第27話 突然の訪問と意外な人間関係
「そんなに頭を抱える必要性があるのか?」
放課後。
いつも通り、ミニスカメイド姿で俺の家にやって来た大平有希は、部屋のコタツテーブルに突っ伏して頭を抱えていた。
「ああ……。空気を読むことに専念してしまったミジンコレベルの自分の精神力が恨めしいです」
ミジンコって……。
「大平がメイドに本気なのはわかってるけどさ、せっかくの機会なんだしお遊び気分でやるのも、気分転換になって良いんじゃないのか?」
「レベルが違い過ぎるんです」
「ぬ?」
小さい声で言うもんだから、なんて言ったか聞き取れずに聞き返すと、次ははっきりと答えてくれる。
「レベルが違いすぎるんですよ。ガチメイドが文化祭のメイド喫茶なんてやろうものなら? 無双状態突入。店は大繁盛と化し、店の前には長蛇の列。私という超メイドを求めてご主人様・お嬢様は萌え萌えキュン死に昇天ヒアゴー。です」
「とりあえず、あんたには自信しかないってことはわかったよ」
まぁ、実際に彼女を実力を毎日見てるんだ。そららのメイドとは格が違うのは理解できる。そこらのメイドって言い方もなんだかな。
「なので、あそこは生徒会長特権を使ってでも阻止すれば良かったです」
「あの盛り上がりの場面での職権乱用は逆に不自然だと思うが?」
「……ですよねぇ……」
言葉とは裏腹に、スッキリしていない様子の彼女は、のっそりと起き上がる。
「そろそろ守神くんもブレザー着るでしょ?」
「え? あ、うん」
全然話の流れと違うことを聞かれたものだから、ちょっとだけ動揺して、とりあえず頷く。
「アイロンかけておきますので、貸してください」
「良いの?」
「もちろんです。こうなったら、文化祭でとことん無双してやることにしました。ですので、守神くんには無双前の前菜的な感じで超お世話してやります」
「そりゃどうも」
なにはともあれ、文化祭のメイド喫茶をやる気になったのなら良いことだ。
彼女へクローゼットの中に、1シーズン眠っていたブレザーを取り出して渡した。自分のブレザーを同級生の女の子に渡すのはなんだか気恥ずかしかったが、アイロンをしてくれるというのならありがたくやってもらおう。
「あ、守神くん。電話来てますよ」
大平有希へブレザーを渡すと同時くらいに、俺の机に置いていたスマホが震えている。俺のスマホが震えるのは、正吾か芳樹の連絡くらいだ。他は大体、知らない番号からかかってくるくらいだ。ネットだのなんだのの勧誘電話だろうと思いながらスマホの画面を見る。
「あ……」
予想していた人物とは大きく違ったので、ついつい声が漏れてしまった。
「近衛くんですか?」
大平も、俺へ電話といえば正吾だろうと思ったみたいで聞いてくるので、首を横に振った。
「母さん」
「お母様ですか。私のことはおかまいなく出てください」
「うん。ちょっと、ごめん」
大平に断わりを入れて廊下に出る。
部屋と廊下の扉を閉めて、スマホの通話ボタンを押した。
「もしもし」
『晃。元気?』
なんだか久しぶりに聞いたかのような声にどこか安心感を覚え、母親へ答える。
「元気、元気。病気もしてないよ」
『そう。良かったわ。実は今日、学校の先生とお話しがあったから学校に来てたのよ』
「い? 俺、なんもしてないぞ?」
『あはは! わかってるわよ。そうじゃなくて、一応、1人暮らしっていうことで、学校側も色々心配してくれて気を使ってくれてるのよ。猫芝先生と話しをして、晃の様子を軽く聞いただけ』
「1人暮らしだと、そういうことも聞かれるのか?」
『まぁなんだかんだ子供だからね。大人が面倒見なきゃでしょ』
「その点は理解してるさ」
自分が自立できていないってのは1人暮らしをして十分に理解できた。大平がいなかったら、未だに汚部屋住みだったしな。
『それで、せっかくこっちまで来たんだから晃のマンションまで来たのよ。晩御飯、どうせろくな物食べてないでしょ? 作ってあげるわよ』
「おお。それはありがた……」
言いかけて、ピタリと言葉を止めてドアを反射的に開けた。
こちらと目が合う、ミニスカメイド。
「今日はちょっとダメだ」
『ええ? なんで? しょーちゃん来てるの?』
「正吾は来てないけど、ダメ」
『あ、わかった。彼女? うそーん。晃もそういうお年頃? 野球しかしてなかったあの晃に? ええ』
正吾が来ていると言えば良かったと後悔するくらいに相手のテンションを上げてしまった。
「彼女とかじゃないから」
『彼女じゃなくても誰かいれてるのよね? よっちゃんとしょーちゃん以外にお友達を作るなら、私も挨拶しなきゃ』
「いや、来たら色々と誤解が……」
ピンポーン。
マンションの部屋番を押してのチャイムではなく、俺の部屋のチャイムが押されてしまう。
『もう、来ちゃった。てへ♪』
「くそ……」
俺は大平を見て、申し訳ない気持ちがこみあげてくる。
「すまん。母さんが来ちゃった」
「ええ!? 私はどうすれば良いでしょうか?」
「とりあえず中には入れないようにするよ。最悪、そのまま母さんと出て行くから、その隙に出て行ってくれ」
「わ、わかりました」
「一応、鍵、渡しておくよ」
「は、はい」
軽い作戦を伝え、鍵を大平に渡すと、俺は廊下を、パタパタと歩いて玄関を開けた。
「やっほ。晃」
玄関を開けた先にいたのは、俺の実の母親である、守神美咲。息子の俺が言うのもなんだが、見た目年齢はかなり若い。今時の親は若い人が多いが、母さんもその部類に入る若さを保っている。見た目同様に若者発言をしようとしているが、それは母さんが若い時に流行った平成の忘れ物なので、今時の子が使わない言葉もしばしば出してきやがる。それを古いというと拗ねるので、あまりツッコまないようにしている。
「それで、それで? 晃の彼女は?」
「彼女なんかいねーよ」
「ええ? でもでも、さっき色々と誤解が……って言ってたじゃない」
「そりゃ、俺の性癖を詰め込んだエログッズがバレるのを恐れての発言だね」
「うそね」
言い切ると、名探偵よろしく、ズバッと言ってきやがる。
「晃はスマホで見る派だから、そういうのは全部スマホの中よ」
「ぐぅ……」
流石は俺の母さん。息子の嘘など瞬時にバレてしまう。
「観念して彼女を紹介しなさい。悪いようにはしないわ。晃みたいな野球しかしてなかったバカのどこに惚れたのか、根ほり葉ほり聞くだけだから」
「まじに彼女じゃないし、もし仮に本当に彼女だとして、そんなキモイことすんな!」
「きもくないわよ! ガールズトークよ!」
「どこにガールがおるんじゃ!」
「ここよ!」
親指を胸に当てて、ドヤっと言ってくる。ダメだ。このおばさん。精神力強すぎ。
はぁとため息を吐いていると、「美咲さん?」と後ろの方で大平の声が聞こえてきた。
「「え?」」
親子揃って、振り返ってみてみると、そこにはミニスカメイドの大平有希が呆然と立ち尽くしていた。
「有希ちゃん?」
母さんは大平を名前で呼ぶ。すると、大平は目を見開いて、我慢できないと言った感じでこちらにかけよってくる。
「美咲さんっ!」
そして、大平は、まるで長年離れていた母親に出会った子供みたいに母さんに抱き着いた。




