしい!
少年は、わたしのそんな感動を知ってか知らずか、こう言った。
「危ない所でしたね!」
そうだった。わたし、追いかけられてたんだ。
「えーと、あなたが助けてくれたのよね」
「はいっ」
「ありがとうね。どうしていいか分からなかったの」
すると少年は、ぴょんと飛び上がり、キレのある動きでわたしを指差した。
「そんな時はぼくらにお任せくださいっ。どんな奴からも魔法で守ってみせます!」
「魔法……?」
「はいっ。ぼくは魔術師なんです!」
これまたびっくり。こんな小さな男の子が魔術師だなんて。
「あ、まだ見習いなんですけどね。でも魔法は沢山覚えてます。足も早いです。どんなお願いでも頑張って叶えます!」
必死さが伝わってくる。なんだか笑ってしまいそうになった。
「それに……」
「それに?」
「今なら、今だけ、おまけにいいものあげます」
少年は軽く握った右手を突き出した。ついついつられて注視する。
ゆっくり開いた手のひらにあったのは、ガラス玉だった。手の中で転がるたびに虹色に輝く。ごく小さな白い羽が中に閉じ込められている。
「きれい……」
「でしょう!」
これも魔法なのかしら。
少年はわたしの顔を覗き込んだ。
「ね、ね、どうですか?」
「でもわたし、お金を持ってないのよ」
「物々交換でもいいですよっ」
そこまで言われたら、断れないよね。
「わたしを守ってくれるの?」
「はいっ」
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
「はい!」
少年と握手する。
「ぼく、リートっていいます。お姉さんは?」
「あ……わたしは、ノール。よろしくね」
「ノール姉さん、よろしくお願いします」
リート君はわたしの手を引いてずんずん街中へと進む。広い道に沿って等間隔に立つ街灯が赤やみどり、黄色の火で行き交う人々の顔を明るく照らしている。闇を怖がる子どもはどこにもいない。
夜が長くても、この街では気にしていないみたい。
「ぼくは今日この街に来たばっかりなんです」
「わたしも」
見れば見るほど美しい街並みだ。滑らかな大理石で出来た白い家がどこまでも連なる。とんがった屋根はそれぞればらばらな色だ。足元に敷き詰められた石にはところどころガラスの欠片が埋め込まれていて、街灯の光を受けてきらきら光っていた。街の中心には運河があり、魚だの珍しい果物を沢山載せた船がいくつも通る。オルバでは決して見られない光景だ。そう思った時、なぜか胸がずきりと痛む。
こんな景色がどこまでも続いているんだからね、ため息がでちゃう。母さんが働いていた時も、きっと楽しかっただろうな。
「ノール姉さん」
リートが真剣な顔で聞いてくる。
「あいつら、どうして姉さんを追いかけてるんですか?」
「それがね、よく分からないの。何もかも……」
あんな胡乱な連中に追い回される覚えはない。強いて言えば、働いているところの奥さんが探しにきた可能性はあるけど。
リートの握る手に力がこもった。
「大丈夫です。ぼくが守ってあげます。ダメだったら、ぼくの師匠が助けてくれます」
一生懸命に言う様子は、頼もしいというよりは微笑ましい。
歩いていると、いつの間にかバザールに入りこんでいた。どこかしこから良い匂いがする。からっと衣をつけて揚げたお肉だの、焼きたてのふっくらパンだの、牛乳に砂糖と木の実を混ぜた甘い飲み物だの。今まで見たこともない数の人の群れを上手くすり抜け、リートはバザールの半ばまで導いてくれた。人混み酔いしそうなわたしと大違いだ。
「何か食べましょう!お腹空きましたっ」
屈託のない笑顔でリートが言い、小さな巾着を懐から取り出した。




