第30話 呼び方注意
「はいはいはーい。みなさーん。もうすぐ中間テストですので、勉強頑張ってくださいねー」
うええええええ!
教卓に立つ猫芝先生が、地獄の門を開かんとする最悪の言葉を笑顔で言い放つ。その言葉を受けた生徒達は拷問を受けるような苦しみの断末魔を上げている。猫芝先生は、普段からにこやかゆるふわな感じなので、発言と相まってサイコパスな地獄の門番に見える。
俺も内心では、地獄の釜茹につかる気分だが、周りほどの苦痛はない。志が低いので、赤点を逃れられれば良いという考えだ。
「大平さん。今日って大丈夫?」
そんな地獄の中、白川琥珀がいつの間にか後ろの席の有希のところにやって来ていた。
「はい。いつものですよね」
「うん。ごめんね。忙しいのに」
「いえ。私も復習になるので、全然かまいませんよ」
そんな美少女2人の会話が気になり、振り返って聞いてみる。
「いつものって?」
2人はそこまで仲の良い関係性ではないだろう。有希も友達はいないと言っていたし。そんな2人のいつものというのはなんなのか。
こちらの問いに白川が答えてくれる。
「テスト前は、いつも大平さんに時間作ってもらって教えてもらってるんだ」
「へぇ」
意外だなぁ。と思ったが、そういえば白川は休み時間にしょっちゅう有希に勉強を聞いているところを見たことあることを思い出す。
「勉強だけの関係です」
有希の発言に苦笑いが出る。
「健全なんだけど、どこか卑猥な言葉の気もする」
「いや、そう言われたらそうなんだけど、それだとわたしって勉強目的で大平さんに近づいてるみたいじゃない?」
「それだと健全な感じだけど、やっぱ言い方がどこか腹黒いよな」
「ふふ。冗談ですよ。特になにも思ってませんから」
どうだか。腹黒メイド生徒会長は本気で勉強だけの関係と思っていそうな気がしないでもない。
「てか、白川って成績そんなに良くないの? そんなイメージないけど」
学年1位のところにまめにやって来ないといけない程なのか疑問である。赤点組ではないと思うが。
「いやー。お恥ずかしながら成績は良くなくてね。赤点取ると部活もできなくなるから必死だよぉ」
「部活って、野球部のマネージャーだよな?」
「そうそう。人数少ないからね。私も練習手伝って、ギリギリ練習できるって感じだから。私が抜けるわけにはいかんのよ」
言いながら、冗談交じりで付けくわえてくる。
「ちなみに、今年の秋大は人数不足で出場できませんでした」
なんとも反応しにくい発言に、白川は笑って答える。
「でも良いんだ。私もだけど、みんな野球が好きで集まってるから。勝ち負けじゃなくて、野球できたらそれで良いんだよ」
「「おお」」
俺と有希はつい反射的に、パチパチと手を叩いた。それを見て、白川は照れくさそうに、「どもども」とペコっていた。
「そういうことでしたら、私も手を抜かずに白川さんに教えないといけませんね」
「お願いします。先生」
「先生……。うふ……」
有希はちょっと嬉しそうにしていた。
「うおおおおお! こおおおおおお!」
有希の嬉しそうな声の次に、野太い悲鳴と共にこちらにかけよってくるガタイMAXのイケメン。暑がりなこいつは、未だに衣替えをせずに、元気いっぱいのワイシャツ姿である。
「文化祭前に中間テストなんて酷すぎるぜえええ!」
「ま、生徒泣かせではあるよな」
しかし、個人的には理に適っていると思える。
文化祭後にする方がもっと嫌だろうし、文化祭前にすることで、文化祭の準備で上がった気分をそのまま勉強に使えと言わんとしているのが伺える。そして、気持ち良く文化祭を楽しみなさいという学校側の配慮と捉えることができる。
まぁ……。文化祭前に苦しめ生徒共、と教師軍の腹の黒い部分が見えないわけでもないが、それでも文化祭後にやるよりも、前にやる方が良いと思う。
「晃! こうなったらいつものやつやるぞ!」
「だなぁ」
いつものやつとは、マックスドリームバーガーでの勉強会。という名のただの駄弁りだ。結局、こいつと集まると遊んでしまうんだよな。
「そっちも楽しそうだねぇ」
白川はミディアムヘアの横髪を耳にかけながら聞いてくる。
「いつものってなぁに?」
さっきのお返しではないだろうが、俺と同じ質問を投げると、「おう」と正吾が白川の質問に答えた。
「マックスドリームバーガーで勉強会だ。ま、勉強会って言っても晃と2人だけだがな」
「へぇ。そっちも勉強会ねぇ」
感心したように頷くと、「そだ」と白川の頭から電球が出て来た気がする。なにか閃いたような声を出すと、俺達3人に提案を出して来る。
「せっかくだし、4人で勉強しない?」
「うおお。白川ナイスアイディア!」
「でっしょー」
正吾は白川の案を褒めると、彼女は手を腰に当てて鼻高々にしている。
盛り上がる2人を置いておき、有希へ尋ねる。
「ゆ──」
「ゆ?」
「YOUは良いの?」
「「「YOU?」」」
俺の発言を3人が繰り返し首を捻ると、「ぷっ……!」俺の発言に有希は吹き出して笑う。
「今のは、ちょっと無理があったんじゃ」
「ごめん。言いかけての切り返しだったから」
コソッと言っておく。
学校では名前で呼ばない約束だけど、つい名前で呼びそうになっての唐突な切り替えだったので変な言い回しになった。
「ぷくく。は、はい。私は皆さんが良いのではあれば大丈夫ですよ」
「良かったぁ。守神くんは?」
「アイアムオッケー」
英語の流れでさっきのを相殺しておくことにしよう。ちょっと滑ってるのは許容範囲だ。
「晃。滑ってるぞ」
「言われなくてもわかっとるわ」
正吾のやつめ。いちいち言ってきやがって。
しかし、これでさっき、名前で呼びそうになったのを乗り越えた気がする。誰も俺の発言に疑問を持つ者はいなくなった。
「場所はどうする?」
正吾が聞くと、白川が答えた。
「それこそマックスドリームバーガーで良いんじゃない? もともと2人はそこでしようとしてたんだし」
「それもそうだな」
「ああ」
正吾と俺が肯定的な返事をすると、「ちょ」と声を出した有希へみんなの視線が集まる。
「こう……」
俺の名前を呼ぼうとして、やめた。というか、ほとんど呼んでたけど、有希は腕を組んで言ってのける。
「後悔しても良いの?」
「「「なにを?」」」
有希も俺と同じやらかしだったのに気が付いて、今度は俺が吹き出した。
「ぷっ。ま、まぁ後悔するかもだけど、マックスドリームバーガーで良いんじゃない?」
言うと、有希は流れに身を任すように、「はい」と短く答えた。
「と、とりあえず、今から駅前のマックスドリームバーガーで勉強会ってことで」
白川が、どこか違和感を抱いたような口調になりながらも場を仕切ってくれた。
「うっしゃああああああ! 店のバンズ今回も在庫なしにしてやるぜ」
「近衛くん。遊びに行くわけじゃないよ? ……って、在庫なしって?」
正吾がルンルンで行くのを、「在庫なしってなに?」と彼の発言を気になって追いかける白川。
「有希。本当に良かったのか?」
「はい。晃くんこそ、大丈夫です?」
「俺は全然」
「それでは行きましょ」
「ああ」
マックスドリームバーガーに行くと言った時の制止がなんなのかは気になったが、有希は別段変わった様子なく教室を出て行ったので、その後に続いた。




