第221話 思い出の場所でプロポーズ
年末年始も終わり、高校生活最後の冬休みも終わってしまった。
これが高校生活最後、学生時代最後の冬休み。だけれども実感はない。
それというのも、有希と過ごせたからだろう。
毎日忙しい有希も、年末年始は休み。
そりゃ社長が変わっても一流企業様だ。なにがあっても年末年始は休みたいだろう。
そんなわけで、会社に休みを合わせている有希も年末年始はゆっくりとできるみたい。
そのおかげでオールで年越しをして、初詣に行って、おせちを食べてのんびりできた。
有希との楽しい冬休みとなったのだが、冬休みが終わると一変、有希は忙しくなるし、学校は一気に受験モードまっしぐら。
白川みたいに学校が決まってる人もいれば、俺みたいに進学しないで就職する人もいる。(俺の場合は就職とはちょっぴり違うか)
だけれども、ほとんどの生徒は本番目の前。ちょっぴりピリついた空気が校内にはあり、楽しくもない日々が続いてしまった。
受験を控えていることもあり、三年生は早い段階で春休みを迎えることになる。
去年の修学旅行前にはもう先輩達はいなかったからな。それと同じようなことを今年は俺達が体験している。
有希と恋人になって一年が経過したんだな。
♢
4年に1回のもの。今までだったら、オリンピックとかワールドカップとかが真っ先に思いついていたが、彼女と付き合い出してからは意識がガラリと変わる。
うるう年。2月29日。大平有希の誕生日。
今年はうるう年なので、本当の有希の誕生日にお祝いができる。
もう学校へは卒業式にだけ行くことになっている随分と早い春休み。
明日から3月だってのに、コートが手放させない厳しい寒さの2月29日。
片手にホールケーキの入った箱を持ち、もう片方の手はポケットに手を突っ込んで、中に入っている小さな箱を手で触る。
触るたびにドキッと心臓が跳ねちまう。
何回か深呼吸をして、緊張を抑えながら自分の部屋へと入って行く。
「ただいま」
トタトタとロングスカートのメイドが玄関まで来てお出迎え。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
頭を下げてから俺の手に持っているものを見ると首を傾げる。
「なんです? それ」
「今日誕生日だろ。ケーキ買ってきた」
答えながら靴を脱ぎ中に入って行く。
「誕生日?」
リビングに入り、ケーキをコタツテーブルに置いたところで、有希は本気で頭に、?を浮かべて首を傾げてやがる。
「有希の誕生日。今日は2月29日だぞ」
「あー……あー!」
そこでようやくと手を叩いて思い出してくれた。
「そっか。今日、私の誕生日です」
「忘れてた?」
「はい。そんなことより、ようやく全てが解放されて浮かれてたので。えへへ」
ようやく全てが解放とは、会社の後処理が全て終わったことを差しているのだろう。
昨日、上機嫌で帰って来た有希は、全ての業務が完了したことを嬉しそうに俺に報告してくれて、「これで心置きなくアメリカに行けます」と幸せそうに語ってくれた。
「有希の誕生日がそんなことなわけないだろ」
「私の誕生日なんてそんなことレベルですよ。それよりも、心置きなく晃くんとアメリカに行けることの方が大事なんですから」
自分の誕生日をそんなこと扱いする有希に対して、ちょっぴりムキになってしまう自分がいた。
「だったら、そんなことなんて思えない日にしてやる」
俺はポケットからずっと忍ばせていた箱を取り出して箱を開けた。
「有希。誕生日おめでとう。俺と結婚してください」
高鳴る鼓動を抑え、なんとか言葉にすることができた自分を褒めてやりたいのだが、向こうからのリアクションはなかった。
相変わらず綺麗な顔で俺を見つめるだけ。
プロポーズなんかしても流石は妖精女王。揺るぎやしない。
こっちはかなり勇気と覚悟を込めたんだけどな。
なんて考えていると、ボンッと有希の顔が一気に赤くなる。
「ええええええ!?」
有希には珍しく、大声を出すだなんてリアクションに逆にこっちが驚いてしまう。
「え、え、えええええ!? ちょ、ええええええ!?」
「ゆ、有希?」
「そんな、晃くん、えっと、あの、いきなり……」
「流石に急過ぎたな。でも、有希が誕生日なんてどうでも良いみたいな感じ出すからさ」
「いや、ええっと……」
両手で顔をおさえて恥じらっているかと思うと、頬を膨らませて睨んでくる。
「ぷ、ぷろ、プロポーズは私からって……言ったのに、言ったのに……」
「告白された上にプロポーズもされたら男が廃るってもんだ」
「ばかばか。晃くんのばぁか」
「プロポーズは失敗か……」
ばかばか言ってくる彼女に対して肩を落とすと慌てて指輪を受け取る。
「そんなはずないでしょ!? わかってるでしょ!? 私が断らないのわかってて言ってるでしょ!?」
「まぁ」
「その通りですよ!! 受けて立ちます!!」
相当焦っているのか、プロポーズの返事とは程遠い気がするが、OKなことには変わりなし。
指輪を彼女の左薬指にはめた。
彼女が左薬指を夢見る少女みたいな顔をして眺める。
「学生でも買える安い指輪なんだけどさ……。どうしてもこの部屋で渡したかったんだ」
いつも綺麗にしてくれている部屋を見渡した後、有希を見つめる。
「やっぱりこの部屋が一番の思い出の場所だからさ」
有希がはめた左手薬指の指輪を見ると、やっぱり指輪がショボいなぁとか思ってしまう。
彼女にはもっと高価なものがお似合いだと思う。
「今はそんな安い指輪だけど……。メジャーリーガーになって、もっと良い指輪を買えるようになったら、その時は改めてプロポーズさせて欲しい」
有希は首を横に振った。
「大事なのは指輪じゃなくて、誰からもらったかです。私はこの指輪で十分幸せですよ」
そう答えてくれた後に、有希はどこか悪戯をする幼い笑みを浮かべる。
「プロポーズって婚約って形ですよね?」
「え、まぁ……。そう、なるよな」
「婚約者?」
「婚約者だね」
「そうですよね。そうですよね」
ニタァっとなんだか怖い笑みを浮かべている。
「なに? その怪しい笑み」
「怪しくなんてございません。嬉しい笑みですよ」
「いやいや。いつも一緒だからわかるっての。鏡見てみろよ。絶対、なんか企らんでるだろ」
「純粋に嬉しいだけですのにー」
あー。これ、絶対、なに企んでるわ。