第211話 最後の文化祭の始まりはシリアスから……
三年生の文化祭ってのは、高校生活最後の大イベントってことで大いに盛り上がる。
これが正真正銘、最後の学校イベント。だからこそみんな準備期間から気合いが入っていた。
俺達三年A組はお好み焼きの屋台を出すことになった。
二年連続で飲食かと思ったけども、去年はメイドカフェ、今年は屋台。多少の違いがあるから良しとしよう。
準備期間中にクラスの誰かが、「広島焼きもアリじゃない?」なんて言い出して、
「おい待て! なにが広島焼きだ! おらあ!」と誰かがキレた。
第三者として見守っていたが、どうやら広島出身の方はそう言われるのがムカつくらしい。お好み焼きがまるで大阪のものと言わんばかりの言い方と捉えるそうな。百歩譲って『広島のお好み焼き』は良いらしいが、『広島焼き』は許せないとか。
大阪と広島。お好み焼きの作り方の工程が違うものな。大阪は全て混ぜたやつを鉄板で一気に焼くのに対し、広島は、生地、具材と順番に焼いていく。そして広島は焼きそばが入っているのが俺としては特徴的かな。
バチバチの展開にて、どちらのお好み焼きを出すか、大阪対広島の戦いの火蓋が切られた。
お好み焼き一つで論争が繰り広げられたのは、流石はラスト文化祭。白熱のバトル末、「どっちも出せば良くない?」という終戦宣言を出した白川琥珀に称賛の声が上がった。
こういう時って白川まじで女神じゃない? なんて思っていると、白川に女神というあだ名が付き、「ウチのクラス妖精女王もいるし、霊長類王もいるし、女神もいるしで、まじファンタジーで草」という発言が目立ったのは、また別のお話。
♢
「……そんな事情があったんだね」
文化祭本番の初日。
今年も我が校の文化祭へと足を運んでくれた芳樹は漏らすような声を出した。
文化祭の校内には、ありとあらゆる場所にテーブルやら椅子が並んでいる。
適当な椅子に座り、俺達三年A組のお好み焼きをつつきながら、大学の件、有希の親の件、そして、アメリカの件を芳樹と正吾に告白した。
せっかくの楽しい文化祭でこんな話題を出すのもどうかと思ったのだが、三人が直接集まる機会ってのは中々ない。正吾には直接、芳樹には電話にて大学に落ちたことを報告していたのため、この機会に伝えておきたくて話すことにした。
「おい、晃」
相槌を打ちながら聞いてくれていた芳樹とは違い、ずっと俯いて聞いてくれていた正吾が立ち上がり俺を見下ろす。
そのまま俺は胸元を掴まれて持ち上げられてしまう。
「ちょっと、正吾くん!」
止めに入ろうとしている芳樹に俺から制止の合図を送る。
理由はどうであれ、俺は芳樹と正吾を裏切ることになった。それは間違いない。殴られても文句はいえないだろう。
それに正吾はこれまでずっと俺を支えてくれた。その彼を裏切った事実に変わりはない。
「ごめん正吾。これからも正吾と一緒にいられると……野球できると思ったけど……」
「バカ野郎がっ! そんなことで俺が怒るかよ!」
「え……?」
目を丸くすると正吾は、「わかんねぇのかよっ!」と睨みつけてくる。
「どんだけ心配したと思ってんだ! 自分の将来を決めたんなら、真っ先に俺に教えろってんだよ! バカ晃が!」
ちょっぴり涙目で訴えてくる正吾は、声の音量を大にして言い放つ。
「晃がアメリカに挑戦するとか応援するに決まってんだろ! そんなもん! 俺は常にお前の味方だろうがっ! 将来が決まったんならすぐに、『ハメられて大学落ちたからアメリカ行くわ、クソゴリラ。お前も来る?』くらにいつも通りにきやがれ!」
正吾は別に一緒の大学に行けないことや、アメリカに行くことに怒っているわけではなく、すぐに連絡しなかったことに怒っているみたいだ。
「今の俺があるのは正吾のおかげだ。その正吾を裏切るみたいで中々言い出せなくて、ごめん。お前が大切だからこそ、後ろめたい気持ちがあった……」
「俺が大切……」
小さく、「ちくしょう」と力が抜けていく。
「お前のその簡単な言葉を簡単に受け止めちまう」
掴んでいた胸ぐらを離し、ドスンとイスに座り直す。
「もう、隠し事はないよな?」
「もうなにもないし、これからもなにかあったらすぐに正吾に連絡する」
「……約束だかんな」
「約束する」
正吾に誓うと、芳樹がちょっぴり拗ねた声を出していた。
「僕にはなにもないのかな? 大学でバッテリー組むって言ってたのに」
「……勝手にアメリカに行くこと決めてすみません」
「よろしい」
芳樹は簡単に許してくれると、大きなため息を吐いてみせた。
