第63話 最近、メイドは野球に興味を持ったみたい
「すごく美味しかったですね」
ポニーテールから髪を解いた有希は、天一が気に入ったみたいで、満足げに言い放つ。
うむ……。やはり俺は銀髪ロングストレートが好きなのかもしれない。
ポニーテールも良かったが、こっちの方が、グッとくる。
メインばかりではなく、こうやってサブを見ることにより、メインが際立つというか……。
「なんです? 私の顔になにか付いてます?」
「顔にメンマ付いてるぞ」
「なっ!?」
言うと、すかさず鞄から可愛い手鏡を取り出して、自分の顔をチェックした。
「って! 顔にメンマ付いていたら、流石に気が付くでしょ!」
「あはは! それもそうだな」
「なんの嘘ですか! もう!」
あんたの顔見てただけ、なんて素直に言えないよな。
ちょっと怒っている有希を横目に、なんとなしにスマホを取り出した。
スマホには正吾からのLOINが入っていたが、スルーで良いだろう。
「今からどうする?」
楽しいので、これでお開きとはしたくない。まぁ、お開きと言っても帰る場所は同じなんだけどな。
「そうですね……」
考え込みながら、クスリと笑みを零した。
「サボっているのだから、時間はありますよね」
「だな」
つられて俺も、クスリと笑ってしまった。
「一応、駅前だから遊ぶ場所はいくつかあるけど」
人が全然利用しない駅前だが、完全セルフサービスのカラオケや、ゲームセンターもある。
有希は駅前の様子を、ぐるりと見渡した。
「カラオケもゲームセンターもほとんど行ったことないので興味はありますが……」
チラッと俺を見て質問をしてくる。
「場所を変えても良いですか?」
「もちろん。有希が行きたいところがあるなら、そこに行こう」
「どこでも良いですか?」
「行きたいところで良いよ」
「それじゃあ、行きましょう」
♢
国道を家の方向に歩くこと数分。家を通り越して、北にある最寄り駅をも通り越してやってきたのは、国道沿いにあるドーム状の建築物。
その中に入ると、キン! と金属音が響き渡る。
「バッティングセンター……」
ここはバッティングセンターみたいだ。
俺もこの付近に住んで1年半を過ぎたのだが、北にある最寄り駅より更に北へと足を踏み入れたことがなかった。遊びに行くなら電車に乗って繁華街に行くし、駅より向こう側に行く必要性を感じなかったからだ。
いくつかの種類があるバッティングゲージ内には、数名の利用客が、ブンブンとバットを振り回し、当たると、キン! と金属音を放っている。
バッティングゲージの外は真っすぐ伸びた廊下になっており、バームクーヘンみたいな変わったベンチと、その裏手には自動販売機やおしぼりの入った保温器があったりしている。
「野球好きだったのか?」
有希に聞くと、首を横に振られる。
「ルールもわかりません」
「そうなの?」
ですが、とチラリと俺を見ると、ゲージ内に入って行く。
「最近、興味を持ちまして。動画で少しだけ拝見しました」
「それって……」
俺が野球をやってたから?
そう聞きたかったが、質問をする前に有希はゲージ内に入って行った。
《佐々木(郎)・球速130km・直球》
と書かれたプレートが目に入る。
「おいおい……」
野球初心者が130kmなんて打てるかよ。
そう思うのと同時に、このバッティングセンターはプロ野球選手が投げてくれるみたいな動画があるみたいだ。
有希はバットを持つと、財布から400円を取り出して機械に入れる。
そして、左バッターボックス内に入った。
「左打ちなんだ」
バームクーヘンみたいな椅子に座ると、『プレイボール』とゲージ外まで、機械音声の審判の声が響き渡った。
彼女のフォームを見ると、本当に初心者なのか疑うレベルで綺麗なフォームである。
ただ……。
「なんで、落合打法……?」
彼女のフォームはスクエアスタンスで、バットを体の横、ホームベースの真上でゆったりと構えるフォーム。昔の有名なプロ野球選手の打法である。
別名として、神主がお祓いをする様子に似ていることから、神主打法だなんて呼ばれる独特のバッティングフォームである。
そのフォームがあまりにも綺麗なため、バッティングセンターに来ていたおっちゃんも店員さんも、有希のゲージに注目している。
そりゃ、銀髪美少女が落合打法でバッティングしてたら注目するだろう。
ただ、1つ否定させてもらうとしたら、落合は右バッターである。
そんなことはおかまいなしの1球目。
キンッ!
広角打法!?
いや、うん。女子高生が130kmを打つことも凄いんだけどさ。なんで逆方向にめっちゃ強い打球打ってんだよ。
次々に放たれるボールを落合打法をとことん追求したかのようなバットスイングで、逆方向へ強い打球をぶっ飛ばしていた。
♢
「ふぅ。初めてにしては上手くいきましたかね?」
ゲージから出て来た有希は満足げに額の汗をぬぐった。
「いや、色々とツッコミところがあるんだが……。とりあえず、あんたが本当に野球を初めてというのなら、今すぐに野球をした方が良いとだけ伝えておく」
「それは過大評価ですよ。同じ方向にしか飛ばなかったんですから」
逆方向にホームラン級の打球を飛ばして納得いっていない様子。野球を知っていたら、その凄さがわかるのだが、初心者にはわからないみたいだな。
「それにしたって、あの打法で良く打てたもんだ」
さきほどの有希の打法はお遊びなら良いのだが、フォームの基礎を崩してしまうからやらない方が良い。
「さて、次は晃くんの番ですね」
「やっぱりやるのか」
この流れでやらないとは思っていなかったが、バッティングなんて久しぶりにやるからちゃんと打てるかどうか不安である。
こちらの不安を尻目に、有希はバッティングゲージとは違う場所を指差した。
「次は、晃くんが過去を語る番です」
言いながら差したのは、テレビでもお馴染み、ストライクアウトのゾーン。
「ピッチャーだったんですよね? だったら、これをやりながらあなたの過去を教えてください」
とんでもない無茶振りが飛んで来た。
「いや……。文化祭の時に喋った以上の過去は俺にはないっての」
少し恥ずかしい記憶が蘇り、ついつい顔を逸らしてしまう。
「今日は私の過去を聞いたのですから順番ですよ」
折れない精神で見つめられて、こちらが折れてしまう。
「本当に大した過去なんてもうないぞ」
「良いんです」
俺は強制的にストライクアウトのゲージへと誘われてしまった。