「それにしたってえげつない話だね。正吾くん、今の大学に行くの?」
「絶対行かねぇ」
芳樹の質問に正吾は即答していた。
「晃をハメた学校になんか絶対に行かない。違う学校に行く」
「だね」
芳樹はチラリと俺を見ると、少し寂しそうにポツリと語り出す。
「監督に相談したら、三人で入れる大学を何校か紹介してもらえるかもだけど……。晃くんと大平さんの事情的には学校が問題じゃなくて日本にいるのが問題だもんね。残念だけど、晃くんはアメリカに行った方が良いよね」
「そうだな。またどこから情報が漏れて、俺の受ける学校に賄賂なんて渡して入学させない無限ループかもだしな」
「そうだよね」
芳樹は心底寂しそうな声を出した後に、「ぷっ」と吹き出した。
「それにしたって、高校野球をまともにやらず、日本のプロ野球すっ飛ばしてアメリカに挑戦するなんて、晃くんらしくて良いね」
「晃はそんじょそこらの奴とは違うからな」
「なんで正吾くんが偉そうなのかな?」
「晃は俺が育てたからな」
いつもならこのドヤ顔ゴリラを殴ってやっているところだが、今日に限ってはなにも言えない立場なので、黙ってゴリラに育てられた守神晃になっておく。いや、まぁ、あながち間違ってないのが腹立つな。
「確かに。晃くんはそんじょそこらの奴とは違うよね。専属メイドもいるし」
「その専属メイドがさっきからこっちを見つめている件」
正吾が指差すと、少し離れた場所で銀髪の美少女がこちらをジーっと見ていた。おまけに白川もいる。
呼んでも良いよなってアイコンタクトをふたりに送ると、頷いてくれたので手招きする。
ふたりがこちらに来てくれた。
だが、有希は俺の前に来てくれず、正吾の真ん前に立ち、睨みつけていた。それを見て白川が隣で苦笑いを浮かべている。
「彼氏がゴリラに喧嘩を売られていた件」
「待て待て。ありゃ男の友情的な雰囲気だったろうが」
「知りません。私、女なので」
「おい有希。美が抜けてるぞ、このやろー」
「知りません。私、美女なので」
「なんなのお前ら。まじで。サラっとイチャつくなよ、ボケ」
「そんなことよりも──」
正吾が呆れた声を出しているが、有希の口撃にたじたじであった。
「そうだ、女神さん」
芳樹が白川に話しかけたが、呼び方が辛辣過ぎて、すかさず白川が大声を出す。
「ちょっと待って! え? なに? え? 守神くんがルビで遊ぶのはもう慣れたけど、なんで岸原くんがわたしをルビでおちょくってきてるの!?」
「ちゃんと伝授しといたから」
「そんな伝授はいらないんだよ!」
白川の嘆きの声を無視して芳樹が続ける。
「せっかくだしみんなで文化祭回らない?」
「女の子をおちょくった直後にお誘いするとか、そんなの行くに決まってる」
「行くんかい」
つい、ツッコミに回っちまった俺へ、白川が胸を張って言い放ってくる。
「そりゃ、今年の夏、全国制覇した四番の人に誘われたら行くっきゃないっしょ」
まぁ、確かにそんな相手に誘われたら興味あるよな。
白川は乗り気みたいだし、有希的にはどうなのだろうかと思い、彼女の方へと視線を向ける。
「ギブ! ギブだって!」
「ギブってなんですか? 与えて欲しいのですか? 関節技を与えておりますが?」
いつの間にか、見事に関節技を決めていた。
「頭良いんだから意味わかるだろうがっ!」
「美女が抜けてますよ」
「今のセリフのどこに美女を付けたらいいの!?」
「な、有希。みんなで文化祭回らないか?」
関節技を決めている彼女を誘うと、ちょっぴり顔を膨らませる。
「ふたりっきりじゃなくて?」
「たまにはみんなで、さ」
むぅ、とちょっぴり不機嫌になるが、すぐに笑顔で答えたくれる。
「わかりました。たまにはみんなで回ります。でも、どこかのタイミングでふたりで抜け出しません?」
「それはそれで青春だよな」
「おいい! そういうのは関節技をしながらするもんじゃないだろうがっ! お前ら特殊性癖が過ぎるんだよ!」
「正吾も、一緒で良いよな?」
「良いんだけど! 良いんだけども! もう、ギブなの!」
「おいクソ正吾。有希への接触は禁忌だが、さっきの件で更に友情が深まった親友だから許してやってるんだぞ。ありがたく思え」
「……そう思うとこの関節技も価値のあるものな気がするな。おい、大平! もっと関節技を決めてくれ」
「ふんっ!」
「ぎゃああああ! すみません! 冗談です!」
正吾の断末魔の叫びに、「さっさと行こうよ」という女神の一言で有希が正吾を解放した。